BE THERE  (11)





「やあ、待ってたよ」
爽やかな笑顔に迎えられて、それだけで真希は何だか気まずくなる。
つられるように曖昧な笑みを返し、省吾といえば相変わらず不機嫌な顔を隠そうとしない。
あの後、そのまま二人でいることが気恥ずかしかったのと、玲二の言う種明かしという言葉が気になったのとで戻ろうとする真希に、省吾は心底嫌そうな顔をしたのだが、それでも強くは止めなかった。
その代わり、自分も行くと言い出したのだ。
正直一人で行くのにも抵抗があったのでついてきてくれるのは有難いのだが、どうしても浮かぶのは省吾が殴りかかったシーン。
とりあえず短気は起こさないということだけを約束させて、二人は生徒会室に向かった。
そして、中では玲二と透がそろって待っており、にこやかに出迎えられたのである。
「さて、まずは真希くんに謝らなきゃだ」
何を言ったら良いのか分からず落ち着かない様子で立ち尽くす真希に、玲二がにっこりと笑いかける。
「君にした告白だけどね、実は演技だったんだ」
「えっ!?」
「とはいえ君に惹かれたのも嘘じゃないけどね。だから君は自分の魅力をもっと知っても良いと思う」
一つ一つ語られる言葉に、真希は目を丸くすることしかできない。
その横で、省吾が舌打ちする。
「この話を持ち出したのは、僕。水島くんを巻き込んで悪かったとは思うんだけど、それでも僕には三上が必要だったんだ」
「必要って・・・?」
玲二の話を引き継ぐように、今度は透が片手を挙げて言う。
必要って、木下先輩が省吾のことを好きだということだろうか?
ならば会長をけしかけて俺と省吾を離すのにも納得がいく。
「あ、誤解しないでね。三上を恋愛対象で見たことなんてないから。僕には玲二がいるし」
真希の表情から考えを読んだのか、訂正とともにさらりと爆弾発言をする。
驚きを隠せない真希に、もう一度「ごめんね」と謝って、透は話を続ける。
「僕ね、こう見えても剣道やってたんだ。まあ中学入ってしばらくして止めちゃったけど。三上もやってたことは水島くんも知ってるだろう?」
話が見えないけれど、それは事実なので素直に頷く。
省吾は小さい頃から道場に通っていて、大会でも活躍していた。その姿を応援するのが、真希は大好きだったのを覚えている。
その道場がなくなって、中学のときは部活に入って続けていた省吾も、高校では何故か入ろうとしなかった。
「うちの高校にもね、一応剣道部があるんだよ。で、もうすぐ試合があるんだけど、一人怪我で欠けちゃってね。残りのメンバーで団体戦に出るには心許なかったから、三上に白羽の矢を立てたんだ。三上は大会で会ったことがあるから、前から知ってたしね」
「それで、省吾を・・・?」
「うん、ごめんね。まあ正直言えば、剣道部の大会がどうのというより、三上の剣道をまた見たかっただけなんだけどね。でも何度頼んでも断られるから、君を人質にとったの」
真希にちょっかいを出せば、省吾も黙っているわけがない。
それも生徒会長自らが口説いていたとしたら、見て見ぬフリもできないだろう。
透はそう考えて、玲二も真希も巻き込んだ今回の騒動を仕立て上げたのだ。
「いざ実行に移してみたら、面白いくらいに三上が反応してくるくせに、素直じゃないからね。そしたら何だかお膳立ての一つくらいしたくなっちゃって」
そこで透は言葉を切って、何かを思い出したのか笑みを深める。
「初めにね、何でそんなに剣道部入部を拒むのか訊いたんだ。そしたら何て言ったと思う?」
「えっと、面倒くさいとか?」
確か前に一度聞いたときは、そう言っていた覚えがある。
「はずれ。正解は、“朝練なんてやってられない”・・・とあるところからの情報によると、君たちは毎朝一緒に登校しているんだってね?」
そうして何かを含んだ笑みを向けられて、真希は思い当たったことに驚いて慌てて省吾を見れば、明らかに聞こえないフリをしている。
きっと何を訊いても真実は話してくれないのだろうけど・・・そういうことだって思っても良いのかな?
「ま、臨時とはいえ三上の剣道も見られそうだし、君たちも上手くいきそうだし。期待以上の結果だ♪」
「でも真希くんには本当に申し訳なかったね。何か困ったことがあったらおいで。いつでも助けてあげる」
「申し訳ないと思うなら、二度と関わるな」
ぽつりと零された省吾の本音は、会長副会長ともに笑顔で気付かないフリで。
真希は情けなくも曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


「これで分かったか?」
生徒会室を後にして教室に戻る途中、ふいに省吾が訊いてくる。
ぼんやりとしていたため何を問われたのか一瞬分からなくて、すぐには反応が出来なかった。
正直、色々なことが一気に起こりすぎて信じられない気持ちが強い。まるで夢の中にいるようだ。
ちらりと省吾を見れば、今はそれ以上話す気はなく、真希の返事を待っているようだ。
ついさっき―――初めてキスした後にも省吾は同じことを訊いてきたなと思い出す。
初めて触れた唇がゆっくりと離れて、それから真っ直ぐな目で訊いてきた。
あの時はどうしようもないほど動転して、何も答えられなかったけれど。
大分落ち着いた今なら分かる。
省吾が何を伝えたかったのか。
「・・・言葉はくれないわけ?」
省吾が口下手なのは百も承知で、答えの代わりに訊いてみる。
すると、少し不機嫌そうにして。
「分からないのか?」
もう一度問われるのに、軽く首を振る。
「でも、言葉も欲しい」
言葉は曖昧で不確かなものだけど、今の俺には確かな自信になる気がするから。
そのためのたった一言が、欲しい。
悩んでいるのか、省吾の動きが止まる。
やっぱりダメかと諦めかけたとき、ふいに省吾が真希の耳元に口寄せる。
「―――・・・・・・っ」
そして囁かれた言葉に。
次の瞬間にはさっさと先を歩き出してしまう素直じゃない省吾に。
真希は今までで最高の笑みを浮かべた。
「省吾!」
その間にもどんどん先へ行ってしまう省吾を慌てて追って、横に並ぶ。
「次からは、学校までちゃんと一緒に行こうな!」
「・・・お前が早く起きれたらな」
「何言ってんだよ、お前がいないと俺は起きられないんだからな。これからも頼むぜ、ずっとな!」
にかっと陽気に笑う真希に、省吾は溜め息を一つついただけで、その言葉を否定したりはしない。
それが嬉しくて、真希は思わず省吾にタックルをかました。



小さい頃からいつも一緒にいた。
そこにあることが、側にいることが当たり前の存在。
これからも、ずっとずっと一緒にいよう?
幼馴染みとしてだけじゃなく、誰よりも愛しい存在として。







END






06.05.21





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