手を伸ばせば届く距離  (6)





一方的に別れを告げた後は、とにかく徹底的に誠一を避けた。
携帯もアドレスも変えて、必要最低限にしか新しい番号は伝えなかった。
どこからか誠一に繋がるのが怖くて、サークル関係には殆ど連絡せず、結果サークルからも自然に遠ざかっていった。
それどころか学校にも必要以上近づかないようにして、教室移動の時もわざわざ遠回りした。
唯一変えなかったものといえば、大学に入って始めたバイトだけ。
喫茶店でバイトしているという話はしたことがあるが、大学の友人には誰にも店の名前や詳しいことは一切話していないから問題がないはずだ。
とにかく誠一が追ってこられないように。ただそれだけ。

ここまでする必要はあるのかと頭の片隅で思うけれど、これ以上傷つくのが怖かったのかもしれない。
追ってこなくても、追いようもなかったのだと思いたかったのかもしれないけれど。
とにかく逃げ回ったせいか、それから誠一に会うことはなかった。
これで決定的に分かってしまった。
つまり、誠一も追ってくる気はなかったということ。
誠一にとってはただの遊びにしか過ぎず、二人の関係も終結したのだ。
・・・もしかしたら、始まってもいなかったのかもしれないけれど。





「・・・何を今更、思い出してるんだか」

今日、拓弥に突然訊かれたことで触発されたのかもしれない。
バイトからの帰り道、考えても仕方のないことばかり、つらつらと思い出される。
そして同時に思い出すのは、あの時の誠一の言葉。
”俺のこと、好き?”
確かに、あの時は好きだったのかもしれない。
でも、それは過去のことだ。今は何とも思っていない。
誠一だって、それは同じはずだ。
だからこそ、今でもあんな風に笑ってられるのだ。あの頃と変わらない顔で。
それが無性に腹立たしいのも、きっと気のせいだ。
「・・・何とも、思ってない」
だから、気にすることもない。思い出す必要もない。
泰成は、振り切るように一度頭を振ってから、歩を早めた。







「恭ちゃんは誠一さんと宮崎さんの間に、何があったのか知ってる?」
バイトから帰って、同じく仕事から帰ってきた恭平と遅めの食事を済ませ、二人でのんびりしていた時に 思い出したように話を切り出す。
突然の質問に、読んでいた本から目を離して恭平も応える。
「さあ?何かあったのか?」
「分かんないから訊いてるんじゃん。宮崎さん、誠一さんが来ると様子が少し変なんだよね。 だからさ、誠一さんから何か聞いてない?」
やけに真剣な様子の拓弥に、恭平も真面目に考えてみることにする。
誠一と宮崎に何かあったという話は聞いていない。とはいえ、何かあったのだろうとは思う。
前に一度だけ会った時は、自分のことで手一杯だったからあまり覚えはないが・・・ただの先輩後輩という感じではなかったのは覚えている。
だが、それを拓弥に言ったところで、どうにかなることでもなく。
それどころか拓弥のことだ、言えばさらに気にして余計なことに首を突っ込むに違いない。
・・・それだけは避けたいな。
やけに期待した目で見てくる拓弥を盗み見て、さてどうしたものかと考えを巡らす。
「・・・誠一は特に何も言ってなかったけどな。拓弥は何か言われたのか?」
「ううん。宮崎さんも誠一さんも何もないって言ってるんだけど」
「じゃあ、そうなんだろ?」
どうにか話を切り上げようと素っ気無く返しても、拓弥は不満げに口をとがらせ食いついてくる。
「でも、絶対変なんだもん。恭ちゃんもそう思わない?」
「そうは言っても、その宮崎をあんまり知らないからな。まあ、お前が気にするようなことはないだろ」
「そうだけどさー」
「まあ、そんなに気になるなら誠一に話くらい聞いとくよ。それよりもう遅いんだから寝ろ」
「そうやって、すぐ子ども扱いする・・・」
「添い寝してほしいのか?」
「〜っおやすみ!」
「はい、おやすみ」

恭平の言葉に顔を真っ赤に染めて部屋を出て行く拓弥を見送ってから、恭平は携帯を手に取る。
片手で操作して呼び出せば、3コールもしないうちに、耳元には留守電のメッセージが届く。

「・・・俺だ。明日の夜、時間空けとけ」

一言だけ残して、すぐに回線を切る。
恭平は溜息をついて、しばらく携帯に目をやる。
「・・・ったく、面倒なことはごめんだってのに」
それでも結局自分から面倒に首を突っ込んでしまう自分が少し情けなくて、恭平はもう一つ溜息をついた。







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05.02.10





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