既製品<手作り? |
それは三月に入って間もない頃。 バイト先の喫茶店で、綺麗に並んだ店長自慢の手作りケーキを食い入るように見つめている拓弥に、どうしたのかと声をかけたのが始まりだった。 「宮崎さんって、料理得意ですよね?」 「得意と言うほどのものでもないですけど・・・どうしたんですか?」 「お菓子とかも作れます?」 「?まあ、簡単なものなら・・・」 言い終えないうちに、凄い勢いで期待の眼差しを向けられる。 そして目の前で手を合わせ、頭を下げたかと思えば、次はどこか切羽詰まった声が響いた。 「お願いっ、俺に作り方を教えてください!」 「そこに小麦粉を・・・そう、そんな感じです」 結局何だかよく分からないまま拓弥の勢いに負け、こうして一緒にお菓子作りをするに至っている。 拓弥は高校に入ってからは家事をしていただけあって、それなりに手際も良く覚えも早い。 「恭ちゃんや誠一さんには内緒ね!」 と頼まれてもいるので、バイトのない日に泰成の部屋での実践となったのだが、1人でだらだらしているより有意義な時間だと少し楽しんでいたりもする。 問題は、もしかしたら誠一が勝手に入ってきてしまうかもしれないことだが、あらかじめ「しばらく部屋に来るの禁止令」を出しておいたので大丈夫だろう。 来たら本気で逃げてやるとまで言っておいたので、しばらくは時間が稼げる。 ・・・ただし、一気に量の増えた毎日毎夜の電話やメールをやり過ごすのには相当の労力が必要となったのだが。 「それにしても、どうしていきなりお菓子を作るなんて思ったんですか?」 タイミングを逃したため訊きそびれていたことを何気なく訊けば、一瞬拓弥の動きが止まる。 「・・・来週、ホワイトデーがあるから」 ややあって再開された動きのなかで、ようやく聞き取れるほどの声で告げられたことに、なるほどこれはお返しなのかと納得する。 だが、その直後に浮かんだ一つの疑問。 「でも、確かバレンタインにあげたんじゃないでしたっけ?」 恭平に似合いそうな色のマフラーを見つけたと喜んでいたのは、まだ記憶に新しい。 「それはそうなんだけど・・・でも、手作りじゃなかったし」 「恭平さんはそんなの気にする人じゃないでしょう?それとも何か言われたんですか?」 「恭ちゃんは喜んで受け取ってくれたけど・・・俺からだけじゃないんだもん」 バレンタイン当日、恭平は会社から2つのチョコを持って帰ってきた。 誰にもらったのかと訊けば、会社の課の女性からだと言う。 「毎年やってる行事でさ。課の人全員がもらえる完全な義理チョコだよ」 むしろ、そこで拒否する方が都合が悪いのだろう。 会社の付き合いも大変なんだなと思いながら包みを開ければ、1つは名前を聞いたことはある一般的なチョコ。 そして、もう1つは・・・ 「手作りのようだったと言うわけですか」 話に相づちを打てば、少し悔しそうに顔を歪めながらも頷く。 「義理で手作りなんか渡さないですよね?」 「そうですね・・・まあ、ないとは言いきれないですけど」 拓弥の手前、曖昧に答えてはみるものの、そういえば恭平は結構もてるんだったと思い出す。 「普段はクールなのにたまに見せる笑顔が素敵!とか大学時代も騒がれてたんだぜ?絶対詐欺だよな」なんて誠一も以前話していた。 とはいえ恭平が拓弥にベタ惚れなのは端から見ていても十分に分かるし、拓弥だとて恭平を疑っているわけではないのだろう。 つまるところ今回の行動は、一言で表すなら、対抗心。 そんな拓弥が可愛くて、思わず微笑んでしまう。 「じゃあ、僕も気合い入れて教えなきゃですね。ほら、そこ。こぼれてそうですよ?」 「えっ、あっ!」 鋭く指摘すれば、すぐに持ち手が慎重になる。 こんなに想われている恭平さんも幸福者だなぁ、なんて呑気に思いながら、泰成も自分の作業に取りかかった。 「―――・・・で、何でお前がここにいるわけ?」 「いーじゃねーかよ、少しくらい構ってくれたって。どうせ拓弥はバイトだろ?」 