Always (11) |
「すぐ行くからそこにいろ!」 久しぶりに聞く大好きな声はどこか切羽詰った響きがあって、それだけ心配をかけたのだと思う。 今からここに来ると言っても少なくとも2時間はかかるのだが、どうしてもそわそわと落ち着くことができない。 そんな拓弥の様子に誠一は盛大にため息をつく。 「お前なぁ、少しは落ち着けよ」 「だって恭ちゃんが今から来るんだよ?俺、どんな顔して会ったら良いか・・・」 「まぁだそんなこと言ってんのかよ」 「思ってることを全部素直に話せば良いんですよ」 呆れ口調の誠一に続いて、優しく言ってくれる泰成の言葉に、それが難しいんじゃないかと心の中で思う。 会いたくて仕方ない。その気持ちは本当だけど。 あわす顔なんてないし、ちゃんと全部話せる自信もない。 それに本当に今更だけど、迷惑だって、面倒なやつだって思われるのが怖い。 ・・・・・・結局、自分のことばっかり考えてるな。 そんな自分が嫌になる。気付かれないように、そっとため息を漏らす。 「うだうだ考えてないで、とりあえず待ってろ。んで、これからのことは二人そろって考えろ」 二人の、これから。 俺は本当に望んで良いのだろうか。 不安は高まる一方だけど、心配性な保護者たちの手前、とにかく座って恭平の到着を待つことにした。 「拓弥!」 叫ぶような声と一緒に、ドアが盛大な音を立てて開かれる。 「鍵開けといて、正解」と誠一が一人呟いたのと同時に、拓弥は恭平の腕に捕らわれた。 「・・・・・・良かった、無事で」 力いっぱいの抱擁に息が苦しくなる。 だが、回された腕の力は弱まることはなく、ため息のように囁かれた言葉に拓弥の動きも止まる。 同時に感じる温もりに、目の前がぼやけてくる。 自分がどれだけ飢えていたか、嫌でも実感させられる。 「恭ちゃん・・・っ」 「・・・頼むから、もう勝手にいなくなったりしないでくれ」 「ごめっ・・・恭ちゃん、ごめんなさいっ・・・」 近くに誠一たちがいるとかそんなの関係なくて。 ただもう恋焦がれていた温もりに縋るように泣きながら謝り続ける。 それを恭平は、優しくあやすように「もう良いから」と抱き締めたまま背中をさする。 時間にして5分もたたない頃、しばらくは傍観していた誠一がわざとらしく咳払いをしてから間に立つ。 「感動の再会を邪魔すんのも忍びないんだけどよ、そろそろ離れろ。話が進まねぇ」 その言葉に、正直まだ離れがたかったけれど、慌てて腕の中から逃れる。 いくら気心知れた二人の前だからって、思いっきり抱き合って泣きまくって・・・さすがに気恥ずかしくなってくる。 この場に「ちょっと杏ちゃんに電話してくる」と部屋を出て行った祐がいなかったことだけが、せめてもの救いだろうか。 「さて、役者がそろったところで説明してもらおうかねぇ、拓坊・・・と言いたいところだが。とりあえずお前ら二人、今すぐ出てけ」 「・・・は?」 突然の言葉に、誠一以外の誰もが唖然とする。 「何言ってんだ、突然」 「俺らがいたらまともに話せないだろ?だからとりあえず部屋帰れ。んで、解決したら連絡してこい」 誰の意見も全く聞かない誠一に対し、しばし押し問答が繰り広げられたが、しばらくして戻ってきた祐と恭平の初対面も果たし、さらに祐も誠一の意見に賛成したことで、その場はお開きになった。 というより、「とにかく二人で話し合え!」と半ば強引に誠一に追い出されたというのが正しいかもしれない。 誠一の部屋を出てから、何となく二人黙ったまま移動し、ついに部屋の前まで帰ってきた。 ついこの間までは毎日生活していた場所。 数時間前にここに来たときと同じく、懐かしくて・・・少し、怖い。 「そこでためらったりするなよ。ここはお前の家なんだから」 一瞬の迷いを見破り、拓弥が足を止める前に声がかけられる。 ドアを開けて入るのを待っていてくれるのに、なんだか酷くホッとして、速度を緩めた足を止めることなく、そのまま部屋へと入る。 「・・・ただいま」 「はい、おかえり」 返ってくる言葉が、じんわりと染みて。いつも何気なく言っていた言葉なのに、嬉しくてまた涙が出そうになった。 