ホワイトデーのお返しは・・・ |
バレンタインデーが終わると、デパートはすぐにホワイトデーをうたった商品を並べ始めた。 3月に入れば、それはもう見事に強調され、嫌でも目に入ってくる。 「ホワイトデーなんてさ、一個ももらってないヤツには関係ないよなー」 「俺、一個もらったぜ。いとこの姉ちゃんから」 「そんなん義理だろ。お返し期待されてるだけじゃね?」 「まぁなー」 「あー、ちくしょー!彼女ほしいーっ!」 「俺もー。あーあ、晴日は良いよな」 級友たちのコントみたいな嘆きに笑っていると、その内の一人がいきなり俺へと矛先を向けた。 あまりに急なことで、一瞬反応が遅れる。 羨ましがられる理由が分からない。 俺だって彼女はいないぞ?まあ、その、一応、・・・恋人?はいるけれど。 でもそんなこと誰にも言ってない。どこかでバレた?いや、まさかそんな。 とりあえず平静を装って、言葉の真意を探ってみる。 「何が?」 「溺愛の妹から、今年ももらってるんだろ?」 「あ、ああ。母さんからももらったからお返し考えなきゃだ」 何だそれか、と内心ホッとしながら笑顔で答える。 大丈夫大丈夫、バレてない。 十夜は隠す必要ないじゃんとさらりと言ってくるが、やっぱ男同士だし血は繋がってなくても兄弟だ。 おおっぴらにする勇気はまだない。 まあ、それ以前に何か照れくさくて言えないんだけど。 「家族からもらっても空しいだけじゃね?」 「お前知らねぇの?晴日の妹は可愛いんだよ。それにこいつシスコンだから妹からもらえれば幸せなんだって」 「別にシスコンじゃねーよ」 強く言えば言うほど笑い声があがる。 そりゃ多少シスコンの気はあるが、そんなに酷くないだろう。兄として妹を可愛がる、一般的なもんだ。・・・と、思う。 「弟くんは?」 ふいに石田が訊いてきた。 主語しかなくてよく分からないけど、どれくらいもらったかってことだよな? 石田と十夜は仲が悪いというか、お互いに妙な対抗意識を持っている感じがする。 やっぱ、そういう相手のチョコの数とかは気になるもんかな? 「あいつももらってたよ。結構もてるくせに朝子と母さんからしか受け取ってないみたいだったけど」 「・・・二人だけ?」 「うん、甘いもんはそんな好きでもないし、面倒だからって」 当日は十夜からしつこいくらいにチョコの数を聞かれ、それならと聞き返してやったらえらくハッキリと答えてきたのでよく覚えている。 「うわっ、もったいねー!」 「俺も言ってみたいよ、そんなセリフ!」 石田以外のもてない男子たちは思い思いに叫んでる。 うん、だよな。俺もそう思ったもん。 そのまま十夜に言ったら、妙に機嫌が悪くなって、もしかして断ったとかは嘘で、実は誰からももらえなかったのか?とちょっと心配しちゃったくらいだ。 まあそんなことはないとは思うけど、あまりに不機嫌になるから不安になったわけで。 実際あいつの友好関係はよく分からないけど、二人で出掛けるとよく女の子から声かけられくらいだし、やっぱりもてる部類にあると思う。 他の友だちと歩いてたって、声なんかかけられないもんな。 「じゃあ晴日のホワイトデーは朝子ちゃんに返すだけか」 「あと母さんにも」 石田はまだ何か言いたそうだったけど、結局何も言わなかった。 その代わり、小さくため息。 微かに「可哀想なヤツ」と聞こえた気もしたが、よく聞こえなかったから無視する。 別に俺は可哀想じゃないし。石田だって、似たようなもんしかもらってないじゃんよ! そうして迎えた、高校生男子の理想とするものとはかなりかけ離れたホワイトデー当日。 朝子と母さんからバレンタインチョコをもらうのは毎年恒例のことなので、俺も毎年当然お返しは用意する。 十夜もきちんとお返しすると言うので、母さんには十夜と二人で金を出しあってちょっと高めのスカーフと手袋を買った。春でも使える薄手のものだ。店員さんオススメ。 朝子はまだ質より量だろうから、別々に用意した。 二人ともいつも本当に喜んでくれるから、渡し甲斐がある。 ただ父さんが母さんにも朝子にも妙に気合いの入ったものを用意してて、息子二人の立場がなかったけど。 これもまあ、良い笑い話だ。 「十夜は毎年どれくらいもらってた?」 「まあ、ぼちぼち」 「ぼちぼちってどんくらいだよ」 顔も成績も(外面は)人当たりも良い十夜のぼちぼちは、きっと俺らのいっぱいと同義語じゃなかろうか。 世の中って不公平だと思いながら、ベッドの脇に転がっていた抱き枕を抱え込む。 やたら可愛いキャラクターがプリントされたこれは、十夜と遊びに行ったときにゲーセンで500円かけて取ったものだ。 200円で1回、500円で3回。自信がないとなかなかチャレンジできない。 俺はでかい獲物は全く歯が立たないが、十夜は器用に落とす。