手を伸ばせば届く距離  (8)





「よう」
「・・・いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「お前ね、知り合いが訪ねてきたら、たまには愛想よく挨拶の一つでもしてくれよ」

恭平と話した夜から、少し経ってから。
どうにか時間を見つけて会いに行けば、相変わらずの他人行儀の態度に苦笑する。
「・・・今日は、拓弥君は休みの日ですが?」
いつまでたっても注文を言おうとしない俺に焦れたのか、溜息交じりに話をふってくる。
そこまであからさまに嫌そうな態度を取られるのも少し悲しいが、そんなことを気にしていたらどうにもならない。
相変わらず無表情の泰成へと、にこりと笑顔を向けて口を開く。
「知ってるよ。だから今日来たんだ」
あらかじめ恭平に拓弥の休みの日を聞いて。さらに店も空いている時間帯を狙ってきた。
俺の予想通り、店にはまばらにしか客はいない。元々そんなに大きな店じゃないから、従業員も少ないし、 今こうして泰成と話していても少しくらいなら問題にならないだろう。
「俺はお前に会いにきたんだよ」
「・・・そうですか。で、ご注文は?」
「今度の土曜、バイト休みだよな?」
一刻も早くこの場から立ち去りたいという様子の泰成を綺麗に無視して、勝手に話を進める。
「どこか行こうぜ」
「・・・他に用事があるんで」
「どんな?」
「・・・」
返事に詰まる様子に、その日何も用事がないことを確信する。
そして、すぐに嘘をつけないのも、少しは動揺しているということだ。この男は、人を傷つけない嘘なら綺麗につけるから。
「じゃあ、決まりな。どこ行きたい?」
「・・・僕があなたに付き合う義理はないんじゃないですか?」
「この間の拓坊の件。あれ、貸しだよな?」
珍しく、いや初めて俺に頼ってきたこと。
お気に入りの後輩である拓弥の恋を成就させるため、俺を介して恭平と話をする機会を作った。
あの時は、ただ頼られるのは嬉しくて、貸し借りでも何でもなく喜んで引き受けたのだけれど。
「・・・卑怯者」
「何とでも。・・・今度は逃がさないから」
そのためならば、卑怯な手でも何でも使ってやる。

見ているだけじゃ足りない。近くにいても、それだけじゃ意味がない。
できることなら、いつでも手を伸ばせばすぐに届く近さにいて。
何よりも、心ごと俺に向けて欲しい。
「じゃあ、どこ行きたいか考えとけよ。あ、アメリカンよろしく」
何か言いたそうな泰成に、俺はにっこりと笑みを向けて、ようやく注文をしたのだった。







「・・・疲れた」
ようやくついた部屋で、電気もつけずにベッドに倒れこむ。
今日はいつも以上に疲れた。バイト中も、普段はしないような失敗を繰り返す有り様。
認めたくはないが、原因は・・・誠一のせいだろう。
気にしないと思っても、気が付けば上の空で。誠一の言葉が頭から離れない。

”どこか行こうぜ”

言われた時、2年前に初めて誘われた時のことが思い出された。
あの時も、半ば強引に行くことを了承させられ、そして実際に付き合わされた。
そして今回も、結局誠一の思い通りだ。
拓弥くんの件まで持ち出して、相変わらず強引で。
からかって面白がっているのか、それとも本気なのか。

”・・・今度は逃がさない”

あの言葉は、一体どういう意味なのか。
あの日から確かに僕は逃げた。だけど、それを追ってこなかったのは他でもない誠一自身だ。
逃げてはいたけど、心では見つけてくれるのを待っていたのかもしれない。
それも、しばらくしたら甘い考えだって思い知らされたけれど。
「・・・もう、疲れた」
あの男のことを考えるのも。あの男から逃げ回るのも。
結局、自分は忘れることができてないことを、思い知らされる。
そして、何よりもあの男の本心が見えないのだ。昔も、そして今も。
強引に約束を取り付けて・・・今更、どうしようというのだろうか。
「ホント何考えてんだか・・・」
いつもの余裕の笑みを思い出しながら、一人呟く。

そして同時に思う。
自分は、どうしたいのだろうかと。
僕が本当に望んでること。それは・・・







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05.02.23





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