灰皿の行方 |
「あれ?」 突然あがった声に目を向ければ、先輩が食器棚の前で不自然な格好で止まっている。 また勝手に持ってきたコップを勝手にしまおうとしたのだろう、棚の扉は大きく開けられていて、そこで何かを見つけたらしい先輩がゴソゴソと取り出している。 人の部屋で我もの顔するな・・・という文句も何度口にしたことか。 それくらいのことでへこたれるような人ではなく、気が付けばもう当たり前の光景になってきた。 「よっと、取れた。何でこんなもんがあるの?」 ずいっとばかりに目の前に出されたのは、見覚えのある灰皿。 「ああ、そんなところにあったんだ」 思わずこぼれた言葉に、先輩が怪訝な表情を浮かべる。 「これ、泰成の?」 「僕のというのも違うんですけど・・・」 僕が使ったことなんて一度もないし。 「じゃあ誰の?」 そんなにムキになって訊くほどかな? そんなことを思いながら、あれはいつ頃のことだったか記憶をたどる。 確かあれは、先輩の気持ちを知ることができてから一月もした頃だっただろうか。 「ほら」 「・・・何ですか、これ」 わざわざ土曜の昼間、しかも拓弥くんが入っていない日に、恭平さんがバイト先に現れて突然何かを差し出した。 そのまま受けとるのも気が引けたが、そうすると帰り際に黙って置いていかれそうな気もしたので、とりあえず受けとる。 あまり大きい袋ではないのに、意外と重い。 「中身見ても良いよ」 選択肢を与えてるようで、実際は明らかに開けてみろという言葉。 確かに気になるので言われるがままに中身を見てみれば、どこにでもありそうな灰皿が一つ入っていた。 「・・・・・・何ですか、これ」 これを渡される意図が分からなくて先程と同じ言葉を繰り返せば、恭平さんは面白そうに笑う。 「プレゼント」 「僕にですか?」 プレゼントと言われたって僕は煙草を吸わないので何の役にも立たない。 しかも綺麗に洗ってはあるようだが、明らかに使い古されたものだ。 一体これをどうしろというのだろうか。 「宮崎が持ってるのが一番ふさわしいと思って」 「は?」 「気になるなら誠一に訊いてみてくれ。ただし現物は部屋に置いとけよ」 きっと僕の顔にはハテナマークが大量に浮かんでいたのだろう。 それが面白かったのか、恭平さんは少しだけ笑みを深める。 この様子だと、きっともう何も教えてくれない。 たまに意地悪になるよな、この人・・・まあ先輩の親友なんだから仕方ないか。 そんなこと口には出せないけど、せめてもの気持ちとしてわざと恭平さんに聞こえるようにため息をついてから、意味の掴めないプレゼントをしまいに奥へと引っ込んだ。 「で、帰ってからとりあえずそこにしまって、そのまま忘れてました」 同時に恭平さんが言うように先輩に訊くことも忘れていた。 たぶん今見つけられなかったら、しばらくこのまま忘れられて埋没していただろう。 事のてんまつを聞いた先輩は、納得したのか否か、複雑な表情で灰皿をもて遊んでいる。 「恭平がねぇ・・・どうりで見覚えがあるわけだ」 「じゃあやっぱり恭平さんのだったんですね」 「いや、これは俺の。恭平んち行ったときに使うために置かせてもらってたやつ。あの家は煙草吸うヤツいないから灰皿もなくてさ」 「え、恭平さんは吸わないんですか?」 驚くポイントを間違えたかもしれない。 先輩も苦笑しているが、僕はそっちの方が気になったのだから仕方ないと開き直ることにする。 「あいつ兄ばかなとこあったからな、拓坊の成長を妨げないようにって理由だよ。まあ大学んときはたまに吸ってたけど」 なるほど、納得。 言われてみれば確かに吸ってるところを見たことはない。 昔からきっと恭平さんにとっては拓弥くんありきだったのだろう。 イメージとしては先輩と並んでスパスパ吸ってそうなのに、何だか嬉しい意外だ。 ・・・・・・あれ? 「そういえば、先輩も吸ってませんよね?」 大学時代は吸ってるのを何度も見た覚えがあるが、再会してからは一度もない気がする。 「お前ね・・・今頃気が付いたわけ?」 これでもかと顔をしかめて、盛大なため息。 そこまで落胆して見せなくても良いのに。 「だって、あまりに自然だったものですから」 正直煙草は得意ではないから、普段からどこに行くにもできるだけ禁煙のところを狙う。 最近は先輩とも出かけることはあるけど、そのときも先輩は迷うことなく禁煙席を選んでいて、それが当たり前すぎて気にも留めてなかった。 「何でやめたんですか?」 僕が煙草が苦手だって知ってからは目の前では吸わないでいてくれていたけど、それでも止められそうな気配はなかった。 