ハーブティー





「うん、今週は大丈夫そう。え?・・・大丈夫だよ、無理なんかしてないから。うん、じゃあ日曜な」
最後まで「無理だけはするな」としつこく言ってくる恋人に苦笑しながら、電話を切る。
ここのところ忙しくて、休日出勤も当たり前。
休みもろくにとれず、泰成と最後に会ったのは、かれこれ3週間前だ。
仕事がようやく一段落して、休みが取れたなら恋人に会いたくなるのは当然のことだと思うのだけど。
妙に気を遣うと言うか、自分を優先させないと言うか。
ちょっとくらいの無理なんて泰成の前では関係ないと、何度も言葉にして伝えているのに、なかなか心から信じてくれない。
泰成らしいと言えばらしいのだけど、俺の中でどれだけ泰成が占める割合が多いのか、いい加減分かってくれたら良いなと思う。
まあ会えるんだから何だって良いか。
久しぶりだから、きちんとデートっぽくしようかななんて思いながら、日曜までの残り数日を指折り数えて待つことにした。






そして迎えた日曜日。
昨日の時点で、メールで外でのデートも承諾させてあるし、待ち合わせ場所も決めてある。
気恥ずかしいのと人混みが苦手と言う理由から、いわゆるデートコースを嫌う泰成との外デートは久しぶりだ。
普段は外でと言ったら買い物や飲みくらいだし、まあ俺としても部屋でのんびりしているのは好きだから構わないというのもある。
とは言え、外デートも恋人っぽくて好きなのだ。泰成さえ嫌がらなければ、手を繋いで歩きたいくらいだ。
あー、でも夕食は外で食べずに家で食べるのも良いかもな。
泰成の料理は美味いし、やっぱり二人きりっていうのは捨てがたい。
まるで初デートみたいに浮かれながら支度をしていると、ベッドの上に投げ出していた携帯が着信を告げた。
ディスプレイに表示された名前は、あと1時間後には会う約束の恋人のもの。
「もしもし?どした?」
『・・・すみません、ちょっと今日は無理みたいです』
耳を澄まさないと聞き取れないような小さな声。
告げられた言葉も驚いたが、それよりも、少しかすれたいつもよりかなり弱々しい声の方が気になった。
「具合悪いのか?」
『いえ・・・大したこと、ないんですけど』
「けど?」
『・・・ちょっと、頭痛くて』
「分かった。今からお前んち行くから、大人しく寝てろよ」
来なくて良いとか大丈夫だからとか、消え入りそうな声で可愛くないことを言う泰成を無視して、支度もそこそこに部屋を飛び出した。
大体にして、大したこともない状態でキャンセルすることなどないのだ。
メールで済ませられるところを、わざわざ電話して来た時点で相当だるいに違いない。
嘘をつくならもう少しマシな嘘にしろと思ってから、それもできないくらいヤバい状態なのかと思う。
泰成は嘘をつこうと思えば、見破られないほどさらりとつく。
人を傷つけるような嘘は言わないから、ある意味すごい特技だと思う。
俺は大分分かるようになってきたが、拓弥などは未だに騙されていることが多いくらいだ。
その泰成があんな様子ということは・・・
考え始めたら駅に向かうのももどかしく、通りに出てタクシーをつかまえた。






