Always (12) |
「全部話すことにした」 翌日、電話で報告すれば、誠一は「それでこそ俺の親友と弟分だ!」と喜び、泰成は「おめでとう」と二人で決めた未来へ祝福の言葉を送った。 一方、杏子は「よし偉い!頑張れ!」と激励を飛ばし、祐はそんな杏子に苦笑してから電話を変わり、「行っておいで」と微笑むように言った。 「ご両親が何と言おうと、二人の気持ちが合わさったなら一緒にいた方が良い」 「うん、ありがとう。まだ不安もあるけど、はっきり伝えてくる」 決意をきっぱりと伝えれば、電話の向こうで少し笑う気配がした。 「その様子なら大丈夫だ」と呟くのが微かに伝わってくる。 「あ、そうだ。たっくんのお父さんについては、今は心配しなくて良いよ。たっくんが覚悟決めたんだからね、僕もちょっと頑張ってみる」 何の話だろうと聞き返そうとしたが、それより先に「じゃあ健闘を祈る」と言葉を残して電話は切られてしまった。 「・・・行くか」 伝えたい人には、全員連絡した。 残るのは、川崎家の父と母の二人だけ。 拓弥はもう一度気合いを入れながら恭平の言葉に頷き、二人そろって川崎家へと歩き出した。 恭平の言葉を信じて、自分の気持ちに正直になって。 そして今ここにいるのに、胸が締め付けられているかのようにズキズキと痛い。 冷静でいられたのは、陽平と典子の顔を見るまでだった。 逆に落ち着いているようにみえる恭平が、一切の迷いのない声で二人の関係を告白したのがついさっき。 重い沈黙が4人の間に広がって、それが一層緊張を高める。 「・・・それで?お前はどうしたいんだ?」 5分ほど沈黙が続いたあと、静かな声で陽平が恭平に問いかける。 「できれば認めてもらいたい。だけど、それが無理だとしても拓弥を離すことはできない」 「それはただの家族愛じゃないのか?」 「違う!・・・もちろん家族としての気持ちもあるが、それ以上に一人の男として拓弥を想ってる。これから先、ずっと一緒に生きていきたいって」 きっぱりと言い切る恭平に、陽平は大きく息を吐くとまた口を閉ざす。 この間、一度も拓弥を見ない。 それだけで、いたたまれない気持ちになる。悲しくなるなんて、自分勝手だって分かっているけれど。 「・・・拓弥くんはどう思っているの?」 ふいに今まで黙っていた典子が、真っ直ぐに拓弥を見つめて問いかける。 その表情からは何の感情も読めなくて言葉に詰まるが、今度は自分が伝える番だと覚悟を決める。 「俺は・・・」 酷く喉が渇いてて、うまく声が出せない。身体も小刻みに震えてしまう。 ここまできても、まだためらいがあるんだろう。母のようなこの人に嫌われることが、こんなにも怖い。 だけど・・・――― 「俺は、恭ちゃんのことが世界中の誰よりも好き」 この気持ちだけは変えられない。 一度声に出してしまえば、あとは自分でも不思議なほどスムーズに言葉が出てくる。 「あの日、恭ちゃんに出会えて、おじさんやおばさんにも良くしてもらって俺は初めて家族の暖かさを知った。今でも感謝してるし、この気持ちは一生忘れない」 あの日が、あの日々があったから、今の俺がいるって分かってるから。 「この家にいることがたまらなく幸せなのに、恭ちゃんが家を出たとき苦しくて仕方なかった。でも二人が嫌だったとかそんなことは全くない。俺はおじさんもおばさんも、本当の親だって勝手に思ってる。大好きで、本当にかけがえのない人だから」 ただ、それ以上に恭平の存在が大きかっただけ。 自分が想っているのと同じくらい想ってくれている、そのことがものすごい力を与えてくれる。 「こんなに幸せにしてくれたのに、これ以上望んじゃいけないんだって何度も思った。だけど・・・恭ちゃんがいなかったら、息ができないっ・・・ごめんなさい、二人に嫌われても罵られても、恭ちゃんと離れたくない!」 ああ、そうか。これが本心だったのか。 勢いのまま叫んだ後、自分の言葉に妙に納得する。 震えはいつの間にか止まっていた。 その代わりと言うように、堪えきれなくなった涙が自然に零れ落ちる。 気遣うような恭平の腕が背中に回るのを感じながら、そう言えば二人の前で泣くのは初めてだなんて、ぼんやりと思う。 だって川崎家に来てから、悲しいことなんてなかったから。 恭平に会えなかった時、冷たくされた時、とてもとても嬉しくて暖かい気持ちをくれた時・・・涙を流す理由は全て恭平が好きなこと。 しばらく拓弥のしゃくりあげる声以外は沈黙が続いたが、典子が上を向いて大きく息を吐いたことでそれも破られる。 「正直ね、何でなんだろうって気持ちが強いわ」 ビクリと体が震える。 この期に及んで、まだ罵られるのが怖いというのだろうか。 自分の身体に、そっと苦笑する。 「だって、いきなり息子が男の恋人連れてきて驚かない母親なんていないでしょう?そりゃとりあえず反対したくもなるわ」 そしてまた大きくため息。 「でも困ったことに、拓弥くんも私にとって大切な息子なのよ」 「おばさん・・・」 「息子二人そろって幸せになりたいんだって言われて、そのためにはお互いが必要なんだとまで言われて。恭平なんてどうせ反対しても聞く耳もたないのよね」 「母さん、じゃあ・・・」 「すぐには認めないわよ」 思わず腰を浮かせた恭平に、母はきっぱりと言い切る。 「拓弥くんはまだ若いわ。これから社会に出て新しい出会いがある。恭平よりいい人が見つかるかもしれない」 そんなことないっ。 思わず叫びそうになるが、分かっているというように典子が頷くのを見て、出かかった言葉を飲み込む。 「だから拓弥くんが二十歳になったときもまだ今と同じ気持だったら。そのときは祝福してあげる」 その言葉を理解するのに一瞬手間取って。 意味を知ると、じわじわと何か暖かいものが身体中に広がっていった。 「っ・・・ありがとう、おばさん」 「あら、まだ私は二人の仲を認めてないのよ?お礼を言われる様なことはしてないわ」 そう肩を竦めてみせるけど、その表情は柔らかい。ちらりと陽平を見れば、目があった瞬間に大きく頷いた。 ・・・・・・俺、まだここにいて良いんだ。 完全に認めてもらったわけじゃない。 だけど、この気持ちを否定されることはなくて、胸に湧き上がるのは大きな安堵感。 ちらりと恭平を見れば、きっと同じ気持ちなのだろう、優しく微笑まれる。 今この場を包む空気は、いつもどおり暖かいもので。 満たされた気持ちのまま、拓弥はもう一度ありがとうと声にならない声で呟いた。 その後は、誰の様子も今までと変わることなく一緒に夕飯を食べて。 二人揃って帰るとき、典子がこっそり耳打ちしてきた。 「実はね、拓弥くんに「母さん」って呼ばれるの、ずっと夢だったのよ」 まさか恭平とこういう仲になるとは予想してなかっただろうが、それでもその言葉に嘘は見えない。 ・・・俺も、ずっと「母さん」って呼びたいと思ってた。 そう答える代わりに満面の笑みを浮かべてから、満たされた気持ちのまま拓弥は恭平とともに川崎家を後にした。 >> NEXT 06.09.18 |