クリスマスの約束





「クリスマスはさ、二人で過ごそうよ」

そう言い出したのは、普段はあまりイベントなんて気にもしていない十夜だった。
俺はどちらかと言うとイベント好きで、小さい頃は母さんがどんなに遅くなっても買ってきてくれるケーキを楽しみにしながら朝子と二人でささやかなパーティーを楽しんでいたし、朝子が友だちとクリスマスを過ごすようになった最近も、石田たちと男だけのむさ苦しい会!なんて言いながら騒いできたタイプだ。
自分で言うのも悲しいが、クリスマスは恋人と過ごす夜ではなく、家族団らんか友人たちとバカ騒ぎする日と思って過ごしてきた。
今年も両親は仕事だろうし朝子も出かけるだろうから、当然のように石田たちと過ごすつもりだったのだけど。
「じゃあケーキ買って帰んなきゃだよな!」
「それも良いけど、せっかくだからどっか行こう」
十夜からの誘いが、単純に嬉しくて。
すぐに了承した俺に、作り笑顔なんかじゃなく、ホントに嬉しそうに笑う十夜を見たら、俺もクリスマス当日を指折り待つようになっていた。
やっぱり十夜は笑ってるときが一番良いななんて思って、プレゼントは何にしようかまで本気で悩んだりして。
何となく悔しいから言わなかったけど、ホントにホントに、今までにないくらいクリスマスを楽しみにしていたのだ。



「晴日は彼女いるの?」
「は?」
学校帰りにちょっと寄り道してから帰宅すれば、珍しく母さんがもう帰ってきていた。
着替えるのも面倒で、夕飯の匂いが漂うリビングでそのまま寛いでいると、いそいそと近づいてきた母さんがにっこり笑いながら問いかけてくる。
「何を呆けてるの。彼女はいるのって聞いただけでしょ」
「や、彼女はいないけど・・・何を突然」
「じゃあクリスマスの予定は?」
ちょっと目を輝かせて訊いてくる母の真意が読めなくてきょとんとしていると、ようやくそれに気付いてくれたのか、コホンと咳払いをして改めて話を続けてくる。
「今年は母さん仕事休み取れたし、お父さんも珍しく早めに終わりそうだって言うから、家族みんなでパーティーしたいなと思うのだけど」
「えーと、朝子は友だちと出かけんじゃないの?」
「それがね、みんな彼氏ができたから今年は集まらないんですって。女の友情なんて!ってふて腐れてたわ。最近は中2でもカップルで過ごすものなのねぇ」
しみじみと言う母の視線は朝子の部屋を向いている。
朝子は帰ってくるなり今年のクリスマスは家にいると告げたきり部屋にこもったままだと言う。
心配そうにしているが、朝子だって本気で拗ねているわけじゃないのは分かっているのだろう。
多分朝子は、何となく寂しいのだ。
長い付き合いの自分より彼氏を優先されたことや、自分だけ置いて行かれる感じがすることが寂しくて、そんな風に思ってしまう自分が少しだけ嫌で。
その気持ちは、俺にも経験したことがあるだけに、痛いほど分かる。
そして、母が心配する気持ちも、家族全員が集まってなにかをしようとする気持ちも、全てではないだろうが分かってしまう。
「だからね、晴日もまだ約束が入ってなければ、家族でパーっと明るく過ごしたいなって。せっかく人数も増えたしね」
「あー・・・うん、そうだね。いいよ、俺も特に予定入ってないし」
言い訳するようだが、本当に俺は十夜とのクリスマスを楽しみにしていたのだ。決して約束を忘れていたわけじゃあない。
ただ、朝子や母さんの気持ちを思うと無下に断れなかっただけで。
「良かったわ。あ、十夜くんおかえりなさい。ねえ、いきなりで悪いんだけどクリスマスの予定は空いてる?」
母さんの声に慌てて振り向くと、帰ってきたばかりらしい十夜と目があった。
どこから話を聞いていたのか、感情の読めない笑顔がちょっと怖い。
「俺も何も予定入ってないから、構わないよ。家族みんなで、って何か良いよね」
全員の予定がうまくあったことに喜びを隠さない母さんにもう一度笑いかけてから、十夜はまっすぐに自分の部屋へと向かう。
「あ・・・」
何か言わなきゃと、追いかけようと腰を浮かせたが、そのままストンとソファーに沈める。
何を言ったって、ただの言い訳だ。
十夜との約束を破ったのは、紛れもない事実だから。
「ホントに楽しみにしてたんだけどな・・・」
呟きは、誰の耳にも届くことなく消える。
ちらりと目に入る、足元に放ったままのカバン。
せめて、これだけでも渡すことができればと、カバンの中にあるモノを思い浮かべながら、重いため息をついた。





