Always  (4)





考えないようにすればするほど、思い出す先日の出来事。
あの人は俺が今どこにいるか知るはずもない。
だから目の前に現れることなんてないはずなのに・・・消えない不安。
もし、また現れたらどうしたら良い?
俺はまだ未成年で、名前だって広瀬のままだ。
どんなに恭ちゃんと一緒にいたくても、それは許されるのだろうか?
何より、もし恭ちゃんたちに「やっぱり実の親と暮らした方が良い」と言われたら?
・・・・・・絶対に、耐えられない。
考えたって仕方ないことだって、分かっている。
分かってはいるけれど、どうしてか不安だけが増長する。

「拓弥、明日はバイト何時までだっけ?」
「ラストまでだから9時。そのあと片付けも少しあるけど」
「じゃあ迎えに行くよ」
「え?」
「たまには夜のデートも良いだろ?」
恭ちゃんがそんな風に笑って家を出たのが今朝の話。
毎日家で会ってるのに夜に恭ちゃんに会うのが楽しみで、今まで抱えてた不安も薄れていた。
バイトが終わって店を出れば、もうちゃんと待っていてくれて。
遅い夕飯を外で食べて、家に向かう頃には夕飯のときに少しだけもらったアルコールの力もあるのかもしれないけど、俺はもうすっかり上機嫌だった。
「久しぶりに笑ったな」
「え?」
「拓弥が何悩んでるのか分からないけど、俺はどんなときでも拓弥の味方だからな」
「恭ちゃん・・・」
何と答えれば良いのか分からずにただ恭ちゃんを凝視するしかできない俺を、恭ちゃんはそっと抱き寄せる。
やっぱり、一人で悩んでたってどうにもならない。
恭ちゃんにも心配かけてるのは分かってる。
だって無理には何も訊いてこないけど、抱き締めてくれる腕がいつも以上に優しい。
大丈夫、俺には恭ちゃんがいる。
そう思ったら、少しだけ気持ちが軽くなった。

そう、思えたのに・・・・・・




「よう、また会ったな」
「・・・な、んで」
高校を出てすぐのところで呼び止められ、降り向いたところにはもう二度と会いたくないと思っていた男の姿。
「人の口に戸は立てられねぇってな。お前が通ってる高校さえ分かれば、あとはここで待ってれば良い」
つまりは、調べたということなのだろう。
どんな手を使ったのか分からないが、そんなに難しいことでもないのかもしれない。
不本意ではあるが、この男が「実の父親」であることは事実なのだから。
「ここがお前の通ってる高校か。まあ普通だな」
わざとらしく校舎を見て、そんなことを言う。
「こんなところまで、何しにきたの」
「親が息子の通う高校を見にきたって別に何の問題もないだろう?」
親らしいことなんて、何もしてこなかったくせに!
叫びそうになった言葉を、寸でのところで飲み込む。
大半の生徒は部活中という時間であるため、あまり人通りはないが、ここはまだ学校の近くだ。
誰が見てるか分からないところで、大声を出したくはない。
「・・・・・・帰って」
口を開けば叫んでしまいそうで、必死で抑えた声は思いのほか小さくなる。
「せっかく会いにきた父親に、そういう口の聞き方はねぇだろ?」
まるでそんな拓弥を面白がるかのように、軽い口調。
そして、事あるごとに強調される「父親」という言葉。
反応しちゃいけない。そう思っているのに、口は意思に反して勝手に開かれる。
「俺の家族は、俺を育ててくれたあの人たちだけだ。あんたじゃない」
「家族ね。そうは言っても、所詮他人だろ?」
所詮、他人。
軽く放たれた言葉が、ズキンと胸に突き刺さる。
「血の繋がった家族は、一緒に暮らすのが自然だ。まあ、今までは放っておいて悪かったとは思うが、その分こうして迎えに来たわけだしな」
血の繋がった、家族・・・?
そこに何の意味があるの?俺にとっては、家族と呼べるのは川崎家の人たちなのに。
それとも、血の繋がりがなければ、やっぱりただの他人なの?
「お前だって、いつまでも他人の世話になりっぱなしなんて嫌だろう?向こうだって今更出てけとも言いづらくなってるだろうしな」
違う、そんなことはない。
全てこいつが勝手に言っていることだ。
これ以上、耳を傾けるな!
・・・そう思っているのに、放たれる言葉は棘となって次々に刺さってくる。
「な、だから俺と一緒に暮らそうぜ?」
ぐらりと、目の前が回る。
一緒に居たいのは、恭ちゃんだけ。
それは確かなのに、告げられた言葉たちが頭の中で響き渡る。
「ま、とりあえず今日のところは帰るとするか。お前も考えてみろ、どうするのが一番良いのか」
「・・・俺は、今更あんたと一緒に暮らすつもりなんてない」
例え、恭ちゃんに出て行けと言われたとしても。この男のところに行きたいなんて思わない。
それだけは、紛れもない気持ち。
「ふーん・・・ああ、そうか。お前、あの家の息子とデキてんだろ?」
「・・・っ!?」
突然振られた言葉に、思わず息を吸い込む。
その動揺を、目の前の男は見逃さなかった。
面白いものをみつけたとばかりに、口角がにやりと上げられる。
「何、言って・・・」
「その様子じゃ当たりか。まさかとは思ったが・・・へぇ?」
しまったと思ったが、もう遅い。
にやにやと嫌な笑みを浮かべて、それはそれはと一人で頷いている父親の様子に、拓弥は鼓動が早くなるのを感じる。
「お前を育ててくれた向こうの親御さんがそれを知ったら、どんな反応をするだろうなぁ?」
喉がヒュウっと鳴る。
まるで風邪を引いたときみたいに、喉がカラカラに渇いていく。
何か言わなくちゃと思えば思うほど、うまい言葉が思いつかない。
「よく考えるんだな、拓弥。お前の返答次第で、お前の言う家族がいなくなるかもしれないんだからな」
そうやって笑う男の言葉に。
目の前が暗くなるのを、強く感じた。







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06.07.02





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