Always  (2)





もうずっと前から夫婦としての関係なんて壊れていた両親が、ついに離婚を決めたのが今から5年前。
二人そろって俺を邪魔扱いして、最後には川崎家へ預けるという形で俺を捨てたあの日から、一度も会わず連絡先さえ知らなかった父親が、今目の前にいる。
何でここにいるのかとか、今更どうして声をかけてくるのだとか、と色々な思いが一瞬で駆け巡る。
だが結局それらは声にはならず、ただ驚きのままに呆然と見据えるしかできない。
「昔の家は立派なマンションになってたし、お前を連れてったヤツの家は知らないし、もうお前には会えないかと思ったよ。まだこの町にいてくれて良かった」
「・・・今更、何の用?」
ようやく絞りだした声は、自分でも驚くほど冷たくかすれている。
「実の父親に向かってつれないなぁ。わざわざお前に会いたくて探しに来たっていうのに」
「俺は会いたくなかった」
父親らしいことは何もせず、母親と二人して俺をいらないと言った男。
そんなヤツと、どうして再び会いたいと思うのだろう。
別に恨んでもいないけれど、どうしたって肉親の情なんか生まれない。
そんな思いを込めて睨みつけるが、何の効果も見受けられない。
返ってくるのは、どこか歪んで見える笑み。
「そう言うなって。お前に会って言いたいことがあったんだよ」
「・・・」
「俺と一緒に暮らそうぜ?」
何を、言っているの?
訳が分からなくなって父親の顔を凝視するが、彼はただ笑っているだけで、その表情からは何も読み取ることは出来ない。
「なん、で・・・?」
「何故って、お前は俺の息子だろ?親子は一緒にいるのが一番自然じゃないか」
今更、何を言っているの?
その自然を、行ってこなかったのは、誰?
「お前だって、いつまでも他人の家に居候してるのは嫌だろう?」
そう言いながら不意に伸ばされた手が怖くて。
一歩近づかれるのに、同じ分だけ後ずさる。
嫌だ、近づくなっ!
拓弥は「逃げろ」と本能が命ずるままに、振り切るように走り出した。






「おかえり、拓弥くん。遅かったのね」
「ただいま・・・ごめんなさい」
日もだいぶ陰ってきた頃、ようやく川崎家のドアを開ける。
すると、すぐに奥からパタパタと駆け寄られ、かなり心配をかけたと思う。
あの男の言葉が怖くて走り出したが、あいつは追ってくることはなかった。
それでもそのまま川崎の家に戻るのはためらわれ、かなりの遠回りをして帰ってきた。
あいつに、ここだけは知られたくない。
「謝らなくても良いのよ。ただ拓弥くんに何かあったのかと心配しちゃったわ。どうしたの?」
「えっと・・・途中で気持ち悪くなっちゃって、公園で少し休んできたんだ」
嘘をつくことは心苦しかったが、余計な心配はかけたくない。
それに、知られるのが怖かった。何が怖いのか、自分でもよく分からないけれど。
まっすぐ目を見ることは出来なかったけれどどうにか微笑んで見せれば、その嘘を信じてくれたようだ。
「大丈夫?そうね、まだ顔色悪いみたい」
「うん、もう平気。あ、でももう少しだけ休んでても良い?」
「ええ、ゆっくり休んでなさい。ご飯できたら呼んであげる。軽いものの方が良いわよね?」
「うん、ありがとう」
それでもまだ心配そうな表情に笑いかけてから、自分の部屋へと向かう。
入るなりベッドに体を投げ出し、とにかく忘れてしまえと目をつむる。
思い出したくもないのに自然に浮かんでくる嫌な笑みに、何度も頭を振って。
「助けて、恭ちゃん・・・」
そして縋るのは、いつも手を指しのべてくれる大好きな人。
だけど、今この場に抱き締めて大丈夫だよと囁いてくれる存在はない。
何故こんなに不安になるのか分からない。
ただ、あの男の目が怖くて仕方なかった。
小さい頃から、特に両親に目をかけてもらった覚えはなくて、両親の顔も今では思い出すこともなかった。
あの頃は両親が側にいないことは当たり前できっと仕方ないことだと思っていても、友人から家族の話が出ると少しだけ寂しくなった。
それが全く気にならなくなったのは・・・恭ちゃんと出会ってから。
川崎家に引き取られてからは本当の家族を得たかのように幸せで。
恭ちゃんが側にいるだけで寂しいなんて思うことはなかった。
“俺と、一緒に暮らそうぜ?”
今更目の前に現れるなんて、あんなことを言うなんて、想像もしていなかった。
一体どんな目的があるというのだろう。
一人息子への愛情ではないことだけは、あの目が全てを語っていたけれど。
できることなら、もう二度と会いたくない。
俺にとっての家族は、恭ちゃんとおじさんおばさんだ。それ以外の何者でもない。
それを壊そうとする存在なんて、いらない。
今のまま、ずっと側にいたい。
恭ちゃんだって、ずっと一緒にいてくれるって言ってくれた。
何も心配することなんて、ない。
そう頭では思っているのに、あいつの顔が浮かぶたびに身体に震えが走る。
得体の知れない不安に潰されないように、今日のことなんて全て忘れてしまうように、もう一度強く目を瞑る。
「恭ちゃん・・・」
手の中にある携帯は、あと発信ボタンを押すだけで繋がる状態。
画面に表示された名前に、何度も発信しようとして、あと少しのところで止める。
今すぐにでも縋って大丈夫だよと言って欲しいけれど、それ以上に心配をかけたくない。
まるでお守りのようにずっと握り締めたまま、結局自分から押すこともできなくて。
その夜に届いた恭ちゃんからのメールに、涙が出そうになったのに、それでも今日のことを話すことはできなくて。
散々迷って、結局は「早く会いたい」としか返せなかった。







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06.06.11





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