拓弥たちがお菓子作りに勤しんでいる頃、恭平のもとには誠一が突然酒を持参して現れた。 そして、早々に持ち込んだ酒に手をつけながら膨れてみせる。 「生憎、お前の膨れっ面を見たところで可愛くもなんとも思わないんだが?」 「思われなくて結構。そんなことより、お前も飲め。せっかく良い酒持ってきてやったんだから」 誰が頼んだよ、と思わなくもないが、誠一が持ってきた酒は確かに美味いものだし、酒にかこつけて裏に何かあるに違いないのだからと素直に向かい側に座る。 こういう場合、さっさとはかせてしまった方が良い。 「で?ホントのところ、用事はなんだ?」 単刀直入に訊けば、一瞬つまり、しばらく「あー」「うー」と意味のない言葉を繰り返す。 「・・・拓弥からさ、何か聞いてないか?」 「何を?」 「だから・・・泰成が何か怒ってたとか、そういった類いの」 どうせそんなとこだろうと予想していた恭平は、あからさまに呆れ顔をつくってみせる。 「また何かやらかしたのか」 「まったく身に覚えがないから訊いてんだろうが。なのに突然の出入り禁止だよ。理由訊いても、時期が過ぎたら教えてやるしか言わねぇし、もし押し掛けてきたら二度と会わないとまで言い出しやがったんだぞ」 信じられるかこの仕打ち!と嘆く誠一だが、恭平としては宮崎が言いそうなことだなと妙に納得してしまう。 どうせ誠一が知らないところで怒らせたのだろうと、大して慌てもせずに思う。 「まあ時期がきたら教えてやるっていうんだから大人しく待ってろ」 「その時期がいつかは分からないのに?それでまた逃げられたらどうするよ?」 結局のところ、結び付くのはそこらしい。 実際に逃げられた経験があるだけに、まるでトラウマかのように極端に恐れている。 恭平もその気持ちは怖いほど分かるため、弱音を吐く誠一を無下に切り捨てられない。 結局俺も甘いよな、と妙なところで確認してしまう。 「そうだな・・・お前さ、バレンタインに宮崎から何かもらったか?」 「は?・・・いや、特別には何も。その日は食事作ってもらって一緒に食べはしたけど?」 「じゃあそれのお返しでも何でもいいから適当に理由つけて何か約束しろ。OKもらえれば、逃げられることもないだろう」 頭の中で状況をシミュレーションしているのかしばらく考えたあと、恐る恐るといった様子で一言。 「断られたら?」 「・・・諦めろ」 そこまでは面倒見切れないと宣言してやれば、誠一は情けない表情を浮かべて酒に手を伸ばした。 そして迎えた3月14日。 拓弥は自分の部屋で小さな箱を抱えて気合いを入れていた。 箱の中身は、泰成と何度も作ったマフィン。 昨日作ったときが今までで一番上手にできたように思う。 さらにその中でも一番良さそうなのを2つ選んで、ラッピングも泰成に助けてもらいながら自分でした。 あとは、恭平に渡すだけ。 それだけなのだが拓弥はなかなか勇気が出ずに、部屋で気合いを入れてみるばかり。 拒否されることはないだろうし、むしろ喜んでくれるとは思うのだけど、今になって自分の行動が恥ずかしくなってきて、なかなか次の行動に移せない。 「・・・何やってんだろ、俺」 今さらなから何をムキになっていたんだと思うが、ここまできて引き返すことはできない。 「拓弥ー、俺もう出るけどまだ寝てるか?」 よしっ!ともう一度気合いを入れたところでリビングから聞こえてきた声に慌てて時計を見れば、確かに恭平が家を出る時間が迫っていた。 慌てて部屋を飛び出せば、恭平はすでに玄関先で靴を履いている。 「恭ちゃん!」 「なんだ起きてたのか。じゃあ行ってくるな」 「これあげる!」 タイミングも何も考えず、とにかく押し付けるようにマフィンの入った箱を渡す。 そして驚きを隠せない様子の恭平が何か言いかけたのを遮るように、一気に言いたいことを言ってしまう。 「バレンタインのときは手作りじゃなかったし、でも別に会社の人に対抗してるとかそういうんでもなくてね。