Always (13) |
「素敵な人たちですね、恭平さんのご両親って」 次の日、泰成と一緒に祐を訪ねた拓弥は、川崎家での会話を一部始終話し、それに対して泰成はしみじみと呟く。 杏子はいつも通り仕事に出ているし、恭平と誠一はたまった仕事を片付けるべく朝早くから出かけたため、ここにはいない。 「ゆっくり話せて良いですね」という泰成の言葉通り、男三人平日の昼間からお茶を飲み、ここしばらくの騒ぎが嘘のようにのんびりとした時間を過ごしている。 そんな穏やかな時間の流れのままに、祐がふいに拓弥に向かって言葉をかける。 「たっくん、お父さんに連絡取れる?」 「・・・携帯の番号なら分かるけど。何で?」 「最後に決着つけなきゃでしょ。どうにか呼び出して。あ、あの借金取りも一緒に来るように言ってね」 正直連絡なんか取りたくないし祐が何をしようとしているのか見当もつかない拓弥はしばしためらうが、祐にどうしてもと言われて渋々携帯を取り出す。 こっちの番号は知られたくなかったから非通知にして、11桁の数字を押す。 非通知だと着信すらされない設定にされていたらどうしたものかとも思ったが、余計な心配だったらしい。 長いコールの後で、少し怯えたような、でも無愛想な声が聞こえてきた。 「・・・父さん?俺、拓弥だけど・・・」 道雄を呼び出すのは予想以上に簡単だった。 散々悩んで行き詰まって、最後に「父さん」を頼った風を装い、さらに「父さんを助けたい」とまで言ってやれば、すぐに約束の日時を指定してきた。 これは全て、祐が考えた台本どおり。 「うん、上出来」 電話を切ってすぐに、祐は親指を立てて笑ってみせる。 その表情は、いたずらが成功した子どものように輝いていた。 道雄と会う段階になって、不安が募る拓弥に、祐と話を聞いて最後まで反対していた恭平が付き添う形で対面を果たした。 「どういうつもりだ」と憤る道雄をさらりと無視して、祐は松井に無造作に膨らんだ紙袋を差し出す。 「利子と二度と近付くなよって気持ちを含めて、全部で500万円ちょうど。広瀬さんに代わってお返しするよ。これでもう君たちは関わらないだろ?」 「祐さん!?」 「すごいね。まあ、こっちは貸した金が返ってくりゃ問題ないよ」 松井は迷いなく受け取り、ドンと目の前に出された大金に、袋の中身を確かめるとひゅうと口笛を吹いた。 「だけど、あんたも大概物好きだね」 「待って!ダメだよ祐さん、こんな大金っ」 「大丈夫大丈夫。これはたっくんのためのだから。それにタダで払うわけじゃない。ちゃんと広瀬さんには返済してもらうよ」 焦る拓弥を制して、祐はにっこりと笑う。 その間にも松井に手を出して、「ほら、借用証渡して」とぬかりない。 一方の松井も、実際の要求額よりも多く手に入ったからか、それとも元々の性格によるものかは分からないが、意外にもあっさりと借用証を祐に手渡した。 「ん、ちゃんと本物みたいだな。じゃあこれで、債権者が僕になったというわけね。利息込みということで500万円、ゆっくりで良いから返してね。ああ、あと広瀬せんには僕の弟の会社・・・の、関連会社か。まあそこで働いてもらうことになるけど、良いよね?」 目の前で繰り広げられている展開についていけていないのだろう、当の道雄は大きく開けたままの口が閉じられないでいる。 「僕ね、実はいいとこの坊っちゃんなの」 道雄同様、驚きを隠せない様子の拓弥と恭平に向かって、祐はあっさりと言う。 「親に敷かれたレール何の疑問も持たずに歩んでるときに杏ちゃんに会ってね。一度は逃げられちゃったけど、家飛び出して必死で追い掛けて」 杏子は祐のためを思って身を引いたのだが、祐にとってその行動は苦痛以外の何物でもなかった。 家族も今まで歩んできた道も、祐にとっては杏子に代えられるものではなかったのだ。 