「・・・ホントに、来たんですね」
「悪い?そんな状態のお前を無視できるわけないだろうが」
文句を言いながらも迎えてくれた泰成は、口こそ可愛くないが明らかに具合が悪そうだ。
それでもフラフラとお茶を入れようとするのを止めて、とにかく横にならせる。
「熱は?薬は?」
「朝計ったときは、微熱で。薬は、切らしてます」
ついでに何も食べてないのだろう、キッチンは使われた気配はない。
今の様子が微熱とは到底思えず、問答無用で検温すれば、表示は38.2℃。十分すぎるほどの熱だ。
「どこが微熱だ。とにかく何か食べないとな。何なら食えそう?」
「・・・思いつきません」
「食わなきゃ薬も飲めないだろう。何か買ってくるから、大人しく寝てろ」
「あ・・・」
そのまま部屋を出ようとしたところ、背中から小さな声が呼び止めた。
振り返ったところで合った目は、普段の泰成からは想像もできないくらい切なげに揺れている。
「あー・・・ヤバイ」
「え?」
「そんな目で見られたら、有無を言わさず押し倒したくなるってこと」
言ってそのままスイっと近づくと、泰成は普段じゃ考えられないくらい狼狽して、ギュッと目をつぶる。
必死な表情が可愛くて、思わず笑みがこぼれてしまう。
妙に緊張した様子の泰成の頬に軽くキスしただけで、すぐに離れる。
「な、何、っ」
「流石に病人相手には、ね。・・・すぐ戻るから」
熱のせいか、それとも羞恥のせいか、顔を真っ赤にして絶句している泰成を置いて、ひとまず部屋を後にした。
子ども一人残してるわけじゃあるまいしと思いながらも出来るだけ急いで帰り、自分で出来ると言い張る泰成に半ば無理やり世話を焼いた。
疲れたのか諦めたのか、最後には泰成も大人しくなり、今は穏やかな寝息を立てている。
「・・・だいぶ落ち着いたかな」
薬が効いてきたのか、規則正しい寝息には苦しい様子は見られない。
額に乗せた濡れタオルをどけて代わりに手のひらを当ててみても、そんなに熱さは感じられない。
・・・濡れタオル当ててたんだから、冷たくて当然か。
冷えピタも買ってくるべきだったかなと思いながら、一度立ち上がってタオルを濡らしなおしてくる。
「ん・・・」
額に置いた瞬間、冷たい気配に少し身動きしたが、そのまま寝息は続いた。
落ち着いた様子に安堵して、ゆっくりと額にかかる前髪に触れてはその感触を楽しむ。
「なんで、いつも強がるのかねぇ」
今日だってこんなにフラフラしていたくせに、一人でどうにかする気だったに違いない。
寝顔を見るのだって、随分久しぶりだ。
人に甘えないと言うか、隙を見せないと言うか。もしかしたら甘え方が分からないのかもしれない。
それでも、せめて俺にくらい素直に頼ってくれれば良いのにと思う。
何を望んでいるのか。何を思っているのか。欠片でも見せてくれたら、何を置いても応えてやりたいのに。
「・・・・・・今、何を思ってる?」
俺が側にいることで、少しでも幸せを感じてくれていたら、それはどうしようもない喜びなのだけれど。



ふいに心地よい香りを感じて、ぼんやりと目を覚ます。
「・・・あれ?」
半身を起こしたところで、ようやく自分も寝ていたことに気付く。
「・・・泰成?」
ベッドはもぬけの殻。
辺りを見回しても、姿は見えない。
「あ、起きました?」
完全に身体を起こしたところで、背後から声がかかる。
振り向けば両手にマグカップを持って泰成が立っていた。
ふわりと湯気が揺れて、先ほどの香りはこれかと思う。
「起きてて大丈夫なのか?」
「はい、だいぶ休みましたから。どうぞ」
「なに?これ」
「ハーブティーです。店長にもらったものですけど。苦手でした?」
「いや、大丈夫。ありがと」
受け取って、そのまま口に運ぶ。あまり好んで飲みはしないが、広がる香りにはホッとする。
「・・・今日はすみませんでした」
香りと温もりを楽しんでいたら、ふいに泰成が小さく頭を下げてくる。
「なにが?」
「何って・・・今日の予定はパァにしちゃったことも、こうして来てもらったことも」
だから、何でそんなに申し訳なさそうな顔をするんだろう。
ホント何度言っても理解しない。呆れると言うよりも悲しくなってくる。
「迷惑だった?」
「え?」
「や、ひとりで休んでたかったかなぁって。そしたら悪いことしたなと」
「そんなことっ」
ちょっと意地悪な言い方に、珍しく泰成が少し慌ててみせる。
その様子に気を良くした俺は、思わず微笑ってしまう。
「俺はお前と一緒にいられれば何だって良いんだよね。大体、泰成が一人で苦しんでるのを放っておけると思う?」
何でもないことのように言って、ハーブティーを一口。
慣れないからやっぱりちょっと変な味だけど、妙に落ち着く。
泰成とこうして話してるだけでも落ち着く俺だから、ハーブティーの効果かどうか、正直分からないけれど。
「泰成が一人でも大丈夫なのは知ってる。でもさ、寂しいときは、すぐに寂しいって顔見せて?お前はすぐ隠すから」
「・・・それを言うなら、先輩だって」
「俺は寂しいときは寂しいって言うよ。まあ、たまに強がっちゃうときもないとは言わないけど。でも自分のこと棚に上げても、泰成には全部さらけ出してもらいたいわけさ」
「・・・・・・」
「返事は?」
俯いてしまった泰成に、覗き込むように問いかければ、やっぱりちょっと困った顔。
でも、これだけはどうしても承諾させたいから、俺も引いてはやらない。
諦めたのか、最後には頷くのに満足して、残りのハーブティーを飲み干す。
泰成も同じようにカップに口を近づけるが、その口元が少し緩んでるのを、俺は見逃さなかった。
途端に気持ちが満たされていくのを感じたけれど、それは口に出さないでおく。
きっと素直じゃない恋人は、口にした瞬間表情を改めるに決まってるから。


久しぶりの休日。
色々と考えていた予定は、全てパァ。
だけど、こうやって二人並んで、のんびりハーブティーなんか飲んで。
穏やかな休日も悪くない、なんて思う俺は、きっとどこまでも単純で、今一番幸せな男なんだろう。








09.11.23





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