姫のチョコは誰の手に?





「またかよ・・・」
下駄箱に始まり、机の中、カバンの中。
うんざりする封筒の数々に、深い溜め息をつく。
「相変わらずモテモテだな、真希は」
「マジうぜぇ。何なんだよ、みんな目の色変えやがって」
「バレンタインはもう今月だからねぇ、焦ってんでしょ」
「だから何で俺なんだよ」
「何でって・・・」
何でってそれは男でありながら見事なまでの母親譲りの美少女顔が、男子校というむさ苦しい空間の中で潤いと化しているからに他ならない。
本人がいくら否定しようが態度や言葉を乱暴にしようが、その人気は衰える様子はない。
机に突っ伏して膨れっ面を見せても、見た目だけは文句なく可愛いのだ。
教室で呼び出そうにも応じてくれないのが分かっているからか、廊下などで突然呼び止めてくるヤツもいる。
男だけじゃ色気がないと、黙っていれば美少女の真希を側に連れていたいというところだろうが、本気で真希狙いが大半だと宮田は思っている。
もちろんそんなことを口に出そうものなら、殴られるのがオチだから笑ってごまかすが。
「真希ー、お客さーん」
誰だろうと出るもんかと視線だけチラリと送ってみれば、入り口に立ってにこやかに笑っている木下先輩と目があった。




『姫のチョコは誰の手に?バレンタインチョコ争奪戦!』

「―――・・・何ですか、これ」
渡されたビラを、たっぷり1分は眺めた後、見た瞬間から生まれていた疑問を投げ掛ける。
「見たまんまだよ。来週はバレンタインがあるからね、それに合わせてちょっとしたイベントを企画したの」
確かに見たまんまで、至極簡潔な説明だ。
だが、それにあっさり頷ける環境にもないし、そもそも意味が分からない。
そんな真希の心の声が聞こえたのか、奥に座っていた生徒会長がくすりと笑みをこぼしてから口を開く。
「うちは男子校だから、義理も期待できない寂しい生徒たちも多いんだよ」
「で、今見てもらっているのがイベントの草案。右下に空白があるだろう、そこを埋めたら完成」
「はぁ・・・」
どうやら発案者であるらしい生徒会コンビは、真希の呆然としている様が面白いらしく、にこにこと笑いながら順に説明をして行く。
だが、いくら説明を受けたところで意味不明なことには変わりない。
生徒会副会長にして校内で王子と騒がれる美貌の持ち主である木下透が真希の教室に顔を出したのが、つい先程のこと。
例によって、昼休みと言う目立つ時間帯にこれまた目立つように来訪してくれたお陰で、問答無用で生徒会室に連れてこられるはめになった。
一体何事かと問う間もなかったのは狙ったに違いない。
笑顔で迎えてくれた生徒会長から先程のビラを渡され説明が始まったわけだが、何のために呼ばれたのかは、まったく分からないまま今に至る。
「えーと、それで俺は何で呼び出されたんですか?」
「うん。真希くんには姫になってもらおうと思ってね」
「・・・・・・は?」
さらりと放たれた言葉に、一瞬思考を奪われた。
頭の中で会長の言葉をリピート。・・・・・・姫?
「はあっ!?俺が?」
「そう。真希くんだったら誰も文句言わないでしょう?」
「それだったら、木下先輩がやれば良いじゃないですか!」
何てったってプリンスだ。生徒会の人間だし、校内での人気も計り知れない。これ以上の人選はない。
だが、指名された王子は綺麗な顔をさも残念そうに歪めて首を振る。
「生徒会主催のイベントだからね、副会長の立場にある僕じゃあできないんだよ」
「や、生徒会主催だからこそ・・・」
「チョコレートもこちらが用意するし、真希くんはそれを誰かに渡すだけで良い」
「水島くんの場合は相手がいるから、簡単だよね」
「いや、でも、省吾は甘いものとかあんまり食べないし。や、違う、それ以前に俺たちの関係なんてみんな知らないわけで」
「あ、そうそう。姫がチョコを渡した相手とは14日当日に一日デートという特典付きだから、下手に奪われないように気を付けてね」
「いや、だからっ!」
真希の必死な抵抗は、二人の有無を言わせぬ笑顔で払い除けられた。