「さてと、何から話して良いのか分からないけど・・・とにかく、これだけは確認させてくれ」 いつもなら楽しく話しながら食事するダイニングテーブルに向かい合って座る。 テーブルの上には今は何もなく、少し辛そうで、それでいて真剣な恭平の視線が直接拓弥にぶつけられる。 「俺から離れたかったのか?」 訊かれた言葉の意味を理解するまでに少し時間がかかり、意味を持った瞬間に思わず首を激しく横に振っていた。 その様子に、ふっと恭平が息を吐く。 「・・・・・・恭ちゃんに迷惑かけたくなかったんだ」 あんな男の言いなりになるつもりはなかったけど、近くにいれば絶対に巻き込むことになる。 それだけは避けたかったから、自分から離れる道を選んだ。 でも、だからって恭平の離れたかったわけじゃない。それだけは確かだ。 「それに、おじさんやおばさんたちに嫌われたくなかった。恭ちゃんのこと好きだけど、でも・・・っ」 恭平への気持ちは誰に恥じるものではないと思っている。 思ってはいるけれど、世間一般から認められるものでもないことも、分かっている。 なのに、あの時あいつに脅されるように言われるまで、恭平との関係を知ったら二人がどんな反応をするかなんて考えてもいなかった。 そして、考えたら怖くて仕方なかったのだ。一人になることよりも、見捨てられることが。 「・・・拓弥の父親に会った。随分、変わってて驚いたけど・・・拓弥も会ったんだろう?」 ああ・・・もう全部、分かってるんだ。 どうして黙って出て行ったのかも、何を恐れているのかも。 そう思ったから、素直に頷いた。また涙が出そうになるのを、唇を噛みしめることでどうにか堪える。 恭平はすっと手を伸ばして噛みしめられた唇に触れ、力を抜けというように軽くさする。 「拓弥、覚悟決めてくれるか?」 「・・・え?」 「誰に何と言われても、これからずっと、二人で生きていく覚悟」 その言葉に、目を見開く。 今にも溢れそうだった涙も止まった。 言葉の意味をきちんと捉えたくて、ただ恭平にだけ意識を向けて、次の言葉を待つ。 「俺は誰が何と言おうと、拓弥が一番大事だ。これから先も、ずっと一緒に生きてきたいと思ってる」 何も言えず、それどころか微動だにできない拓弥に少しだけ笑いかけて、それから真剣な様子で恭平は「だから」と話を続ける。 「父さんたちにも全部話そうと思う。簡単に認めてくれるわけがないと思うけど、二人にも自分にも嘘はつきたくない。・・・それに、自分から言っちゃえば、あいつに脅される弱みも消えるだろ?」 最後の言葉だけ、冗談のような響きを作っていたが、全てが本心からの言葉だってことは、真っ直ぐに見つめる目を見たら分かる。 言葉の意味を理解するにつれ、一度は止まった涙が溢れ出した。 慌てて止めようと思っても、今度は止めることはできない。 全身に驚きと喜びが駆け巡り、声にならずにただ涙だけがとどまることを知らない。 「・・・・・・ホントに、いいの?」 ようやく口にできた言葉は、ひどく掠れている。 「拓弥が俺の手を取ってくれると決めてくれれば。俺の気持ちは、もう決まってる」 そう言って目の前に差し出される、これまで何度も俺を救ってくれた、優しい手。 「・・・俺のゴタゴタに、巻き込んじゃうかもしれないよ?」 「望むところだ」 「おじさんたちは反対するかもしれない」 「それでも、拓弥がいてくれたら良い」 どうしたって、少しだけ手を伸ばせば届位置に差し出されたままの手を、拒否する理由なんて思い浮かばない。 だって、心はこんなにも手を取りたくて仕方ないと訴えている。 「他のことなんて考えなくて良い。お前の気持ちだけで、選べ」 ・・・そんな言い方、ずるい。 何もかも取っ払ってしまったら、残る選択肢は1つしかないに決まってるじゃないか。 今までためらっていた腕が、少しずつ上がる。 求めて仕方なかった手にゆっくりと触れた瞬間、もう離さないと言わんばかりに、力強く引き寄せられる。 その強さと伝わる温もりに、また新たに涙が出そうになった。 >> NEXT 06.09.12 |