手を伸ばせば届く距離  (3)





気が付いたら、いつも視界の中にいた。
出会ってから2ヶ月。
最近ではもう、姿を見るのは当たり前になってきていた。
誠一の思惑通りになっているようで気に入らない部分もあるが、特に害もないので何も言えない。
構内で毎日のように見かけて、会えば少し話しもするが、長時間拘束されるわけでも、ましてや生活に関わってくるわけでもない。
サークル関係以外で、学校外で会ったこともないくらいなのだ。
先輩と後輩の立場を考えたら、これくらいの距離は丁度良いのかもしれない。
妙に気になるのは、よく見かけるから。そして、誠一が目立つ男だから。

・・・それは、自分の気持ちを隠している言い訳なのかもしれないけれど。







「合宿ですか?」
「そう。まあ、例年のことなんだけどさ、1年に伝えるのすっかり忘れちゃってて。8月の第1週だから急なんだけど。宮崎は来られるか?」
「えーと・・・すみません、その日はちょっとバイトのシフト、もう入っちゃってまして」
試験さえ終われば、あとは長い夏休みを待つだけという時期。
サークル室に顔を出せという先輩からの呼び出しに、何事かと行けば合宿のおしらせ。
バイトがあるからと申し訳なさそうに断りを入れると、サークル内にいた先輩たちが口々に文句を言い始める。
「えー、宮崎くん来られないの?」
「バイト休めないのか?」
「すみません」
「まあ伝えるの遅かったし、予定入ってても仕方ないか」
確かに頼めば休みをもらえないこともないだろうが、バイトを休んでまで行きたいとも思わない。
そんな心中は一切顔に出さず、ただただ申し訳なさそうにして、その場はやり過ごした。



「合宿行かないんだって?」
やっとサークル室を抜け出せば、サークル棟の階段で誠一に会った。
そして、第一声目が、それ。
相変わらず唐突で、それにあまり驚かなくなっている自分も、どうなのかと少し思う。
「随分、情報が早いですね」
「そりゃ、お前のことならな」
「・・・失礼します」
飄々と言われるのに、とりあえず今すぐ離れるべきだと本能的に思う。
そして、本能が欲求するままに、一瞬止めた足を再び動かし始めた。
「って、ちょっと待てよ」
「まだ何か?」
「お前って結構鈍感だよなー」
「・・・」
何が言いたいのか分からなくて、つい立ち止まってしまう。
その様子に、誠一はおかしそうに笑みを浮かべた。
「結構分かりやすくアピールしてたつもりなんだけど?」

言われて、瞬時に否定しなくてはと思う。
この男の視線に気がついていなかったわけじゃない。
もしかしたらという気持ちも、心のどこかにはあった。それは認める。
だけど、それと同時にどこかで警鐘が鳴っているのだ。
これ以上近づいては危険だと。

「何のことですか?」
少し声が震えていたかもしれない。
だが、それに気が付かなかったのか、誠一は何も言わなかった。
ただ少しだけ、笑みを深めたような気がした。
「なぁ。合宿の日、どこか行こうぜ」
「先輩は、合宿行かないんですか?」
「お前いないなら行っても面白くないし」
「・・・申し訳ないですけど、バイトあるんで」
「毎日ってわけじゃないだろ?一日くらい付き合え」
断ろうと思えば出来たはずなのに、何故かすぐに断ることが出来なくて。
予想外の誘いに少し動揺してしまったのかもしれない。
無意識のうちに、首は肯定を示すように動いていた。
その返事に、嬉しそうに笑う誠一から何故か目が離せなくて。
どこに行くか決めておけよ、と残して去っていく後姿を、ただぼんやりと見送っていた。



人に振り回されるのはごめんなのに、誠一にだけは気が付いたら向こうのペースで。
自分でも訳の分からない力で、どんどん誠一に引かれていく。
この感情が一体何なのか、それすらも自分では分からないけれど。

ただ、無性に怖かった。







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05.01.18





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