a curtain of smoke





「あれ、これ・・・」
何となく目について、思い立ったが吉とばかりに台所の食器ダンスを片付けていると、奥のほうから小さな陶器の灰皿が出てきた。
恭平も、もちろん拓弥も煙草は吸わないのに、何故こんなものがここにあるのかと一瞬考えて、すぐに思い出す。
ヘビースモーカーだった誠一のために、拓弥がわざわざ買ってきたものだ。
いつからか誠一が吸わなくなって、そのまま使われることなくしまわれていたもの。
そういえば、いつから吸わなくなったんだっけ、誠一さん・・・
「・・・何してんだ、拓弥」
灰皿を片手に考え込んでしまった拓弥に、背中から呆れた声がかかる。
「あ、恭ちゃん。誠一さん、いつから煙草吸わなくなったんだっけ?」
「あ?何だ、いきなり・・・」
「だって思い出せないと余計に気になるじゃん。恭ちゃん覚えてない?」
問いながら灰皿を差し出されるのに、また懐かしいものを見つけだしたなと呆れを超えていっそ感心してしまう。
そういや、昔はムカツクほど吸ってたな・・・
一日に2、3箱は吸っていたのではないだろうか。当時は、こいつは肺癌か喉頭癌で絶対に死ぬと思ってた。
そんな誠一が、突然パタリと吸わなくなった。
あれは、確か・・・2、3年前のことだったような気がする。





「・・・」
「・・・」
「・・・おい、誠一」
「あ?」
「いい加減、鬱陶しいんだけど。それ」
大げさに溜息をつきながら、誠一の手元を指差す。
もう大分前からずっと、誠一の手はトントンと机で拍子打っていた。それはもう、しつこいくらいに。
「・・・ああ、悪い」
「最近多いよな、それ。考え事でもあるのか?」
言われて気が付いたのか止める誠一に、恭平は苦笑しながら訊く。
「あー・・・考え事っていうか、何か落ち着かないっていうか」
「何で?」
「ちょっとな。何ていうか、まあ・・・禁煙、してんだよ。今」
歯切れ悪く言うのに、恭平は思わず誠一を凝視してしまう。
「・・・お前が、禁煙?一日にニ、三箱は吸ってたお前が?」
「んだよ、悪いか?」
「いや、むしろ良いことだろうけど・・・何があったんだ?最近おかしいぞ、お前」
あまりに意外な言葉に、恭平は読んでいた雑誌を閉じて誠一に向き合う。
見れば、決まり悪そうに再び指を動かしている。
「別に何があったってわけじゃ・・・」
「ついこの間、何があったのかやたらと嬉しそうにしてたのに?」
「や、まあ・・・」
「何人も侍らしてた女たちとも、一人一人手を切ったって話も聞いたが?」
「・・・それは、そうなんだけど」
「かと思えば、突然ローテーションになって、さらに最近やたらと何か探してるっぽいお前が?何もなかったと?」
「だーーーっ、分かった、ありましたっ!ええ、確かに何かありましたとも。これでいいかっ!?」
しつこく、しかも嫌味ったらしく詰め寄ってくる恭平に、誠一は思わず吠える。
それに恭平は、ほら見ろと勝ち誇った様子を見せる。
「俺に隠しとおせると思ってんのかよ。で?何があったんだ?」
「・・・本気で好きな奴ができた」
渋々言われるのに、恭平は目を少し開いて驚きを表す。
そのまま目だけで続きを促せば、誠一は覚悟を決めたように溜息をついた。 トントンと机を叩く指の動きは、未だにおさまる気配はない。
「追っかけて、どうにか好きって言ってもらえて、そのまま抱いた。次の日から遊んでた女どもと手を切るのに 奔走しているうちに、いつの間にか目の前から消えてた。必死で探してるけど、どんだけ逃げ回ってんだか 情報は一切なし。以上」
「以上って。それで、何で禁煙してんだよ。願掛けか何か?」
淡々と、しかしまくし立てるように説明する誠一に、恭平は半分呆れ半分同情しながらさらに説明を求める。
「願掛けっていうか・・・まあ、色々思うところがありまして」
「だから、それは何なのか訊いてるんだろ」
「・・・あいつ、煙草嫌ってたから。まあ、未練がましいけどさ・・・」
禁煙席とかの方が会える確率高いっしょ?
そう少し照れながら言う誠一はらしくはないが、本気で考えていることだと目が語っている。
いつもなら大いにからかってやるところだが、今回ばかりは止めておく。
「まあ、何ていうか・・・お前をそこまで変えるヤツがいたとはね。まあ見つかることを祈っててやるよ」
「おう」





そして、それ以来吸っているところを見たことはない。
意志は固かったらしく、あいつは本気で非喫煙者となり、それと同時に我が家の灰皿は使われることなくしまわれたのだ。
(もっとも、それからしばらくして俺もあまり家に近寄らなかったから、詳しくは知らないけれど・・・)

「恭ちゃん?」
ふと気が付けば、怪訝な顔で見ている。
「ああ、悪い。誠一が煙草やめたのは、大体2年くらい前だと思うけど」
「あー・・・そういえばそうかも。ありがとう恭ちゃん」
「どういたしまして」
心底スッキリした顔で礼を言われるのに、単純なヤツだと苦笑を禁じえない。
「あ、でもどうしようかな、この灰皿」
「まあ捨てるか・・・それか、宮崎にでもあげとけ」
「宮崎さん、煙草吸わないよ?」
「知ってる。まあ誠一はどうせもう使わないし」
それなら禁煙のきっかけになった男の部屋に置いておくのも面白い。
話が読めないのか不思議そうな顔をしている拓弥から、灰皿を受け取って、渡した時の宮崎やそれを発見した時の誠一の顔を想像して、一人笑ってしまう。
それに、ヘビースモーカーだった誠一を変えるくらいの本気を教えてやるくらいのお節介は悪くない気がする。

まあ、あいつが部屋に入れてもらえてるかどうかは知らないけどな。







04.05.02




   そんなわけで(どんなわけ?)1万ヒットありがとうございます!
   久しぶりに誠一さんたちの話が書きたくなって、折角だから追っかけ時代(笑)の裏話でもと思ったら・・・
   なんか違う感じになりました。宮崎さん、出てきてません。
   でも誠一さんと恭平さんのコンビは個人的に大好きなので、自己満足です☆(笑)
   どこが記念なのか分からない小説となりましたが、何はともあれありがとうございましたvv





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