Always  (8)





「・・・どうしよう」
電話は結局かけられないまま、二人に背中を押されるがままに恭平とともに暮らしているマンションに戻ってきてしまった。
とにかく話しておいで。
あとでちゃんと報告すること!
それだけ言って、やたら明るく見送られたのだけど、ここまで来てあと一歩を踏み出すことができない。
たった3日なのに、見上げる先にあるそれはひどく懐かしく思える。
連絡を入れるべきか、それとも勝手に入って待っていても良いのか分からなくて、入り口で立ち尽くしてしまう。
だって、勝手な俺のことなんてもう嫌になってるかもしれないし。
ちゃんと全てを話をしたら、やっぱり迷惑に思うかもしれない。
「・・・電話してみようかな」
この時間は仕事中だろうけど、もしかしたら出てくれれるかもしれないけれど。
・・・部屋で待っていろって言ってくれるかもしれない。
そんな小さな望みをかけて、3日ぶりに携帯の電源を入れる。
同時に表示される未受信メールと留守電のサイン。
確認してみればそれは結構な数で、そのほとんどが恭平からのものだった。
「・・・恭ちゃん」
メールから読み取れる、恭平の様々な気持ち。
心配、焦り、不安・・・それから、溢れんばかりの恭平の想い。
何で今まで開かなかったんだろうと後悔が募る。
それと同時に祐の言葉が思い出されて、誰も見ていないのに何度も頷いてしまう。
迷惑をかけたくなくて、それ以上に嫌われたくなくて飛び出したけれど、それだってただ困らせるだけだった。
「広瀬拓弥くん?」
とにかく電話しようとアドレス帳を開いたのとほぼ同時に、背後から声をかけられる。
誰だと振り向けば、そこには見たこともない男の姿。
「ああ、そうみたいだな。うん、よしよし」
男は手元にある写真サイズの紙と拓弥とを見比べて、ひとり満足げに頷いている。
「あの・・・?」
「さて、突然で悪いけど、俺と一緒に来てもらうよ」
「なっ・・・!?」
何を言っているのか分からない。
ただ、男のにっこりと笑う表情が、やたら怖いと感じる。
「・・・あんた、誰?」
ようやく口にできた言葉に、男は「ああ、そうか」と呟いてからまた笑う。
「君は俺のこと知らないんだもんね。俺はね、松井っていうの。君のお父さんの関係者って言えば分かってもらえるかな?」
どこまでも明るく言われるのに、思わず身体が強張る。
何故、父の関係者がこの場所を知っているのか。
疑問は急速に恐怖に変わって、思わず辺りを見渡す。
「あ、お父さんはここには来てないよ。今の俺が用があんのは、君だけだから」
「・・・どういうこと?」
「君のお父さん、借金のかたに君を売ったの」
一瞬、思考が停止する。
あまりにも現実離れした話に、ただ呆然と松井と名乗った男を見据えることしかできない。
だが松井はそんな反応はすでに予想済みだったのか、少し肩をすくめただけで話を勝手に進めていく。
「はじめこの話がでたときは、何言ってんだかって思ったんだけどね。君のお父さんもいつまでたっても金返してくれないし、なら君に払ってもらった方が早いかなぁって思ってさ」
どうにか拓弥を見つけ出せたは良いがうまく思い通りにならず、父もとうとうしびれをきらしたらしい。
後をつけて住んでいるマンションが分かると、そこから連れてってくれという話をもってきたのだと松井は淡々と説明する。
「・・・・・・」
「君の写真見せてもらったら、なかなか可愛い顔してるし。それに君、男との経験もあるんだってね?」
松井の顔が、面白そうに歪む。
その瞬間、何を言いたいのかを悟る。
高校生の俺に何をして借金を返せというのかと思えば、まさかこんなことを要求されるなんて思いもしなかった。
そして同時に生まれる嫌悪感。
「・・・あいつと俺は、もうとっくに関係なくなってるんだ。俺が借金を返す義理なんてないはずだ」
「おや、冷たいこと言うね。お父さんは君に会いたいって一生懸命探してたのに」
実の息子を借金のかたに売ろうとしている男なんて、到底父親だなんて思えない。
第一、俺を探していた理由だって、親の愛情からじゃない。
全ては自分の借金の肩代わりをさせたかっただけだ。
松井もそれは分かっているのだろう、皮肉な笑みを浮かべている。
「あいつがどうなろうと俺には関係ない。だからもう帰って」
「そうしてあげたいのは山々なんだけどねぇ。俺もこれが仕事だし、君連れてかないと上から怒られちゃうわけですよ」
そんなこと知るもんかと睨みつけてやるが、松井は肩を竦めるだけ。
「そんなわけで、とりあえずついてきて。なぁに、そんなに酷い目にはあわせないから」
そう言って腕を掴まれる。
即座に振り払おうとするが、意外にも力が強く離れることはない。
「離せっ!」
「はいはい、暴れない。それじゃ俺が悪者みたいでしょうが」
「悪者みたいじゃなくて、実際悪者なんだと思うんだけどなぁ」
そのまま無理やり奥に停めてある車の方へ引っ張られていると、ふいに後ろからのほほんとした声がかかる。
「祐さん!」
「ごめんねぇ、たっくん。どうしても心配で後つけてきちゃった。途中で見失ってどうしようかと思ったけど、間に合って良かった」
どこまでも飄々としている祐に、いまだ松井に腕を掴まれたままだというのに妙に安心する。
「どこの誰だか知らないけど、邪魔されると困っちゃうんだよね」
「そう言われても、俺もたっくん連れて行かれると困るんですよ。とりあえず今日のところはこれで引き取ってくれません?」
いっそ場違いなほどにこにこと笑顔を絶やさずに、すっと一万円札を差し出す。
すると松井はヒュウッと口笛を吹く。
「気前いいね、お兄さん。でもそれだけじゃ借金に足りないんだけどね」
「俺に借金返す義理はないから」
お互いに笑みを浮かべたまま、そのままの格好でしばらく探り合うように向かい合っていたが、ふと拓弥を掴んでいた腕が外れた。
そして、それはそのまま差し出された一万円札へとのびる。
「また来るよ。ああ、言い忘れてた。君もお父さんも返してくれないなら、君の恋人にお願いするからそのつもりでね」
「・・・っ!?」
その言葉に慌てて振り返るが、すでに松井はヒラヒラと一万円札を掴んだ手を振りながら背を向けていた。







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06.08.06





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