「十夜、入るよ?」
珍しくもノックをしてから開けたドアの向こうは、机の上に置いてある電気スタンドの光だけがついている薄暗さ。
だけど十夜は椅子に座って何かを見ていたようで、まだ寝る体制でなかったことにちょっとだけ安心する。
「なに?」
「あ・・・その、ごめん。今日、約束破って・・・」
浮かれた気分から一転し、重い気分のまま迎えたクリスマス当日。
父さんも母さんも、家族みんなで過ごすのは最高だと始終ご機嫌だったし、朝子も気持ちに整理がついたらしく普段通りの明るさで楽しんでいた。
俺も楽しかったのだけど、隣で笑っている十夜が気になって仕方なかった。
謝らなきゃと思い続けていたのに、タイミングが掴めないまま、クリスマスももう終わりそうな時間になってしまった。
「そんなとこ立ってないで、座ったら?」
「あ、うん」
促されるままにベッドの端に腰かける。
いつの間にか、ここが十夜の部屋に来たときの定位置となっている。
「今日のことだけど。俺も楽しかったし、気にしてないよ。晴日は家族思いだからね」
向けられる言葉はひどく優しいのに、それに付いてくる雰囲気が嘘だと言っているように感じる。
このままおやすみと告げて逃げてしまいたいくらいだけれど、それじゃあ勇気を出してここまで来た意味がない。
「十夜、これ」
「・・・なに?」
「大したもんじゃないんだけどさ、プレゼント。見つけた瞬間、十夜の顔が浮かんだから即買いしたんだ。十夜が怒るのは当たり前だし悪いと思ってるけど、これだけでも受け取ってくれたら嬉しいんだけど」
一息で告げた後の、一瞬の間がひどく居心地が悪かったけれど、十夜の手は差し出した小さな袋を掴んでくれた。
ホッとしたのも束の間、開けても良い?と確認してから中身を取り出すときは、何故かすごくドキドキした。
それは、月をモチーフにしたシンプルなデザインのストラップ。
シルバーを基調として、月の光を表すように小さなキレイな石がついている。
「キラキラしててすっげーキレイだろ?ちょっと冷たい感じなんだけど、それがまた夜を束ねてる感じでさ。十夜のイメージかなって、うわっ!?」
じっと見入ったままの十夜の反応が怖くて、もう何だか良く分からなくなりながら必死で話してると、いきなり押し倒された。
「ちょっ、十夜?」
「じゃあ晴日は太陽だね」
何で?と訊き返す前に、キスで言葉を奪われる。
息が苦しくなるほどのそれの後、今度はギュッと抱きしめられる。
・・・気に入って、くれたのかな?
ほんの少し離れた一瞬に見えた十夜の表情は、すごく穏やかなものに見えた。
これだと思って迷わず買ったものだったけれど、正直気に入ってくれるかどうかは自信がなかった。
でも、今のこの状況から考えると、少なからず喜んでもらえたようだ。
安心したからか、それとも夕食のときに父さんが少しだけとこっそり飲ませてくれたグラスワインが今頃効いてきたのか。頭の中がふわふわして、気持ちが良い。
繰り返されるキスがひどく心地良くて、夢見心地で十夜に縋りつく。
「・・・このタイミングで寝るかな、普通」
遠のいていく意識の中で、十夜の苦笑交じりの声を聞いた気がしたけれど、閉じられた目が開くことはなかった。

その日見た夢は、二人でクリスマスイルミネーションがキラキラと綺麗なところで寄り添っているものだった。
夢の中では「来年も来よう」なんて約束までしていて。
すごく幸せな気持ちで目覚めた朝、怖いくらいの笑顔を向けてくる十夜に平謝りしたのは、また別の話。







07.12.26



  たまには、積極的な晴日が見たかったんです。ちゃんと十夜のこと好きなんだよーって。
  でも終わってみれば、やっぱりちょっと可哀想ですね。頑張れ、十夜(笑)
  






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