Always (10) |
「ここもダメだったか・・・」 実家近くの拓弥が知ってそうな場所はほとんどあたり、それとなく拓弥の友人にも話を聞いてみたが、有力な情報はまったくなかった。 覚悟の上とはいえここまで連敗が続くと、さすがに溜め息も深くなる。 仕方なしに一度実家に戻ることにして足を向けるが、その足取りは重い。 何があったのかと心配する両親には拓弥と喧嘩して出て行ったと嘘をついておいたが、果たして彼らはどこまで信じているか。 うまい言い訳なんて思い浮かばず、そうこうしているうちに家についてしまった。 ふと門の近くに人影があるのに気付く。 何だと不審に思いながら遠巻きに顔を見れば、どこかで見たような覚えもある男で。 「・・・うちに何か用ですか?」 「おたく、こちらの息子さん?」 「そうですけど、何か?」 近づいて声をかければ、少しだけ驚いた様子を見せて、それからすぐに口元に笑みを浮かべる。 どこかで会ったことがあるだろうか? そうは思うがすぐには思い出せず、見るからに不審な男に恭平はきつい視線を向けるが、相手は恭平を認めるとにやりと笑みを深めた。 そしてゆっくりと口を開く。 「うちの息子、返してくれませんかね?」 へらへらと笑ってみせる男に、恭平は驚きに目を見開く。 ・・・拓弥の父親!? 男の言葉に恭平は足元から顔まで一瞬のうちに視線を送る。 後にも先にも会ったのは拓弥の家へ乗り込んだときだけだが、それにしてもあの時とは印象が違う。 確かに年月が経ったというのもあるが、それでもあの頃の方がまともな格好をしていた。 少なくとも、こんな嫌な笑みは浮かべていなかったはず。 「今更・・・何の用ですか?」 「だから言ったでしょう?あんたが連れ出した俺の息子、返してくださいって」 燻っていた怒りが込み上げてくるのを感じる。 思わず家の前であることも忘れて叫んでいた。 「ふざけんなっ、拓弥を捨てたのはあんただろう!?」 「だからこそ、こうして迎えに来たんですよ。拓弥もいつまでも他人の家にいるのは心苦しいってんで、俺と暮らすのを快諾してくれたんですがねぇ、どうにも連絡とれなくなっちまいまして。こりゃおたくにでも監禁されてるんじゃないかと思ったんですよ」 やっぱり拓弥が出て行った理由はこいつかと確信し、それがそのまま怒りに変わる。 だが、こうして拓弥の居場所を聞いてくるということは、こいつもまた分からないということだ。 ならば、わざわざこっちが不利になるようなことを言う必要はない。 そう自分に言い聞かせて、とにかく冷静になれと小さく息を吐く。 「とにかく、うちの息子返してくださいよ」 「俺は拓弥を引き取るときに言ったはずだ。俺が拓弥を幸せにするって。今更あんたが出てきて入り込む隙間なんかない」 「近くに優しくしてくれる人がいれば、そりゃ恋愛感情と間違えることもあるでしょうよ。でもそんな関係、幸せになれるわけがない」 予想外の言葉に一瞬動きを止めれば、にやりと嫌らしい笑みを向けてくる。 いつ、どこで知ったのか。 拓弥が黙って出ていった理由もおそらくこれだろう。 何で話してくれなかったのかなんて、拓弥を責めることはできない。 SOS信号に気付いてやれなかったのは俺だ。 「―――・・・それでも、お前なんかにやらない」 拓弥が愛情に飢えていたことも、兄として俺のことを好きでいてくれたのも、知っていた。 知っていて、それでも恭平自身が関係を変えた。 こいつの言うとおり、もしかしたら拓弥も肉親の情を恋愛感情と勘違いしているだけなのかもしれないけれど。 今更、手放せるわけがない。 例え実の父親と引き離すことになったとしても。 泣かせたり不安にさせたりしても、それでも幸せにしたいと思ってる。 そして、いつも側で笑っていてほしいと。 「あんたの気持ちはそれで良いとして。ご両親は何て言いますかね?」 ざわりと身体中の皮膚が震えた気がした。 目の前の嫌な笑みに重なる、拓弥の泣き顔・・・そんなもの、見たくないっ。 「恭平、とりあえず落ち着きなさい」 「・・・っ・・・父さん?」 視界が暗転したかのように感じた瞬間、横から聞こえてきた声。 驚いて見れば、騒ぎを聞きつけたのか陽平が玄関から顔を出していた。 もしや話を聞かれたかと内心焦る恭平の肩を小さく叩いて、それから後を引き継ぐかのように静かに向き合う。 「広瀬さん。今日のところは、お引取り願えますか」 「そう言われてもねぇ。うちの息子を返してもらわないことには」 「拓弥くんは今ここにはいません。それから」 聞く耳など持たないとばかりに、道雄の言葉を遮って続ける。 「あなたには悪いですが、拓弥くんは私たちの息子だと思っています。どうぞお引取りを」 きっぱりと言い切ると、相手が何か口を開く前に恭平を連れて踵を返す。 そして、そのまま無情にも扉をバタンと音を立てて閉めた。 「父さん・・・?」 「・・・彼が、拓弥くんが家出をした理由だな?」 静かに問われて、答えに詰まる。 頷くことは簡単だが、話はそんなに簡単なもんじゃない。 どう答えようかと迷っている恭平と、ただ返事を待っている陽平との間に生まれる沈黙を破るかのように、携帯が震えて着信を告げる。 父の視線から逃れるようにディスプレイを見れば、そこには追い求め続けている恋人の名前。 「拓弥!?」 慌てて通話ボタンを押し、叫ぶように呼びかける。 電話の向こうでかすかに息を呑む気配を感じたが、構っている余裕はない。 「拓弥だろっ!?今どこだ?」 『・・・恭ちゃん、その・・・ごめんなさい』 しばらくして聞こえてきた声に、身体中が安堵と歓喜に震える。 間違えるはずもない、久しぶりに聞く拓弥の声。 怯えているのか、いつもよりその声色は弱々しい。 「謝ることなんかない。それより今どこにいるんだ?」 『今は、誠一さんの部屋』 「分かった。すぐ行くからそこにいろ!」 『えっ、でも・・・』 「頼むから!」 もはや懇願に近い。ようやく繋がった線が切れないように叫ぶ。 『恭平?俺だ。お前が来るまで拓坊は逃がさねぇから安心しろ。慌てて事故るなよ』 いつの間にか代わったのか、落ち着いた誠一の声がそう告げると、一方的に切られてしまう。 「ちっ」 誠一がああ言うのだから大丈夫だろうが、それでも気持ちは逸る。 勢い飛び出そうとすると、背後から「恭平」と静かに呼び止められる。 何だと焦る気持ちを抑えて振り向き、すぐ側に父親がいたことを思い出す。 「お前たちの覚悟が決まったら来い」 どう説明したものかと思う間もなく、ただ一言告げると「早く行ってやれ」と逆に促される。 父が何を考えているのか分からないが、とにかく今は拓弥が最優先だ。 恭平はとりあえず頷いてみせると、そのまま拓弥のもとへと走り出した。 >> NEXT 06.09.02 |