そんな想いを知っているからこそ、拓弥たちを応援したくなったのだと言う。 「この金はね、結局僕の代わりに家業を継いだ弟から借りてきたの。両親には未だに連絡取ってないけれど、弟とは昔から仲良かったからね。事情を話したらすんなり渡してくれた」 だから遠慮することはないよ、とにっこり笑う。 「広瀬さんも、これで異論はないよね?」 「・・・いつか後悔するぞ。男同士の恋愛ごっこなんて、うまくいくわけがないからな!」 祐の問いかけを聞こえなかったフリで、道雄はわめく。 「今ならまだ間に合うだろう?どうだ拓弥、俺と一緒に来ないか?」 「―――・・・俺の両親は、当然男と女だ。だけど、二人は別れた。ちゃんと男女の恋愛だったはずなのに」 低い声に、道雄の動きが止まる。 「子どもができたから結婚したけど、二人にはそれぞれやりたいことがあって。口先だけで愛してるなんて言って自分も相手も、子どもも騙してきた。それは、後悔してないの?」 「そ、それとこれとは話が・・・」 「男とか女とか、血の繋がりとかも関係ない。俺は恭ちゃんだから、ずっと一緒にいたいと思う」 もしかしたら、いつか別れが来るかもしれない。 そのときは辛くて悲しくて、泣くかもしれない。 だけど、それは今じゃない。あるか分からない未来に脅えるくらいなら、未来を夢見て歩いていきたい。 それに、たとえ別れたとしても、この想いを後悔することはない。 「っ、俺は、お前のことを思って・・・」 「中身のない言葉なんて、もう沢山だっ!」 「広瀬さん」 今まで寄り添うようにしながらも黙っていた恭平が、ゆっくりと道雄を見据えて口を開く。 「あなたが祐さんに借りたお金を自力で返し終えて、本心から拓弥を愛してるって言えるときが来たら。・・・連絡してください。そのときは拓弥と会うのを反対したりしない」 その言葉に一瞬不安そうな表情を浮かべる拓弥に、笑いかけて。 「だけど、拓弥は渡さない。あのとき約束したように、俺は一生かけて拓弥を幸せにします」 言い切った恭平に、道雄は悔しそうな表情を浮かべる。 何か言いたげな様子を見せるが、結局何も言わずに項垂れる。 最後に祐に向かって小さく「・・・世話になる」とだけ言って、今まで見せていた尊大さのかけらもない背中でフラフラと去っていった。 「ねぇ、恭ちゃん・・・俺たちって家族みたいなもんだよね?」 1年前にも、今いるのと同じこの部屋で訊いたこと。 あの頃は無邪気に恭平の優しさが嬉しくて、当たり前のように口にした言葉。 恭平から発せられた否定の言葉は、まだ心の奥に根付いていて、思い出すだけで震えが走る。 それでも今、恭平の口から聞きたかった。 恭平も分かっているのだろう、優しく頭をなでてくれる。 「当たり前だろ?・・・ああ、でも母さんが言うように拓弥が二十歳になっても俺のこと好きでいてくれたら、そのときこそ本当の家族になろうな」 「本当の・・・?」 「川崎拓弥ってのも良い名前だと思わない?」 にっこりと笑顔を向けられて、そのまま抱き寄せられる。 温もりが伝わり、言葉の意味が分かると、一気に膨れ上がる幸福感。 「日本じゃ結婚できないからなぁ。養子縁組だとして・・・俺と兄弟になるか親子になるか、それまでに決めとけよ」 「・・・恭ちゃんといられるなら、どっちでも良いっ」 茶化すような恭平の言葉だけど、それでもすごく嬉しくて。 泣き笑いを浮かべて背中にしっかりと手を回す。 それに応えてくれる、優しくも力強い腕と温もりに、拓弥はホッと息を吐いた。 ずっと欲しかった愛情を、惜しみなくくれる人。 まだまだ問題もあるかもしれないけれど、これからは一緒に笑って、いっぱい話して、時には喧嘩して泣いて、そんな風に時間を過ごしていこう。 いつでも側にいて、いつまでも一緒にいよう。 だって、これからは本当の家族になるんだから。 END 06.10.05 |