恋人たちの気持ち  (8)





初めて一緒に迎えた朝は、恥ずかしさと暖かさでいっぱいだった。
「和宏?・・・起きれるか?」
「う、うん」
背中越しに訊かれるのに、恥ずかしくって顔をあげられない。
しばしの沈黙に続いて、小さなため息。
「ごめんな、その・・・何て言うか、自分を止められなくて」
無理させてごめん。
そう謝られるのに、慌てて顔をあげて柘植と向き合う。
困ったような、それでいてどこか辛そうな表情。
途端に、胸がきゅっと痛くなる。
「あのっ・・・大丈夫、だから。その、僕も・・・嬉しかったし」
まともに顔は見れないけれど、とにかく今の気持ちを伝える。
そうじゃないと優しい柘植は、僕に負担をかけただなんて自分を責めてしまいそうだから。
それに、もう二度と僕と、こういうことをしてくれなくなりそうだから・・・
「・・・和宏?」
少し慌てた声に目を向けると、柘植の顔が少しぼやけて見えた。
そっと頬を撫でてくれる手に、自分が今涙を流していることに気が付く。
『・・・嬉しかったかな、やっぱ』
相談に乗ってくれたときの、広瀬くんの言葉がふいに蘇る。
すぐ横にいる柘植は、いつもと同じなのに何だか違って見えて。
不安はまだ消えないけど、今この胸にあるのは幸福感で。
ああ、こういうことなんだね・・・
「・・・ありがとう」
自然に出た言葉に柘植は少し驚きを見せて・・・それから優しく笑ってくれた。

「・・・俺さ、正直昨日のこと、ちょっと迷ったんだ」
「え?」
唐突に言われたことに驚いて柘植を見れば、違う違うと軽く手を振られる。
「誤解のないように先に言っとくけど、後悔なんてしてないからな。俺だってものすごい嬉しかったし、正直機会狙ってたときもあったわけだし。てか、思ってたくせに、いざとなると止められもしなかったんだから」
「う、うん・・・」
「でもな、渚から須田のこと聞いて、どうしたら良いのか分からなくなった。俺が和宏のことを縛り付けてるから、和宏が嫌な気持ちになるんじゃないかって」
「そんなことないっ!」
柘植が須田くんとの件を知っていたことにも驚いたけれど、それ以上に誤解されることの方が怖い。
だから慌てて否定すれば、分かってると微笑まれる。
「俺は和宏のことがすごい好きで、できれば関係も先に進みたいなぁなんて、いつも思ってて。でも、もし進んじゃったら後には戻れないんじゃないかとも思ってたんだ」
・・・ああ、柘植も僕と同じこと思っていてくれたんだ。
何だか胸がいっぱいになって、否定の言葉もでなくて。
ただ首を小さく振ることしかできない。
「俺さ、今ものすごい幸せだけど。それでも、まだやっぱり不安はあるし、和宏のことを幸せにできるのかって思ったりもする」
「・・・・・・」
「でも、ごめん、和宏。俺、もう離せないから」
「っ・・・」
そんなことを言われて、僕は何を言えば良いんだろう。
もう涙を止めることはできなくて、何も言えないもどかしさでいっぱいになる。
嬉しくて、どうしようもないほど、幸せで。
柘植を好きになって、柘植が好きになってくれて、本当に良かったって思えるから。
「・・・っ、好き」
全ての想いが伝われば良い。
そんなことを思いながら、柘植に抱きつけば、柘植も優しく包み返してくれた。






それから一週間もたった頃、再び須田くんに呼び止められた。
ただ、今までの霸気はなく、少し小さく見える。
「まだ、諦めないの?」
「・・・僕は、柘植のことが好きだから」
「っ、秋良にとってお前は邪魔なだけかもしれないのに!?」
「前に須田くんが言ったように、もしかしたら間違いのかもしれない。でも今の気持に嘘はないし、だから諦めたくもないよ」
僕は弱いから、また不安になったり悩んだりするんだろうけど。
それでも後悔はしないって自信をもって言える。
今までも疑っていたわけではないけれど、より確かな繋がりが持てたような気がするから。
はっきりと言い切れば、須田くんは何かを言いたそうにしていたけれど、結局何も言わなかった。
ただ少しだけ身体を震わして・・・まるで泣いてるように見えた。
「・・・須田、くん?」
「・・・・・・何で、僕じゃないの・・・?」
しばらくしてから届いた、小さな声。
それは、須田くんの本心なのかもしれない。
何も言葉をかけられなくて、二人の間に沈黙が生まれる。
ほんの少しの時間だったんだろうけど、長く感じた時間の後。
沈黙を破ったのは、須田くんの方だった。
「・・・柘植くんは、僕にとっての太陽だったんだ。だから、誰かのものになんて・・・」
「・・・・・・」
「でも、柘植くんが・・・・・・あんたなら、分かった気がする、から」
ごめん、と聞こえたのは、僕の勝手な思い込みだろうか。
そのまま走って行ってしまった須田くんを目で追いながら、思う。
「・・・僕にとっても、太陽なんだよ」
全ての人たちが、僕たちの関係を受け入れてくれるわけじゃない。
それどころか、本当は僕たちの方が間違っているのかもしれないけれど。
それでも、僕は今の自分は間違っていないって信じているから。

これからも少しずつ変わっていくだろう柘植との関係も、怖くないって言ったら嘘になるけど。
柘植と一緒なら大丈夫だって、そう僕は、信じてる。







END






06.03.02




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