手を伸ばせば届く距離  (2)





「ちぃーっす」
「あ、伊藤先輩。お久しぶりです。どうしたんですか、今日は」
「いや何、新入生の顔を見にね。今年は可愛い子入った?」
「ダメですよ、先輩。うちの大事な新人に手を出しちゃ」
大学に入学して、何となく入ったサークルの部室。
2年生の河田先輩に活動の話を聞いていると、やたら軽い感じの男が入ってきた。
会話から推測するに、3年か4年の先輩なのだろう。
何となく先輩とのやりとりを眺めていたら目があってしまったので、とりあえず会釈だけしておく。
すると口元に笑みを浮かべて、こちらへ近づいてきた。
「あんた、1年?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ふーん・・・名前は?」
「宮崎です。宮崎泰成」
「宮崎、ね。俺は伊藤誠一。3年。よろしく」
人懐こい笑顔で握手を求められ、とりあえず握手を交わしておく。
「せいいちー?まだぁ?」
「ああ、今行く。じゃあ、邪魔したな」
扉のところから、どちらかというとチャラチャラした格好の女が、ダルそうに誠一に声をかける。
それを受けて、誠一も後輩たちに言葉をかけてから、入ってきて5分もしないうちに出て行った。
「・・・気に入られたか?気をつけろよ、宮崎」
誠一が出て行ったのを見計らってから、先ほどまで誠一と話していた河田が泰成に意味ありげな視線を送る。
「何ですか?気をつけろって」
「伊藤先輩な、アレなんだよ。男でも女でも、気に入った奴にはすぐに手を出すの。お前見て、すぐに 近づいていったし、まあ気をつけておけよ」
「はぁ・・・」
そんなことを急に言われてもなんと答えればよいものか分からず、泰成はただ間の抜けた返事を返す。
確かに見目いい男であったが、特に気になる相手でもない。
気に入られたと言うが、5分も会ってないのにそんなものが分かるのだろうか?
どうも実感がわかない泰成は、世の中には変わった人がいるもんだ、と思ったくらいで、特にこの出会いを気にすることもなかった。







・・・気にしていなかったのだが。

「よー、宮崎。また会ったな」
「・・・伊藤先輩」
何故か、誠一はよく目の前に現れた。
1年と3年で、学部も違う。すると当然、授業も違うわけで、接点はサークルしかないはずの男。
なのに、構内で誠一と会うことは多かった。
学食だったり、廊下だったり。場所は違えど、偶然で片付けるには不自然すぎる。
「どうされたんですか、こんなところで」
「俺だって、ここの学生よ?学校にいたって、何の不自然もないっしょ」
そう言われてしまえば、その通りなので何も言えなくなってしまう。
大体がいつも、こんなパターン。
いつの間にか誠一のペースにはまっている。
「おい宮崎、早く行かないと授業始まるぞ」
「ああ、ごめん。じゃあ先輩、次授業なんで失礼します」
「おう、またな」
友人に急かされ、誠一に挨拶してその場を離れる。
「お前、伊藤さんと知り合いなの?」
「サークルの先輩だよ」
後ろで手を振ってる誠一を盗み見ている友人が訊いてくるのに、素直に答える。
「そういうお前は、何で知ってるの?」
「だってあの人、有名じゃん」
「有名?」
さらりと言われるのに、つい訊き返してしまう。
誠一は確かに目立つ存在ではあるが、広い大学内で有名になるほどでもない。
というか、よっぽどのことがない限り大学で有名になることなどないのではないだろうか。
「まあ、有名っても一部だろうけどな。俺も先輩から聞いた話だから詳しくは知らないけれど。結構、女遊び激しいらしいよ」
「ふーん」
説明してくれた友人には悪いが、自分には関係ない話だと、そこで話を切る。

そう、関係ない話なのだ。
自分で言うのも何だが、あまり人に執着しない性質だ。
今までの交友関係も、そう。
来るもの拒まず、去るもの追わず。
それが、いつもの自分。
だから誠一が自分を気に入ったというならば、それなりに返しておけばいい。
先輩を味方につけて、損はないから。
頭ではそう思っている。そして、その通りに行動しているつもりでもいる。

なのに、心のどこかで誠一を気に始めている自分も、確かに存在していた。







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05.01.12




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