Always  (1)





俺は、実の両親のことは詳しく知らない。
まだ二人とも若いうちに俺を生んで、そのまま放っておかれたから。
どこから得ていたのか知らないが、必要最低限の金は与えられていたから、それだけは感謝するけれど、ずっと欲しかった愛情だけはもらうことができなかった。
無邪気に愛情を求めて、でも返ってくるのは心のこもっていない「愛している」という言葉。
渇望してやまなかった本当の愛情を得ることができたのは、恭ちゃんに会ってから。
あの日の偶然を、今でも覚えてる。
だって、あの出会いがなかったら、今の俺はきっと俺じゃない。

ねえ、ホントに感謝してるんだ。
恭ちゃんのこと、誰よりも大好きだよ?
恭ちゃんに会えて、本当に良かった・・・―――







「出張?」
「そう、来週一週間。急にご達しが来た」
それで少し機嫌が悪いのかと目の前で味噌汁を勢いよく飲む姿を見る。
ただでさえ、今は忙しい時期らしく、今日なんて本当に久しぶりの二人での夕食だ。
それでも夜には会えていたし、俺もここのところバイト三昧だったから何とかなってたけど、出張と言うことは姿すら見れなくなるのか・・・
「それでな、拓弥に予定がなかったら2、3日帰らないか?母さんが拓弥に会いたがってる」
「おばさんが?・・・そっか、じゃあ行こうかな」
今度の土日は店の都合でバイトも休みだ。
この機会に、久しぶりに優しい育ての親のもとに行こうと決める。
恭ちゃんがいないなら一人でいてもつまらないし、恭ちゃんに会えない寂しさも一人でいるよりよっぽど良い。
「じゃあ母さんに連絡しとくよ。あと誠一にも話しておくから、何かあったらあいつんとこ行けよ」
「うん。って、恭ちゃん過保護過ぎだよ」
思わず笑いを零すと、まだ足りないくらいだなんて臆面もなく言われて、また笑ってしまう。
恭平も拓弥を一人にしておくことには少しばかり抵抗があったのだろう。
快諾した拓弥にホッとした表情を浮かべて、今度こそ穏やかな雰囲気で食事を再開した。




「おかえり、拓弥くん。恭平から電話もらって待ってたのよ!」
恭平が出張に出た2日後の土曜日、拓弥は約束通り川崎家へと顔を出した。
恭平に助けられてから、ほとんど毎日を過ごした家。
両親が離婚してからは、本当にここが拓弥の家になった場所。
懐かしくて、やっぱり暖かい。
「ただいま。お久しぶりです、おばさん」
以前とまったく変わらぬ優しい笑顔に迎えられて、何だかくすぐったい気持ちになる。
「本当に久しぶりね!恭平も拓弥くんも滅多に帰ってこないんだもの、寂しいじゃない」
「ごめんなさい。恭ちゃんも忙しいみたいだから」
「あら、あの子は帰るのが面倒なだけでしょう。拓弥くんも忙しいの?」
「俺はやることなんてバイトくらいだから、別にそんなことはないよ」
母、典子の言葉に、拓弥は素直に答えると、典子は少し身をのりだして勢いよく言う。
「あら、だったら拓弥くんだけでも暇なときは帰ってきてちょうだい」
「え、でも・・・」
「ここは拓弥くんの家でもあるんだから。ね?」
そう優しく微笑まれて、どうしようもないほど嬉しくなる。
不覚にも涙が出そうになるのを、拓弥は咄嗟に隠した。 「・・・うんっ」
そして元気良く頷けば、典子もまた笑みを深めたのだった。

恭平の父親である陽平が帰宅してからは三人で夕飯を囲み、色々な話で盛り上がった。
その大半が拓弥の高校生活のこと。
主に典子が質問するのに拓弥が答える形で話は進んでいく。
恭平の話もするにはしたが、それも拓弥の生活に関連してくらいで、二人の関心はもっぱら拓弥にあるようだった。
典子などは恭平と喧嘩したらいつでも帰ってきなさいと言い出す始末。
みんなで笑って、「ただいま」と言える場所があることが嬉しくなる。
もちろん、拓弥にとっては恭平のいるところが帰る場所でありたいのだけど。
それでもここは、“家族”のいるところで、とても安心できる、暖かい場所。
「うまくやっているようで安心したよ」
自然と緩む頬をそのままに典子と会話を弾ませる拓弥を見ながら、あまり口数の多くない陽平は、どこか満足げに呟いた。






「よう、拓弥」
朝も三人で仲良く過ごし、典子に頼まれたものを買いに出た帰り道。 ふいに名前を呼ばれて振り向けば、そこには見知らぬ男。
「・・・どちら様ですか?」
警戒を隠さずに訊けば、大げさに肩を竦められる。
「薄情なヤツだな、俺を忘れたのか?」
にやにやと笑いながら言われても、すぐには誰だか思い出せない。
どこかで見たことがある気はする。だが、それが誰かとまでは結びつかない。
年は、陽平より少し若いくらいだろうか?
もしかしたらかなり若いのかもしれないが、その風体からでは分からない。
「まあ随分と久しぶりだからな。俺も一瞬お前だって分からなかったよ」
無精髭を生やした顔で煙草をくわえながら、面白いおもちゃを見つけた子どものような目でこっちを見てる。
笑っているのに、その目が妙に怖くて・・・
「・・・・・・父、さん?」
ふいに重なった、今ではほとんど思い出さない父親の顔。
思わず呟いた拓弥に、目の前の男はにやりと口唇を上げる。
その動きを見て、拓弥の中で推測が確信に変わっていく。

「しばらく見ないうちにでかくなったなぁ、拓弥」







>> NEXT






06.06.04





top >>  novel top >>