無理だと思うものには最初から手を出さないため、獲得率はかなり高い。 こんなとこでも差が出るって、ちょっと悲しいかも。 「でもさ、もてるヤツはお返しが大変そうだよな」 若干のヒガミも入ってるが、本気でそう思う。 うちの学校の女子は、いわゆる友チョコを俺らにも回してくれる感じなので、お返しとか気にしなくて良いのが楽だ。 まあ寂しいっちゃあ寂しいけどね。 「そうでもないよ。義理にはそれなりに義理を返したけど、本気っぽいのは返さなかったから」 「何で?本命チョコにこそ返すもんじゃね?」 「付き合う気なかったら、本気の方が面倒だから」 学校では人当たりの良い優等生だった十夜は、もらった時には「ありがとう」とにっこり笑顔付きで対応していたのだろうが、そもそもが面倒くさがりだ。 義理にだってもらうのも返すのも、表には見せなくても渋々だっただろう。 今年はうまく断ったのなら、少しは自分を出せるようになっているということかな。 それなら、良い。十夜が十夜らしくいられるのは、すごく嬉しいことだから。 「何笑ってるの?」 「ん?十夜がチョコ断ったのは嬉しいと思って」 「・・・・・・」 本当に自分のことのように嬉しくて、思ったままを口にしたのだけど。 驚きを隠せない様子で固まった十夜を見て、今の言い方じゃ誤解を招くと気が付く。 何か今のじゃ、焼きもち妬いてるみたいじゃん。決して決して、そういうわけじゃなくて! 「違うからな。いや、言葉は違わないんだけど、お前が自然体でいられるのかなとかそーいう兄心!?」 「どっちでも良いよ、嬉しいから」 ・・・うん、だから不意打ちに笑うなよ。 どうも俺は十夜の笑顔に弱い。特に、今みたいな柔らかい笑みを向けられると、勝手にドキドキしてくる。 「はい、晴日」 思わず俯いていた俺の目の前に、小さな紙袋が差し出された。 何だと思いながらも、素直に受けとる。 「何これ?」 「俺から晴日へのホワイトデー」 「・・・俺、お前に何もあげてないぞ?」 ホワイトデーというものは、バレンタインのお返しのために存在するんじゃないのだろうか。 そんで、バレンタインは女の子が男の子に告白する日で・・・ 「そんなこと誰が決めたの?」 十夜はまだ笑っている。 「今年は初めて本命からもらえると楽しみにしてたら、晴日は自分がもらえるかしか考えてなかったからね。それなら俺からとも思ったんだけど、当日まで希望を捨てきれなくて」 「本命からって・・・俺?」 「他に誰がいるの?晴日以外のなんていらないよ。ああ、母さんと朝子ちゃんはまた別だけど」 えっと、これってつまり、俺からのが欲しかったってことだよな。 もしかして家族以外の誰からもチョコをもらってないのも、俺がいるから? 「1ヶ月遅れになっちゃったけど、ちゃんと渡したかったから」 「あ、ありがとう」 やばい、顔が赤くなってる気がする。 だって、どうしたら良いか分からないくらい動揺してる。動揺?違うか、ドキドキ?いやもう何て言うか、ソワソワして、でもとにかく嬉しくて仕方がないのだ。 中を開けてみようとか顔隠さなきゃとか色々思うのに、半ば呆然として動けない。 「晴日」 「え?・・・んっ・・・」 思わず顔を上げたと同時に、唇が触れる。 やけに優しいキス。しっとりと啄むようなそれに、驚きなんて一瞬で、あとは目を閉じて素直に受け入れる。 「・・・大好きだよ」 息継ぎの合間に囁かれた言葉と段々深くなっていくキスに、頭がふわふわしておかしくなりそうだ。 ちゃんと「俺も」って伝えなきゃと思うのに、言葉の代わりに涙が出そうだ。 まだ中身だって見てないし、嬉しかったこともきちんと伝えられてないのに。ああ、そうだ。ちゃんとお返しもしなきゃ・・・お返し? 「・・・ホワイトデーのお返しって、いつすれば良いんだ?」 あんなに言葉が出なかったのに、疑問に思った瞬間にさらりと出た。 あまりに唐突で、十夜の動きも一瞬止まる。 「あのね・・・良いよ、今から十分にもらうから」 「は?」 言われてようやく今の状況に気が付く。 いつの間にか二人ともベッドの上にいるし、上着はほとんどたくしあげられている。さらに俺のも十夜のもしっかり反応しちゃっている。 「ちょっ・・・待って、やめっ・・・っ」 「ここまできてやめられると思う?」 我に返った俺を非難するかのように、十夜の愛撫は止まることなく、それどころか一層激しくなった。 「ばかっ・・・下に、みんないるんだぞ!?」 「うん、だから声我慢してね」 あとの抗議の言葉は、キスで奪われる。 こうなったら結局逃げ切ることなんてできなくて。 俺からの「お返し」は、もらった当日のうちに十分すぎるほど渡すことになったのだった。 08.03.14 石田くんは、9割方は二人の関係に気がついています。知らないのは晴日だけ(笑) |