Always  (3)





本当は、いつも思っていた。

『おい、小学生。何やってんだよ、こんなトコで』

あの日、突然目の前に現れたときのように。

『俺がお前の面倒を見るのは、お前が高校を卒業するまでだ』

また突然、いなくなっちゃうんじゃないかって。
恭ちゃんが冷たくなったときは、ついにその時がきたのだと思った。
願ってもやっぱりダメなんだって思って、でも離れられなくて。

『あんたたちのどっちの側にいたところで、拓弥が幸せになれるはずがない!拓弥は、俺が幸せにしてやる!』
『拓弥が離れたいって言うまで、離さない』

その言葉はどうしようもないくらい嬉しくて、そう言ってくれた恭ちゃんを信じていないわけじゃない。
それでも恭ちゃんとの関係が変わった今でも、時々思ってしまう。
いつか、俺を置いてどこかに行っちゃうんじゃないかって。

お願い、まだ離れないで。
せめてもう少し、俺が強くなれるまで・・・―――






「ただいまー」
「おかえりなさい!」
一週間ぶりに帰ってきた恭平を、拓弥は飛びつく勢いで出迎える。
「あー、やっぱり拓弥がいるって良いな」
玄関先で嬉しそうに抱き締められるのに、拓弥もそっと体を預ける。
渇望していた温もりに凄く安心して・・・そっと回した腕に、少しだけ力を強める。
「・・・拓弥、何かあったのか?」
「―――・・・ううん。ただ、会いたかっただけ」
いつもと少しだけ違う様子が気がついたのか、心配そうに訊かれるのに、拓弥は小さく首を振ってから照れたように笑ってみせる。
「それなら良いけど・・・」
「だって寂しかったんだもん。恭ちゃんがいないのは、やっぱり嫌だよ」
まだ少しだけ怪訝そうな顔を見せるけれど、嘘は言っていない。
気付かれちゃいけない。
大丈夫、恭ちゃんはここにいる。
そう自分にも言い聞かせて何か言われるより先に話をそらす。
「あ、そうだ。おばさんからお土産もらってきたんだ。おばさん特製のぬか漬けのお新香!夕飯食べてきちゃった?」
「そっか、懐かしいな。夕飯もまだ食べてないし、早速もらおうかな。拓弥は食べたのか?」
「ううん、恭ちゃん待ってた」
「じゃあ、とりあえずリビングに行くか。俺も拓弥に土産買ってきたぞ」
「ほんと?やった!」
そしてまた腕を絡ませて、あまり広くも長くもない廊下を二人で歩く。
あまりに不自然な格好ではあるが、拓弥は少しでも恭平から離れたくなくて、恭平もそんな拓弥の様子に何も言えなかった。

久しぶりの二人での夕飯は、話も絶えず明るいものだった。
拓弥はとにかく良く笑って、話も止まることはない。
だが、どんなに楽しそうにして見せても、恭平には拓弥が無理に笑っているようにしか見えない。
話すことも出張先でのことや恭平の実家での話など当たり障りのないことばかり。
時折出てくる、寂しかったという言葉だけが、妙に強く耳に残る。
・・・やっぱり、何かあったな。
そう思っても、それを直接確かめることも躊躇われた。
一度目の問いかけに、拓弥は何もないと答えたけれど、そういうときこそ何かあったという証拠だ。
その気になれば無理に聞き出すことはできるけれど、できることなら拓弥から話してほしい。
どこかで遠慮しているところがある拓弥に、恭平は気付かれないようにそっと息をつく。
拓弥に頼られること、甘えられること。
それは昔から当然のことで、俺にとっては喜びでしかないのだが。
いつからか、拓弥の方がどこかで線を引くようになった。
あれは・・・・・・俺が避けはじめてからか。
あの時から、拓弥はどこか甘えることを遠慮するようになった。
普段はあまり感じないし、それなりに頼ってくれているとは思う。
だが、本当に何かあったとき、拓弥は一人で抱えてしまう。
一言でも言ってくれたら、どんなことでもしてやれるのに。
そんなに俺は頼りないのかと考えたこともあったけれど、きっと拓弥の中にあるのはそういうことではなくて・・・嫌われることへの不安と恐怖。
俺が拓弥を嫌うことなんて有り得ないのだが、あのとき自分勝手な感情で冷たい態度を取ってしまったことを、拓弥はきっと忘れてはいない。
それはもう完璧に自業自得で、恭平は自嘲するしかできないけれど。
そして結局、その日は拓弥の口から何があったのか聞くことは出来なかった。




「拓弥くん?」
「え?」
ふいに頭上から声をかけられて顔をあげると、宮崎さんが心配そうに見ていた。
「さっきからぼんやりしてることが多いですけど、具合いでも悪いですか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっとぼうっとしてただけなんで、大丈夫です」
そういえば今はバイト中だったと話をしながら思い出す。
時計を見れば、もう上がっても良い時間になっている。
あまり時間がたっていた気がしないということは、一体どれだけぼんやりしていたのだろうか。
「何か心配事でもあるんですか?」
何なら相談にのりますよ?と優しく微笑まれ、思わず全てを吐き出したくなる。
「・・・ううん、何もない。ありがとうございます」
だが、ここで話してしまえば、いずれは恭平の耳にまで届いてしまうだろう。
それが怖くて、ただ何もないと言うしかできない。
泰成はまだ何か言いたそうだったが、結局そうですかと頷く。
「もし何かあったら遠慮なく言ってくださいね」
「うん、ありがとう」
念を押すように言われるのに泰成の優しさを感じて、拓弥は素直な気持で礼を告げる。
宮崎さんにも分かっちゃうくらいだから、きっと恭ちゃんも気付いてるんだろうな・・・
離れていく泰成の背中をぼんやり眺めながら、拓弥はそっと溜め息をもらす。
「拓弥くん?本当に大丈夫ですか?」
「あー・・・ちょっと疲れてるのかな?大丈夫です、今日はまっすぐ帰るし」
「そうですか?じゃあ本当に気をつけてくださいね」
「はい、じゃあお先に上がります」
にっこりと笑顔を見せてから、奥の部屋へ向かう。
その後姿もいつものような覇気はなく、泰成の不安を増幅させる。
「あーあ、俺にも気が付かないで。いきなり様子見てこいっていうから何事かと思えば、こりゃ恭平が心配するわけだわ」
「先輩にしては珍しく静かに入ってきたといえ、おかしいですよね」
「お前ね・・・」
「何か?」
「・・・いえ、何でも。しっかし、ホント何があったんだか」
軽口のようで、でも本心からの誠一の言葉に、泰成は同じ思いを抱えながらも何も答えることはできなかった。







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06.06.18





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