えと、恭ちゃんにはいつもお世話になってるし、あっ、それ宮崎さんに作り方教えてもらったから味は大丈夫なはず!」 散々シミュレーションしたのも既に意味はなく、恭平が「とりあえず落ち着け」と言っているのにも気付かず拓弥は捲し立てる。 「だから、その・・・ハッピーホワイトデーってことで!」 「・・・・・・っはは、可愛いなぁ、もう」 暫しの沈黙を破ったのは恭平の吹き出し笑い。 ひとしきり笑ってから、恭平は拓弥の頭をくしゃくしゃとかき回す。 これは恭平が機嫌の良い証拠で、拓弥はじんわりと胸が暖かくなる。 「今日は早く切り上げて帰ってくるから、久しぶりに外食でもするか。それで帰ったら一緒に食べよう」 「・・・うんっ!」 じゃあ時間だからと出ていく恭平を見送りながら、拓弥は喜んでもらえたことに一人幸せを噛み締めた。 同日、夜。 仕事を早々に切り上げた誠一は、恋人の部屋の前でインターフォンに手を伸ばした状態から動けないでいた。 ホワイトデーは会いたいといえばあっさりとOKされ、部屋に来ることも許可された。 泰成の言う「時期」がきたのだろうかと思いつつも、あまりにも簡単に了解されたため違う不安が生まれてくる。 例えば、別れを切り出されるとか。 いや、まさかいきなりそんなことはないよな。どんなに考えても、怒らすようなことをした覚えはないし。 でももし本当にそんなことを告げられたら冷静でいられる自信はない。 泰成には格好悪いところを見せたくないが、いざとなったら形振り構わず・・・ 「・・・って、この状態がすでに格好悪いよな」 「・・・さっきから何やってるんですか?」 思わずドアに手をあて項垂れたところに、ふいに背後から声をかけられ、ビクリと肩が上がる。 「な、なんでそっちから?」 「何でって、ちょっと買い物に行ってきたものですから。先輩こそ入らないんですか?」 言うだけ言ってさっさと入ってしまう泰成を、誠一も慌てて追う。 いつもより素っ気無く感じるのは、気のせいだろうか? 「あ、あのさ泰成・・・」 「お茶入れますね。ご飯もすぐ支度しますから、座って待っててください」 ・・・特に、変わった様子はないか? 慎重に様子をうかがいながら腰を下ろすと、机の上に小さな箱があるのに気付く。 綺麗にラッピングされたそれは、一目でプレゼントと分かるもので。 「どしたの、これ?」 「・・・拓弥くんが恭平さんに渡したいからって、作ったんですよ」 「へー、拓坊がねぇ。で、忘れてったの?」 一瞬、泰成がどこぞの知らんヤツにでもお返しで用意したのかと思ったが、そうではないことに安心していつもの軽口をたたく。 「拓弥くんはちゃんと持っていきましたよ。これは、僕が作った分です・・・ついでだったから」 少し言いづらそうに話す様子を眺めながら、段々と状況が読めてくる。 つまりコレは、俺のためと言うわけで・・・ きっとまた怒りだすだろうから、込み上げてくる笑いを必死で堪える。 「えーと、泰成さん?開けても良い?」 「・・・どうぞ」 「俺、もらって良いんだよな?」 「・・・どうぞ。いらなければ、僕が食べます」 「んじゃ、とりあえず抱き締めて良い?」 「どうぞ・・・って、何言い出すんですか!?」 そっぽを向いたままうっかり返事をしそうになる泰成が可愛くて、堪えきれずについ吹き出してしまう。 顔を赤らめながら膨れる泰成を問答無用で抱きしめて、久しぶりの感触を堪能する。 抵抗する力が弱まったところで、しつこいとは思ったけれど出入り禁止の理由も聞いて。 それから満たされた気持ちで、泰成手づくりのマフィンを頬張ったのだった。 07.03.14 当初書きたかったのは、お菓子作りに挑戦する拓弥でした。 思いのほか長くなってしまったのは、恭平と誠一の密談(違)を書いてしまったから。 どうしてもこの二人の掛け合いが好きみたいです、私。何やかんやで仲良しな二人(笑) しかし、よく考えたら今回バレンタインあげた側がお返しまであげてる形ですね。 恭平も誠一も、この後色々とお返ししたと思います(笑) |