偽りの恋人 (6) |
「・・・違う」 やっと、声が出る。 それは小さな呟きではあったけれど、柘植には届いたらしい。 教室から出て行こうとしていた柘植の動きが、止まる。 「違う・・・嫌じゃない、困ってない・・・」 声と同時に、涙も零れる。 柘植がこちらを振り向いたのを感じる。 瞬間、伝えなくてはと、強く思う。 辛かったのは、僕が柘植にとって本物の恋人じゃないということだけ。 誰かの代わりであることが、僕を通して誰かを想っている柘植を見ていることが、苦しかっただけだ。 「・・・無理すんなよ。泣くほど、好きなんだろ?」 柘植の言葉に、頷く。それは紛れもない事実だから。 「最近笑わなくなったのも、そのためなんだろ?」 少しためらってから、頷く。 うまく笑えている自信がなかったから。 「だったら!・・・だったら、俺から離れるのが一番じゃないか」 「それでも、側にいたいんだ!」 柘植の言葉を遮るように、搾り出すように叫ぶ。 ここでこのまま別れたら、もう友達にも戻ることが出来ない。 今しか、伝えることは出来ないのだ。 僕はもう、半ば自棄だった。 だから、あれほど躊躇った言葉をすんなりと言うことが出来た。 「僕が好きなのは、柘植だ」 柘植は何も言わない。 だが、僕は構わず続ける。 不思議なくらい、気持ちは落ち着いていた。 「柘植が誰かと付き合うたびに、嫉妬した。本気で好きな人が出来たって言われて、 泣きたくなった。でもそれ以上に、代わりでしかない自分が嫌だった」 一息で告げてから、ゆっくりと固まったままの柘植を見る。 「謝るのは僕の方だ。柘植が勘違いしているのを良いことに、偽りでも柘植の恋人にしてもらったんだから」 そこで小さく息を吸ってから、静かに柘植に笑いかける。 「でもね、嘘でも恋人になれて嬉しかった。ありがとう」 「・・・」 ずっと無言のままの柘植に、ふいに切なさがこみ上げてくる。 でも、最後は笑って終わらせたかった。 僕の最後の意地かもしれないけれど。 「・・・なんだ」 ふいに、柘植が何かを呟いた。 その表情は、まだどこか呆けているようにも見える。 「馬鹿だ、俺。ずっと勘違いしてた・・・」 ポツリと独り言のような呟きを、黙って受け止める。 そう、勘違い。 僕が好きなのは、他の誰でもなく、柘植なのだから。 「あー・・・チクショウ、何で気が付かなかったんだろ」 今にも頭を抱えそうな勢いで、本気で悔しがっている。 流石にそこまで悔しがられると、それはそれで悲しいものがある。 これ以上見ていると、折角作った笑顔も保てなくなりそうで、僕はもう一度だけ謝って教室の出口に向かう。 「あ、ちょっと待てよ、和宏!」 「・・・何?」 背中からかけられた声に、つい振り向いてしまう。 ここまでくると、相当未練たらしい。 「どこ行くんだよ?まだ話終わってないだろ」 「話って・・・まだ何か話すことがあるの?」 できれば、これ以上惨めになりたくない。 そんな気持ちを込めて訊けば、柘植はわざわざ僕の近くにやってくる。 「何って、和宏は俺のことが好きなんだろ?なら、両想いじゃん!」 「え・・・?」 ・・・両想い? 今聞いた言葉が信じられなくて、確かめるように柘植の顔を見る。 そんな僕の気持ちを察したのか、柘植が満面の笑みで頷いた。 「だって、僕は誰かの代わりだったんじゃ・・・」 「何言ってんだよ。むしろ俺の方が和宏にとって誰かの代わりだと思ってたんだから。あーもうっ!」 「えっ、ちょっ、柘植!?」 突然叫んだと思ったら、そのまま抱きしめられる。 あまりの不意打ちに、僕の頭は一瞬でパニック状態になる。 「あー・・・馬鹿みたいに、ずっと我慢してたんだぞ、俺。早く言えよ」 「・・・」 「ホント、和宏の好きな奴に嫉妬して、代わりでもOKもらえて有頂天になって。でも、日に日に笑わなくなてく お前見て、やっぱり間違ってたんだなって思った。だから今、俺すげー幸せかも」 頭のすぐ上から聞こえてくる声に、僕を抱きしめる腕に、何も言うことが出来ない。 ただ心臓の音が煩くて、柘植にも聞こえてしまうのではないかと、妙な心配をしていた。 「和宏」 呼ばれて、顔を上げる。 すぐ目の前に真剣な表情の柘植がいて、瞬間見惚れてしまう。 「俺も、和宏のことが好きだ」 告げられた言葉に、止まっていた涙がまた溢れ出す。 望んでも、絶対に得られないと思った言葉。僕が代わりではないと、告げてくれるもの。 「嘘でも、嬉しい・・・」 そう笑った僕を、柘植はもう一度強く抱きしめた。 END 04.11.11 |