手を伸ばせば届く距離 (5) |
与えられる熱に、頭の中がぐちゃぐちゃになって何も考えられなくなる。 自分が何をしているのかも、何を言っているのかも分からない状態で。 「俺のこと、好き?」 不意に聞こえてきた声に、訳も分からずに頷いた。 その瞬間、誠一が笑ったのが見えて。 ・・・その後のことは、覚えていない。 身体を重ねた後も、不思議と後悔はなかった。 「泰成?悪い、無理させた。大丈夫か?」 「うん・・・」 ただ誠一との間に流れる空気が妙にくすぐったくて、それが少しおかしかった。 ”俺のこと、好き?” 何度か訊かれたこと。 その度に否定したり、分からなくなっていたりしたけれど。 好き、なのかもしれない。それも、ずっと前から。 隣で笑う男を見ながら、ふとそんなことを思う。 何だか悔しいから、素直に伝えるつもりはない。 だけど、ようやく認めかけたとき。気持ちがふっと軽くなって、それから何だか幸せになった。 「伊藤先輩と何かあった?」 あれから1週間ほど経った時に、ふいに河田に訊かれてドキッとする。 だが知っているわけがないのだと自分を落ち着かせ、平静を装って言葉を返す。 「いえ、別に。何でですか?」 「伊藤先輩が最近サークルに顔出すようになったのは、宮崎目当てだろう?なのに、また突然顔出さなくなったからさ。 お前と何かあったのかなって」 「別に僕目当てってわけじゃ・・・」 「なになに、伊藤先輩の話ー?」 ない、と続けようとしたところで、奥からかかった女子の声に遮られる。 誠一の話になると食いつきがよく、こんな時やはり誠一の存在感を思い知らされる。 「そう。伊藤先輩、最近また見なくなったよなって」 「伊藤先輩ならさっき見たよ。また女の人と歩いてた」 「あ、私も見たよ。髪長い人でしょ?」 「えー違う違う。ショートの結構可愛い子」 女子が騒ぎ立てるのをぼんやりと聞きながら、沸々と内側から込み上げてくるものがあるのを感じる。 女と一緒?何それ。じゃあ何?やっぱり遊びの一人だったってことか? 抱いたらそれで満足で?興味も失せたってこと? ”俺のこと、好き?” ・・・ふざけるな。 「でもさ、最近聞いた噂ではー・・・」 「宮崎?」 「すみません、用事があったの忘れてました。今日は失礼します」 そのまま誠一の話に盛り上がる女子を横目に、感情を必死で抑えながらサークル室を後にした。 「泰成!」 「・・・・・・」 会いたくないと思うときこそ、会ってしまうもので。 こちらの気持ちなど露にも考えていないのだろう、誠一は笑顔を振り撒いて走り寄ってくる。 「今から帰るとこか?」 「・・・ええ、まあ」 「そっか。俺はもう少し用があるんだけど・・・」 「そうですか。じゃあ僕はこれで」 誠一の話も半分に、早々と立ち去ろうとするのを、誠一の手が阻む。 「何かあったのか?」 「別に」 「じゃあ何怒ってんだよ」 「・・・あなたには関係ないことです。離してください」 「それが関係ないって態度かよ?」 本気で心配しているかのような態度に、怒りよりも悲しくなってくる。 ・・・どうせ、本気じゃないくせに。 「・・・自分の胸に聞いてみてください。そして、二度と僕の前に現れないで!」 「ちょっ、待て、泰成!」 柄にもなく慌てる誠一を必死で振り切って、ひたすらに走った。 後ろから追ってくる声に、そういえば身体を重ねてから、呼び名が宮崎から泰成に変わったなだなんて妙に冷静に思う。 あの男がどんな奴かは、分かっていたはずだったのに。 思った以上に傷ついている自分に苛立って、涙が出そうになるのを必死で堪えた。 >> NEXT 05.02.02 |