本命と義理の中間点 |
3月14日、いわゆるホワイトデー。 バレンタインのときほどではないが、そのお返しとしての商品が街には並んでいる。 それを横目に見ながら、もう何度目になるか分からない溜め息をつく。 ・・・やっぱ、お返しはするべきか? 会社の後輩で、俺のことを好きと言って憚らない男、塚原からチョコをもらったのは今から一ヶ月前。 「はい、津山さん。受け取ってください」 「・・・何コレ?」 「何ってチョコですよ。津山さん、ここの食べてみたいって言ってたじゃないですか」 それはもうバカみたいにニコニコと悪意のない笑みを浮かべて差し出されたもの。 甘いものは比較的好きな俺が、何日か前にテレビCMを見て美味そうだと呟いたチョコだ。 塚原の気持ちを考えたら、その場で断った方が良かったに違いない。 もちろん嫌いではないが、塚原と同じ想いは抱いていないのだから。 そう思って口を開いたのに、 「あー・・・悪いな。ありがたくいただくわ」 一瞬の躊躇の後、気が付いたら受け取っていた。 塚原の笑顔が曇るのを見たくない。 何故かそのときは、そう思った。 結果として、塚原は尻尾があったら振り回してそうなほどの喜びを笑顔で表し、俺も何故かホッとしたのだが。 問題は、それから一ヶ月後。 「つぅか、もう明日なんだよなぁ・・・」 今まで大してもてた経験もないから、もらったものには何かしらお返しをしてた。 それが当然のことで、だから今回もそうするべきなんだろうけど。 問題は、塚原の気持ちが俺にあること。 いわゆる本命チョコに、軽い気持ちで応えて良いのかどうかが判断できない。 てか俺はどうしたいんだ? もう何度も自問しているが、答えは出ない。 塚原を悲しませたくはない。 だけど応える自信もない。 中途半端な気持ちは、ぶらぶらと頼りなく宙を舞っている。 「ホワイトデーにいかがですかぁ?」 たぶんバイトであろう若い販売員の言葉に、思わず目をやって。 次に浮かんだのは、塚原のバカみたいな笑顔だった。 「お疲れ様でしたー」 「なんだお前、今日は随分急ぎだなぁ」 「いやぁ、これから彼女とデートなんですよ」 「かぁーっ、相手のいるヤツはいいねぇ?」 浮かれた同僚と先輩である田中さんの会話をパソコンに向き合った状態のまま、何となしに聞く。 今日の分の仕事は一段落ついたから、帰ろうと思えばもう帰れるんだろうけど・・・ 「津山ー、お前今日予定は?」 「・・・俺ですか?」 一人目の獲物に逃げられた田中さんが、今度は俺の方へと寄ってくる。 彼女もいない身としては、特に用もあるはずがないのだが。 ちらりと斜め前を見れば、まだ先輩と何か話している塚原の姿が目に入る。 「今日はちょっと・・・遠慮しときます」 「お、何だ?お前も彼女が〜とか言っちゃうのか?」 「違いますよ。ちょっと疲れてるんで、飲みはキツイかなぁって。それに、キリ良いところまで終わらせちゃいたいんで」 「そっか。まあ疲れてるんなら、無理すんな。期限迫ってるわけじゃないんだろ?」 「はい、ありがとうございます」 思わず出た嘘への少しの罪悪感と、それでも心配してくれる田中さんの気遣いに感謝しながら、もう一度パソコンに向き合うフリをする。 田中さんは今夜の飲み相手を捕まえるべく、また別の人に声をかけていた。 ・・・後は、と。 塚原が終わるのを待って、計画を実行するだけ。 とりあえず時間潰しもかねて、コーヒーを買いに自販機へと向かった。 「お、塚原終わったか?」 「津山さん?あれ、もう帰られたのかと思ってましたよ」 「今から帰るとこ。お前もだろ?」 コーヒーを買いに行って、ついでに喫煙所で他部署の同僚と一服して戻ってくると、塚原はすでに帰り支度を始めていた。 なかなかのタイミングだと自画自賛しながら、自分も鞄を取りに行く。 「あ、津山さん、今夜暇ですか?良かったら、夕飯一緒に行きません?」 「おう。っと、その前に・・・」 周りの意識がこちらに向いていないことを確認してから、取り出した細長い箱を塚原へと放り投げる。 「えっ、何ですかコレ?」 「やる。この前の、お返し」 うまいこと受け止めた塚原が訊いてくるのに、無愛想なまでに簡潔に答えてやる。 その言葉を一瞬考えて、思い立ったのか塚原が妙に慌てだす。 「えぇっ、こ、これ、俺がもらって良いんですか?」 「いらないなら誰かにやってくれ。俺はそれ、使わねーから」 渡したのは、塚原が吸っている煙草1カートン。 俺が吸ってるのとは別のものだから、返されてもどうしようもない。 「うっわ、どうしよう俺・・・すっごい嬉しいです!ありがとうございます、大事にします!!」 「大事にするって、吸えよ?もったいないから」 「や、そうですけど、でも吸っちゃうのはもったいないですよ!」 煙草ごときで大喜びな塚原に、何だか申し訳ないような気にもなってきてしまう。 昨日、帰り道で見つけたお菓子は、やたら煌びやかで、販売員の女の子も人気商品だと嬉しそうに説明してくれた。 ふいに浮かんだ塚原の顔に、思わず買ってやろうかとも思ったが、どうしても「ホワイトデー」を強調されているものを渡す気にはなれなくて。 でも、このまま無視することもできない。 散々迷って、最終的に行き着いた、まったく色気のないもの。 「や、でもホント、お返しなんて考えてもみなかったんで、どうしようもないくらい嬉しいですよ!もーっ、ホントにありがとうございます!」 「・・・別に大したもんじゃないし。それより、ほら。飯食いに行くぞ、飯!」 このまま拝みだしそうな勢いで喜ぶ塚原をおいて、さっさと会社を後にする。 本命チョコのお返しに、色気も何もない、煙草1カートン。 それでも、これだけ喜んでもらえるなら、無視しないで良かったとしみじみ思ったのだった。 ・・・・・・何だ、この話は!?(汗) どこまでも進展のない二人、塚原くんと津山さんのホワイトデー話です。 塚原君はひたすら純粋(単純?)に、津山さんはひたすら情深い。そんなイメージです(笑) この二人が無事にくっつく日はくるんですかね?へたれな塚原くんに、今後頑張ってもらいたいものです。 では、一日遅れとなってしまいましたが(汗)ハッピーホワイトデー!<造語 |