だから、止めるきっかけが何だったのか気になったのは、ちょっとした好奇心。 だけど返ってきた言葉は、予想もしていないことだった。 「・・・探し人が、煙草嫌いだったから」 「え?」 「禁煙コーナーとかの方が、偶然見つかる可能性高いだろ?」 結局そんなの意味なかったけどな。 そう言って少し照れたように笑う先輩を、ただ呆然と見ることしかできない。 だって、それって・・・ 「で、これからも一緒にいたいので、煙草とは永遠におさらば。まあ一度やめちゃえば意外と平気だしな」 それって、やっぱり・・・僕のため? あんなにヘビースモーカーだった先輩が、そうまでして探してくれただなんて・・・ ふいに灰皿を渡しにきたときの恭平さんの顔を思い出す。 堪えようとしても堪えきれなかったのだろう、いつも以上に笑いをこぼしていた。 きっと恭平さんは先輩が禁煙した理由を知っていたに違いない。 「泰成?」 「・・・・・・バカ」 「はぁ!?」 突然の暴言に目を剥いてるけれど、仕方ない。だって本当にバカなんだから。 「お前なぁ、人の努力を何だと・・・」 だからバカだって言ってるじゃないか。 そうまでして探す価値なんて僕にはないのに。 そうまでしてくれてるなんて、今の今まで考えもしなかったのに。 そうまでしてくれいたことが凄く嬉しいくせに、それを素直に伝えることもできないのに。 ・・・・・・本当にバカなのは、僕のほうかもしれない。 「・・・ま、しかし恭平も相変わらずお節介だよな。あ、違うか。あいつは楽しんでるだけだな」 きっと先輩のことだから、こんなことでもなければ何も言ってくれなかっただろう。 そうやって話を反らすのも、照れ臭いからでしょう? 「さて、恭平の思惑通りになったわけだし、こいつはもう用なしだよな。どうせもう使わないし捨てる?」 「あ・・・」 言って本当にそのまま捨てそうな先輩に、思わず声をあげる。 「ん?やっぱ捨てるのはもったいないか?じゃあ恭平にでも押し付け返すか」 「や、あの・・・そうじゃなくて・・・」 勿体ないのは確かなんだけど。 それは灰皿自体が勿体ないとかそういうことじゃなくて・・・ 不思議そうな顔をしながらも言葉を待ってくれる先輩に、やっぱり素直に伝えられる勇気はない。 「半年くらい前にいただいた灰皿ですけど、覚えてます?」 それからしばらくして、お店に来た恭平さんに小声で訊ねてみる。 「ああ、ようやく部屋までたどり着いたか、あいつは」 意地悪く、でも優しく笑う恭平さんに、僕までくすりと笑ってしまう。 本当は結構前から上がり込んでいたのだけど、ただ灰皿の存在を忘れていたと言うのも癪なのであえてそこは否定しないでおく。 「僕が持ってても使わないんですけど・・・でも手元に置いておきたくて。構いませんか?」 「言っただろ?あれはお前が持ってるのが一番ふさわしいって」 きっぱり言い切って、後は何も言わない。 きっと僕の気持なんてお見通しなんだろう。 少しだけ恥ずかしいけど、その言葉はすごく嬉しいから、僕も素直に笑い返した。 「ああ、それに他にも使い道はあるだろ」 「何ですか?」 「喧嘩したときにでも、ぶん投げてやれ」 「・・・」 それを真顔で言うんだから、おかしくて仕方ない。 確かに十分な凶器に成りうるものではあるし名案だとも思ってしまうけれど、そんな勿体ないことできるわけがない。 かと言って出しておけば先輩が調子に乗りそうだし、やっぱり恥ずかしい。 「とりあえず、先輩に見つからなそうなところに隠しておきました」 僕があとで片しておくからと先輩の手から取り戻して、先輩が帰った後で大切にしまった。 そうだ、たまに一人のときにでも出して眺めていようか。 きっとそれだけで幸せな気持ちになれるだろう。 ああ、でも先輩のことだからまた勝手に漁っているうちに見つけてしまうかな? そのときには今度こそ本当の気持ちを素直に話せたら良いと思う。 まあ、それがいつになるかは分からないけれど。 06.06.22 5万ヒットありがとうございます!! 気が付いたら5万越えしてて、驚くやら嬉しいやら。こりゃ記念になんかしなければ!と急遽あげてみました。またもやこの二人(三人?)ですみません。 パッとネタが思いつかなかったので、ちょっとしたご意見からそのまま・・・。 すみません、そしてありがとうございました。 ところで書いてて気が付いたことが一つ。どうやら私は、宮崎さん一人語りが好きみたいです(笑) ちょっと可愛く思えてきたんですが、どうですか?(さりげなく同士を求めてみる) |