手を伸ばせば届く距離  (7)





「遅かったな」
いつも待ち合わせに使う店に少し遅れてつくと、既に先に来ていた男が言葉とともに睨んでくる。
「仕事が長引いてな。急な呼び出しに来てやっただけでも感謝しろよ」
「お前がちゃんとしてりゃ呼び出したりしねぇよ」
笑ってかわせば、さらに冷たく言い放たれ、誠一は苦笑で返すしかない。
「最近は何もしてないと思うんだけどねぇ?」
言って、未だに厳しい目を向けたままの恭平の隣に腰をおろす。
何か言いたげな様子だが、口を開かないので、とりあえず飲み物を頼む。
そして一息ついたところで、待っていたかのようにおもむろに口を開いた。
「宮崎が、前に言ってた奴か?」
「・・・さぁ。何のことやら、さっぱり?」
「2年前、お前を変えた相手のことだよ」
「あー、そんな奴もいたねぇ」
「ごまかすな」
突然出てきた名前に、驚かなかったとは言わない。
だが、何を言えば良いのかも、恭平が何を望んでいるかも分からない状況だ。
とりあえず適当に返せば、間をおかずに厳しい声が届く。
「珍しいのな、お前がそんなに俺のことに介入してくるなんて」
「俺はどうでもいいが、拓弥が気にしてるからな」
きっぱりと言われるのに、苦笑するしかできない。
「あらあら、ホント拓坊バカになっちゃって。前はあれだけ泣かしてたくせに」
「うるせぇ。だから今、余計に甘くもなるんだろうが」
「さいですか」
言い切る恭平に、本気で変わったと思う。
ついこの間まで素直になれない不器用な男だったのに。
・・・まあ、拓弥の前では今もそうなんだろうけど。

「で?拓坊が何を気にしてたわけ?」
「お前が店に来ると、宮崎の様子が変になるんだそうだ。宮崎自身は何でもないと言ってるらしいけどな」
「へぇ・・・まあ、拓坊に心配かけたのは悪いと思うけど、気にするようなことは何もないからさ。そう伝えておいて」
「・・・分かった、拓弥にはそう伝えておく」
「おう、頼むわ。んじゃ、これでこの話は終わりな。やっぱり酒は楽しく飲まなきゃな」
恭平が頷くのを確かめてから、まだ一口も手をつけていない酒に手を伸ばす。
だが、その手がグラスに届くよりも早く、隣から制止がかかる。
「何だよ」
「まだ話は終わってない」
「だから気にするなって」
「拓弥にはそう伝えておく。今度は俺の問題だ」
強い口調で言われるのに、やっぱりあれじゃ納得しなかったかなんて顔には出さずに思う。
ごまかしきれる相手とは思ってなかったが・・・出来れば、話をそらしたいわけで。
「・・・さっき、どうでもいいって言ってたじゃねぇかよ」
「誠一」
どうにか逃げようとするが、それもどうやら無理らしい。
そういえば昔からこいつには隠し事ができなかったと、目の前の真剣な目を見ながら思う。
いつもごまかそうとして、でも真剣な目で射られると本当のことを言うしかできなくなって。
腐れ縁も困ったものだよな、なんて苦笑するしかない。
一向に引く気配のない恭平に、ついに観念する。
「・・・やっぱお前には隠し切れないか」
「じゃあ認めるんだな?」
「まぁね。お前が言うとおり、あいつが・・・泰成が唯一俺が本気でほしいと思った男だよ」

初めは単なる興味で、次第に本気で惹かれて。
ようやく手に入れたと思ったら、するりと腕の中からいなくなった男。
一度だけ、恭平にも話したことがある。
名前までは言わなかったが、ただ一言。「見つけた」と。
泰成がいなくなった時も詳しくは話さなかったが、恭平のことだ、きっと何かしら察してはいただろう。
俺も何も言わず、恭平も何も訊かずに、ただ時間だけが過ぎて。
いくら探しても見つからず、半ば諦めていた時に。拓弥のバイト先で見つけたときは本気で驚いた。

「っても、昔の話だし。今は拓坊を介しての知り合い。ただそれだけ」
「それで?」
「何が?」
「お前は距離を置いて、ただ見てるだけで?それで、どうしたいんだ?」
偶然にもやっと見つけて、一方的に近いけど離せる距離にまで近づいて。
もしかしたら昔みたいに戻れるんじゃないかって、夢見て・・・それで?
俺は、何をしている?

「お前が俺に言ったんだよな。”逃げるな”って」
「・・・っ」
「今のお前は、逃げてるだけじゃないのか?」
・・・ようやく手に入れたと思ったら、次の瞬間にはいなくなっていて。
それが繰り返されるのが怖くて、踏み込めないのは事実。
できるだけ気付かないようにしていたのに・・・
「本っ当、お前はいつも嫌なとこついてくるのな」
「うるせぇ。うじうじしてんのはお前らしくないんだよ。本気なら、無様に追っかけろ」
「だな・・・そろそろ、本気出しましょっかね」

追いかけて、また逃げられるのは怖い。
だけど、このままではいられない。いたくない。
なら、今度は捕まえて離さなければいい。ただ、それだけのこと。
「今度こそ、逃がさない」
誠一は先ほどとは全く違う不敵な笑みを浮かべて、恭平のグラスに自分のグラスを合わせた。







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05.02.20





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