断りきれない、その理由





少し前までは、どちらかといえば損得勘定で動く人間だったと思う。
頼みごとをされれば、まあ何も予定がなければ大抵引き受けるけれど、予定がなくてもやりたくなかったりすれば、さらりとそれっぽい嘘をついてかわしていた。 ましてや、予定があるときなど完全に自分を優先。
その性格は、今でも変わっていないと思っているのだけど・・・



「宮崎さん!次の火曜日、空いてませんか?」
今日の営業時間も無事に終わって、あとは片付けだけ済ませばバイトが終わりという時間。
一緒に入っていた、高校生の女の子に突然呼び止められる。
「えっと・・・次の火曜日と言うと?」
「14日!もう予定入ってます?」
目の前で必死な様子で手を合わせている少女。
14日は予定がある・・・の、だが。
「何か外せない予定でも入っちゃいました?」
出てきた言葉は、思っていたのと違う言葉で。
2月の14日に予定といえば、返ってくる答えは大体予想が出来るのに訊いてしまう。
すると彼女は、パッと目を輝かせて、それから激しく首を縦に振った。
「実は、シフト出した後に彼氏ができたんですよー。初めてのバレンタインはやっぱり一緒に過ごしたいんですけど、今更こんなこと店長には言えないし」
だから代わって欲しい。
その理由も気持ちも分かるのだけど。
「えっと、その日は・・・」
「広瀬くんも予定入ってるみたいで。もう後は宮崎さんしか頼める人がいないんです!」
断りの言葉を遮るように言われたことに、拓弥くんは無事に断れたのかと自分のことより先にホッとしてしまう。
必死で訴えてくる女の子。
こっちにだって予定があるとか、そんな勝手なとか色々と思うことはあるというのに。
「・・・シフトは、何時から?」
「代わってくれるんですか!?きゃー、助かります、ありがとうございますっ!シフトは5時からラストまでです!シフト表、書き換えてきますね!!」
スキップでも踏みそうな勢いでシフト表に向かう彼女に、もはや何も言えることはなく。
・・・先輩に、何て言おう。
一気に重くなった気分のまま、とりあえず後片付けをすませてしまおうと再び手を動かし始めた。






『・・・・・・はい?』
「ですから。14日は申し訳ないんですけれど、キャンセルで・・・」
『ちょっ、待って、何でっ?俺、何かした!?』
嫌なことはさっさとすませてしまうのが一番。
そう思って、帰宅後に早速電話をかけてみれば、すぐに繋がって。
聞こえてくる嬉しそうな声に一瞬言葉が詰まったけれど、手短に用件を伝える。
その瞬間に生まれた、一瞬の間が嫌だった。
「いえ、すみません。先輩がどうとかではなく、用事が入ってしまったので」
『用事って何だよ?』
携帯越しに伝わってくる動揺と、少し苛立った声。
「・・・バイトです。入っていた子が、どうしても外せない用ができたらしいので」
『って、俺との約束の方が先じゃん』
言われなくても分かってる。
何だかんだ言って、僕だって楽しみにしてたのだ。
・・・それを棒に振ったのも、自身だけど。
「・・・本当にごめんなさい。それじゃあ、今日はこれで失礼します」
『ちょっ、泰成!?』
これ以上、声を聞いているのも辛くて、先輩の声を遮って切ボタンを押す。

バレンタインには、外で夕飯でも食べようと言ったのは、先輩の方からだった。
仕事も一段落ついたし、たまにはゆっくり過ごしたい。
そう言われたときは嬉しくて、珍しく素直に了解できたのに。
「・・・・・・何やってんだろ」
自分から約束を断って、困らせて、電話まで切っちゃって。
情けなさに、ズルズルとベッドの脇に座り込む。
握り締めた携帯からは、着信を告げる音は何も鳴らない。
いつもなら、あんな風に切った後には慌ててかけ直してきてくれるのに。
「・・・それはムシが良すぎるか」
明日には、もう一度話して、ちゃんと謝ろう。
もう一度深い溜め息をついてから、のろのろと立ち上がってベッドへと横になった。








