Always (9) |
最後に松井が残した言葉が、深く胸に突き刺さったまま、なかなか抜けそうにない。 一瞬のうちに化膿したかのように、じわじわと痛みが広がっていく。 それと同時に、身体が震えだす。 血が一瞬で凍りついたみたいだ。ひどく、寒い。 「たっくん!」 目の前が暗くなったのを感じた瞬間、誰かに思い切り肩を揺さぶられる。 「あんな脅しに動揺してどうするの?たっくんはきょうちゃんに会いに来たんでしょ?」 「・・・だめ、だ」 「え?」 「俺は、ここにいちゃダメなんだ・・・だって、あいつ、恭ちゃんにまで・・・っ」 「落ち着いて。もしあの男がそのつもりなら、余計にたっくんは逃げちゃダメでしょ」 「でもっ、今ならまだ間に合う、俺が恭ちゃんの側を離れれば関係なくなるんだからっ!」 「そんなわけないでしょ。逃げれば逃げるだけ、たっくんのことは忘れないよ!」 「そりゃそうだ。やっと見つけたってのに、このまま逃がすかっての」 突然乱入してきた声に、祐に取り押さえられてもなお暴れていた拓弥の動きがビクリと止まる。 恐る恐るといった風に振り向けば、そこには予想に違わない人の姿。 いつからそこにいて、どこから話を聞いていたのだろう。 相当怒っているのが分かる。表情は怒りを通り越して、無表情に近い。 「えーと・・・君がたっくんの、きょうちゃん?」 何の言葉も発せない拓弥の代わりに、祐が訊ねる。 「残念ながらその友人で、伊藤誠一という者です。失礼ですが、あなたは?」 「堀口祐。僕の奥さんがたっくんを拾ってきて、今日まで一緒にいた者です」 「拾って・・・?」 簡単にこれまでの経緯を話せば、誠一の気持ちが少し落ち着いたのが分かる。 少しだけホッとした表情を見せて、祐に礼を告げる。 「とにかくここじゃ何なんで場所を変えましょう。堀口さん・・・でしたっけ?あなたも是非きてください」 「・・・どこ、行くの?」 恭ちゃんには会いたくない。 この期に及んでそんなことを思いながら小さく訊ねれば、小さな溜め息と一緒に、頭をポンと叩かれた。 「心配してんのは、俺だけじゃないんだぜ」 そう言った誠一の声は優しかったけれど、それでも怒りはまだ確かに残っている。 それをが分かってしまうだけに、拓弥は何も言えなかった。 その後は、当事者であるはずなのにまるで傍観者のように、二人のやりとりを聞いていることしか出来なかった。 連れられるがままにたどり着いた先は、誠一の部屋。 そこにいた泰成にまずは抱きしめられ、それから何で黙っていなくなったのかと叱られた。 再会はすごく嬉しいのだけれど、素直に喜ぶことはできなくて。 それは泰成にも伝わったのだろう、まだ何かを言いたそうにしながらも口をつぐむ。 とりあえず祐と泰成の初対面同士簡単に挨拶をすませ、落ち着いた頃にはどんよりとした空気が満ちていた。 ここにつく直前に降りだした雨が、室内の空気まで変えてしまったのだろうか。 いや、それ以上に誠一が発する空気のせいかもしれない。 「・・・あの、誠一さん?・・・・・・恭ちゃんは?」 恐る恐るといった様子で、拓弥が重たい沈黙を破る。 話しかけるのも何だかためらわれたけど、それ以上に気になって仕方なかったのだ。 「今頃は実家のあたりじゃないか。お前を探して」 言葉の節々に棘がある。 それくらい誠一は腹が立っているのだろう。 それが分かっているから、拓弥も泰成も何も言わないし、言えない。 「恭平とは夜に連絡をとることになってる。そん時に俺が何も言わなかったら、あいつはそのままお前を探すんだろうな。明日も、明後日も、ずっと」 「・・・・・・」 きゅっと唇を噛んで、涙をこらえる。 だって、ここで泣くわけにはいかない。 そんな資格がないことは、分かっているから。 「お前の親父さんの居場所も大体分かったからな、あいつはきっと会いに行くだろうな」 「・・・っ」 聞き逃せない言葉に、思わず顔をあげる。 すると、真剣な顔で真っ直ぐ見据える誠一の視線に捕まった。 「お前がどんなに逃げたって、あいつはお前を探し出すよ」 はっきりと言われて、我慢できなくなった涙が溢れだした。 嬉しいのか悲しいのか、それもよく分からない。 「広瀬道雄。38歳。女癖が悪く、5年前には離婚。以前はまともな会社で働いていたが、新しい女との揉め事がきっかけで退社、そのあとはズルズルと落ちて借金三昧。で、ここからは俺の推測だけど、ついには首が回らなくなって、実の息子に会いに行った。どうよ?」 「何で、そんなことまで・・・」 すらすらと述べられる経緯に、拓弥は驚きを隠せない。 それは泰成も祐も同様なのだろう、目を見開いて誠一を凝視している。 その反応に満足気な笑みを浮かべて、誠一は何枚かに綴られた紙を見せる。 細かい文字が並ぶ。その中には広瀬道雄、すなわち拓弥の実の父親について大まかなことが書かれていた。 「言ったろ?俺は使えるものはなんでも使うって。昔の知り合いに、こういうのが得意なのがいんだよ・・・って、これは泰成に言ったんだっけ?」 まあどっちでもよいかと呟いてから話を続ける。 「どうせお前のことだ、恭平に迷惑かくたくないとか思って逃げたんだろ?何の相談もなしに」 「・・・・・・」 「でもさっきも言ったように、あいつはお前を探すよ。迷惑だなんて考えもしない、ただお前のことだけ思って走り回るだろうなぁ」 それじゃあ離れる意味がないよな? 問われるのに、少しためらってから小さく頷く。 確かに誠一の言う通りだ。 でもだからって本当に良いの? ただ甘え続けて、本当にそれだけで? 「逃げ続けるのも、結構ツライですよ」 今まで黙っていた泰成がふいに口を開く。 まるで拓弥の気持ちが揺らいだのを狙ったかのようなタイミングで。 「僕もたっくんのきょうちゃん、会ってみたいなぁ」 畳み掛けるように今度は祐が笑いかける。 ただでさえ揺らぎ始めた気持ちが、どんどん傾いていく。 「恭平は待ってるよ、拓坊のこと」 優しく、だけどきっぱり言われるのに、心の中で完全に片側に傾いた。 「・・・・・・誠一さん。その電話、俺にさせて?」 ようやく言えた言葉は、少し震えていたけれど。 それでも、ようやく決意を固めた拓弥に、三人とも笑顔を見せた。 >> NEXT 06.08.20 |