手を伸ばせば届く距離  (10)





ふっと力が抜けたのを確認して、そっと手を離す。
今度は逃げようとせず、ただうつむいているだけ。
「・・・なぁ、全部話してよ。代わりって何?あの時に何があった?」
「・・・」
「泰成」
「・・・あなたに取って、僕はただの遊びでしょ?今も、あの時も」
「何言って・・・」
うつむいたまま静かに話し始めたことに、反射的に否定する。
だが、それを言い終わる前に泰成がギッとにらみつけてきた。
「ならっ、あの時何で他の女たちと歩いてた?何で追ってきてくれなかった?」
珍しく声を荒げる泰成に、驚くと同時に、感情を出してくれたことが嬉しくて頬が緩みそうになる。
それを必死で堪えて、冷静を装って訊く。
「何の話だ?」
「サークル室で聞いた。何だよ、僕を抱いた瞬間には違う女たちと歩いて・・・」
「それで勘違いして、俺から逃げたのか?」
躊躇いがちにでも頷くのを見て、思わず溜息をついてしまう。
たったそんなことで、2年も逃げ続けられていたのかと思うと、なんだか泣けてくる。
どうしてそこまで勘違いできるのかとか、どうして一言俺に言ってくれなかったのかとか、 追いかけようにも徹底的に逃げたのは誰だよとか、色々思うところはあるけれど、今考えても仕方ない。
きっかけがそんな誤解なら、大した問題じゃない。
全ては、これからだ。


沈黙が痛い。
ずっと溜めていたものを吐き出して、すっきりするよりも後悔の方が大きくなる。
「・・・泰成、今でも俺のこと好き?」
「・・・大嫌い」
「嘘だ。なら何でそんなに泣きそうなんだよ」
「・・・じゃああなたはどうなんですか?」
「好きだよ」
「・・・っ」
「あの時から変わらない。ずっとお前だけだ」
告げられた言葉を、そのまま信じたくなる。
ついさっきまで憎くて憎くて仕方なかったのに。
今も、結局良いように丸め込まれてる気がして悔しくてたまらないのに。
誠一の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
思えば初めてだ。誠一が気持を告げてくれたことなんて。
それだけで涙が出そうになるなんて、相当バカだ。
「・・・そう簡単に、信じると思ってるんですか?」
「まあ、すぐには無理かもな。でも信じさせる。必ず」
強い言葉。
鋭い視線。
・・・逆らえるわけ、ないじゃないか。
「・・・なら、信じさせてください」
「じゃあ・・・」
「僕が信じられると思ったときに、先ほどの返事をさせていただきます」
言い切ると誠一の動きが一瞬止まる。
言葉の意味を理解すると同時に、表情が一気に落胆の色を見せる。
「ほんっと・・・いい性格してるよ、お前」
そう言って空を仰ぐ誠一に、久しぶりに笑みを向けた。







「いらっしゃいませー。あ、誠一さん」
「相変わらず元気だねぇ、拓坊」
「それ褒めてる?あ、そうだ。恭ちゃんから伝言。「これからが見物だな」どういう意味?」
「んー、乞うご期待ってやつ?なぁ、泰成」
「僕に訊かないで下さい。で、ご注文は?」
「いつも通り、アメリカンよろしく」

いつもの変わらない情景。
でも、いつもとは違う距離。
そう簡単には捕まらない。
手が伸ばせばすぐ届くほど側にいて、でももうしばらくこのままで。

心から素直に好きだと言えるその日まで。








END






05.03.07





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