Always (6) |
「・・・これから、どうしよう」 恭ちゃんにも、もちろん川崎のおじさんやおばさんにも迷惑をかけたくなくて、嫌われたくなくて、とにかく家を飛び出してきたけれど、当てなんて全くない。 こういうときに助けを求められる人といったら・・・誠一さんや宮崎さんだけど、あの二人に頼ったら、結局恭ちゃんに見つかってしまう。 離れなければ、意味がないのに。 あいつにバレてしまった以上、俺の存在すら消してしまわなくちゃいけない。 ポケットから紙切れを取り出して、羅列された数字を見る。 乱雑な字で書かれた、11個の数字。ここに電話すれば、きっと父に繋がるのだろう。 行く当てなんかない。だからと言って、あいつに頼りたいとは思えない。 「本当にどうしようかなぁ・・・」 まずは今日の寝床を、どう確保するか。 とりあえず電車に飛び乗って、名前も聞いたことのない駅で降り、今はフラフラとさまよった後に行き着いた公園のベンチに一人座っている状態だ。 辺りも大分暗くなってきているし、このままこうしているわけにもいかない。 せめてもう少し計画を立てて家を出てくるべきだったかな、なんてしみじみ思っても後の祭り。 今日のところはここで一夜を明かすしかないかなぁ。 「ねえ君、もしかして家出少年?」 覚悟を決めた瞬間、不意に頭上から声をかけられる。 驚いて見上げれば、そこには一人の女性が面白そうに見下ろしていた。 「ただいまー」 「はい、おかえりー。遅かったなぁ・・・って、どしたん?その子犬」 「可愛いでしょー。公園で丸くなってたから拾ってきちゃった」 ・・・・・・この場合、子犬って俺のことだよな。 どこか抜けたテンポで進む話を聞きながら、拓弥は出迎えてくれた男性にとりあえず会釈する。 それを受けた男性も、人懐こい笑顔を向けてくる。 「まあ確かに可愛い子だけどねぇ。杏ちゃんも相変わらずだなぁ」 「えっ・・・」 「ん?」 男性から飛び出てきた名前に思わず反応してしまい、それに二人が同時に反応する。 「どしたん?」 「あ、いえ・・・ちょっと名前にビックリして」 「名前?ああ、そういえば名乗ってなかったねぇ。私、堀口杏子。で、こっちが旦那の祐くん」 「よろしくねー」 ヒラヒラと手を振る二人は、やっぱりどこかテンポは抜けてるけれど、明るい人たちだ。 そのくせ、どこか不思議な雰囲気を持っている。 公園で杏子に声をかけられたときも、「帰るとこないなら、とりあえずうち来るか!」の一言で有無を言わさず連れてこられたくらいなのだから。 「んで、家出少年。君の名前は?」 「広瀬拓弥です」 「拓弥くんね。良い名前じゃん。で、家に帰れない理由は?」 どこまでも明るく訊かれて、一瞬洗いざらい話してしまいたくなる。 誰かに甘えたいのかもしれないけれど・・・全部を話すには、まだ勇気が足りない。 「・・・大好きな人を、困らせたくないから」 言えたのは、ただこれだけ。 こんなこと言われたって、結局困るだけだろうし、家に帰れって説得されるかもしれないとは思ったけれど、それでもこれは本当の気持ち。 だが、杏子は何でもないかのようににっこりと笑っている。 「うん、理由があるなら良し。好きなだけうちにいなよ。良いよね、祐くん?」 「杏ちゃんの仰せのままに」 見ず知らずの人たちに、ここまで甘えてしまって良いのか分からない。 正直、祐さんが杏子さんの名前を呼ぶたびに、少しだけ胸が痛むけれど。 だけど優しく笑ってくれる二人を拒めるほど、拓弥も強い人間ではなかった。 「・・・お、お願いします」 感謝の気持ちも込めて深々と頭を下げれば、満足そうに二人は笑ったのだった。 一方、恭平は誠一と泰成にも手伝ってもらいながら、とにかく拓弥が知ってそうなところを探し回っていた。 探せるところは殆ど探したにもかかわらず消息は掴めず、携帯も未だに繋がらない。 一度集まろうと部屋に戻ってきたものの、焦燥感だけが募っていく。 「これだけ探しても見つからないということは、やっぱり当てもなく知らないところに行ってしまったんですかね・・・」 「ったく、何考えてんだよ拓坊のヤツ・・・恭平、お前が家出の原因じゃないのか?」 苛立ち混じりに言われても、正直原因は思い浮かばない。 拓弥の様子はおかしかったのは事実だが、それでも恭平との間に何かあったということはないのだから。 「ただの喧嘩とかなら、お前ら二人を頼っていくだろ。それもないってことは・・・俺から離れたがっているってことだ」 怖いくらいに冷静な声に、二人は何も言えなくなる。 そう、探しまわっているときから、ずっと心に引っ掛かっていたのだ。 拓弥は、ただ俺から離れたいと思っているのではないかと。 嫌になったとか、そういうことではないだろう。もしそうならば、昨日部屋にくるわけがない。 あんなに必死に、まるで縋るように名前を呼んできたのに・・・ 「恭平、実家には連絡いれたのか?」 ふと思い出したように誠一が言うのに、そういえばまだだったなと思う。 だけど、誠一たちにさえ頼らないのに、わざわざ実家に連絡なんていれるとは到底思えない。 「そういえば、実家に帰ってから様子がおかしくなったって言ってませんでした?」 ふと思い出したように言う泰成に、誠一が「それだ!」と叫ぶ。 「おばさんなら何か知ってんじゃねぇのか?とにかく連絡してみろよ、もたもたしてたら手遅れになるかもしれないんだぞ!」 言われてみれば確かにその通りで、もはや藁にもすがる思いで携帯に手を伸ばす。 3コール目で繋がった電話の先で、こちらが口を開く前に勝手に話し始める。 『こっちからかけようと思ってたところなのよ。ねえ、拓弥くんに変わった様子はない?』 「母さん、何か知ってるのか?」 あまりのタイミングの良さに、見えないというのに思わず前に乗り出してしまう。 その様子に、声までは聞き取れないまでも、誠一たちも息を呑んで見守る。 『この前来たときも少し様子が変だったんだけどね。最近、妙なことを聞いたものだから』 「妙なこと?」 『何でも、拓弥くんのお父さんが帰ってきてるって・・・―――』 「なっ・・・」 それはあまりにも予想外の言葉で。 恭平は嫌な予感がじわりと広がっていくのを感じた。 >> NEXT 06.07.17 |