「ありがとうございましたー」
閉店時間の30分前なのに、店内に残っている客はすでにいない状態。
バレンタインに喫茶店なんて来ないか、なんてぼんやり考えていると、ふいに後ろから声をかけられる。
「あー、宮崎くん。今日はもう帰って良いよ」
「店長?」
「ラストオーダーの時間は過ぎたわけだし。宮崎くんだって、これから予定とかあるでしょ?」
「いえ、そんな・・・」
「後片付けはやっておくから、ね。はい、お疲れ様でした!」
気さくな店長に笑顔とともに追いに出されるかのように送られて、いつもよりも早くに店を後にする。
店長としては気を遣ってくれたのだろうけれど・・・予定はこれといってないのだ。
先輩にキャンセルの電話を入れた翌日、何て言ったら良いのかが分からなくなって結局何の連絡も出来なかった。
それから昨日までの4日間、先輩からも一切連絡はない。
怒った?それとも、呆れた?
グルグルと不安だけが浮かんでは消えるのに、結局自分からは何もできず、今日はもうバレンタイン当日。
店長には悪いが、30分早く上がらせてもらったからといって、間に合うわけでもない。
「・・・チョコでも用意しておけば良かったかな」
そうしたら、会いに行くことができただろうか。
会いたいのに、何の理由もつけずに会いに行くことは怖くてできない。
連絡もとりたくないかもしれないときに、僕からかけて嫌な気持ちにもさせたくないし・・・
暗い気持ちのまま、思い足取りは結局自分の部屋へと向かって。
部屋の前に、人影があることに気が付いたのは、大分近づいてからだった。
「おかえり」
「・・・先輩?」
「お前なぁ、連絡一つよこさないってのは、どうなの?」
よっと反動をつけて立ち上がり、軽く睨まれる。
「この間は、ずいぶんと一方的な電話をどうも。たまには連絡くるまで待ってみるかと思ったら、全く音沙汰ないし。待ちくたびれて来ちまったよ」
「・・・・・・」
痛いところを、ちくちくと刺してくる。
もしかしなくても相当怒ってるのかと、何も言い返せぬまま次の言葉を待つしかできない。
「そんなわけで、はいコレ」
「・・・え?」
突然目の前に出された小さな紙袋。
呆然としていたら、そのまま半ば無理やり受け取らされる。
「ハッピーバレンタインってことで。俺からのチョコ」
「・・・・・・」
「何もないのに来るのも今日はどうもためらわれてさぁ。コンビニで売ってたやつだけど、それで許して」
「あ、あの・・・」
「そんでさ。部屋に入れてくれたら、すっげー嬉しいんだけど?」
見上げた先にある顔は、いつもの表情を浮かべていて。
今までの不安もモヤモヤも一瞬で消え去った気がした。


少しだけ散らかった部屋で、今日の経緯を話して、改めて謝って。
そんなことで連絡を絶たないと何度も約束させられたが、思ってた以上に快く許してもらえた。
「ひとつ訊いていい?何でその彼女の頼み、断らなかったの?」
いつもだったら、さらっと断ってんじゃない?
なんて、僕自身ですら疑問に思ってたことを質問されて、しばし考える。
「・・・好きな人と一緒に過ごしたいって気持ちが伝わってきて・・・そしたら、断れなかったんです」
だって、その気持ちは今ならすごく分かるから。
今までは気にもしなかった感情。それが、今なら分かってしまう。
先輩を好きになった、今の気持ちと一緒だったから。

・・・さすがに、そこまでは言えなかったけれど、きっと言わなくても先輩には通じているのだろう。
何だか凄く恥ずかしくなって、しばらく顔を上げることができなかった。
だってきっと、先輩はまた楽しそうに笑っているだろうから。







06.02.14




   「何気に、誠一さんたちの話を一番書いてるよね?」と、友人に言われました。
   全くもって、その通りだと思います(笑)
   や、どうも宮崎さんが書きやすいのと素直じゃないのが好きなのもので。
   さらに、何気に宮崎さん人気なので、ついつい書いちゃうのです(笑)

   キングオブ素直じゃない人な宮崎さんですが、最近はラブ度があがってきて満足ですv
   こんな可愛いキャラだったっけ?と書いてる作者本人が驚いてます(笑)
   何はともあれ、ハッピーバレンタイン☆     若干の(?)遅刻はお許しください・・・(汗)





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