「凄いな、真希。なかなかないぞ、その手紙の量は」
呆れを通り越していっそ感心したような声をあげる宮田の視線の先は、紙袋にこれでもかと詰め込まれた手紙の山。
真希はもう見たくもないと言うように、机に突っ伏したまま無視を決め込む。
問答無用で真希が姫と決められた翌日には、校内中に告知ポスターが貼られ、それから一気に真希への告白が増えた。
あくまでもお遊び企画であるはずなのに、そのほとんどが本気と思われるのが真希には恐ろしくて仕方ない。
元々、母親譲りの美少女顔と生来の愛想の良さで、人気は計り知れなかった真希だ。
ただでさえ普段以上に多くなっていたアプローチだが、こんな特典付きイベントにかこつけて当たって砕けろ作戦に出てくる奴らは数知れない。
男だというせめてもの主張である口の悪さは酷くなる一方だが、それすらも可愛いと思われているという残念な現実を、宮田はせめてもの情けで黙っている。
唯一の救いは自分のクラスにいる間だ。
ポスター告知の直後、ざわめいた教室に我慢ならず、
「お前ら少しでも俺に色目使ってみろ!二度と口きいてやんねーからなっ!!」
と一喝したおかげで、クラスメートたちは普段と変わらない状態になった。
さらに真希目当ての輩は教室に入れないようにしてくれているので、どうにか落ち着いていられるのだ。
逆を言えば、それ以外の場所では落ち着くことはできないということだが。
「もうさー、お前が受け取ってくんね?」
「嫌だよ。恨み買いたくないもん」
「友だち甲斐のないヤツ」
ふて腐れてみるが、宮田の言い分も分からなくはない。側にいる今だって妙なやっかみを受けているのだから、チョコなんて受け取った日なんか恐ろしくて歩けないだろう。
いっそ生徒会長に渡してやろうかとも思ったが、後々のことを考えるとそれこそ恐ろしくてできない。
「それより真希、三上は?」
周囲に聞こえないくらい声を押さえて宮田が聞いてくるのに、真希は静かに首を振る。
「たった一言、バカってさ。それから怖い顔して話してくれね」
「あー、三上らしいなぁ」
「もうホント生徒会を恨むよ、俺は」
ようやく省吾とも普通に話せるようになったのに、また話す機会が一気に減った。
省吾から真希の教室に来ることなんかまずないし、真希は真希で必要最低限しか教室から出るに出られない。トイレですら恐ろしくて一人で行けず、高校生にもなって宮田と仲良く連れ立ってだ。
こんな状態で省吾と校内で会うことは、皆無に等しい。
朝だけは迎えに来てくれるのが、せめてもの救いだ。
「まあ素直に渡したいヤツに渡しちゃうのが一番じゃね?」
「素直に受け取ってくれるんならな」
校外で襲われないようにという配慮で、チョコは校内で渡すことになっている。
おかげで校内にいる内は常に気を抜けないうえ、一番渡したい相手には容易に近づけない。
「決戦は明日か。こうなりゃ最終手段だろ、向こうさんも容赦ないだろうし」
14日当日は日曜日だから、金曜日が決戦の日になる。
この日は朝からチョコを持ち歩くことになるわけだが、奪いに来る輩もいるに違いない。
いっそ休んでしまいたいが、それだけはダメだと何度も生徒会コンビに釘を刺されている。
「まあ主役がいなくなったら、それこそ暴動でも起こりそうな勢いだけどな」
「・・・・・・他人事みたいに・・・」
こんな企画を発案した生徒会も生徒会だが、それを許可した学校側も何を考えているんだかと、今はもう全てを恨みたい真希だった。






「おい、いたかっ!?」
「や、こっちにはいない。さっきまで確かにいたんだけど」
「あ、お前水島くんと同じクラスだろ!?彼はどこにいるんだ?」
「勘弁してくださいよ〜先輩。マジ知らないんですってば〜」
12日当日。イベント決行日。
休み時間ともなると、姫の行方を捜すのに右に左にと大騒ぎになっていた。
期限は放課後、4時まで。残り時間もわずかとなると、本気で狙っている連中は目の色を変えて行方を追っている。
だが肝心の姫は火事場のくそ力なのか、恐ろしいほどの素早さで逃げ切っている。
「・・・・・・主役がこんなところにいて良いのか?」
「何が主役だよチクショウ。ようやく逃げてきたんだ、かくまえっ」
省吾が学校中の大騒ぎを横目に、いつものように一人になれる場所へと足を運ぶと、そこには息を切らした先約がいた。
見るからに疲れきっている様子に、省吾は呆れたようにため息をつく。
「あいつらの馬鹿げたイベントにホイホイ乗るからそんな目にあうんだろ」
「誰が好き好んでこんなことやるかよ。あの二人に対抗できる術があるなら教えてくれ」
そんなもん、真っ向からきっぱりと断れば良いだけだろうと思うが、言っても無駄だろうからそれは口にしないでおく。
「・・・・・・で?」
「ん?なにが?」
「誰かに押し付けてきたのか?」
相変わらずの主語がないが、すぐにコレのことかとポケットから小さな箱を取り出してみせる。
チョコで有名なブランドのものだが、今は可愛らしい装飾すらも憎たらしくて仕方がない。
「・・・・・・ちなみにコレ、受け取ってくれる気は?」
「あいつらが用意したモンなんて欲しくもないな」
「だよなぁ・・・」
想定内の答えとは言え、それならどうしたものかと頭を抱えてしまう。
やはり頼み込んで宮田にでも受け取ってもらうしかないだろうか。
知らないヤツと一日付き合うなんてごめんだし・・・でも、やっぱり迷惑かけることになるよなぁ。
こうなったら、いっそのこと。
「誰にもあげない・・・ってのは、どうだと思う?」
「知るか。俺に訊くな」
せっかく思いついたのに、あっさり一蹴。肯定も否定もないが、確かに答えを知る由もないだろう。
第一、イベントに終止符を打たないと結局騒ぎは収まらないような気はする。
延長戦にでもされた日にゃあ・・・体力も精神力も根こそぎ奪われそうだ。
「あー、でも良かったよ会えて」
「何が?」
「お前だよ。どこにいんのかと思ったけど、俺も下手に動けないしさ。今日なんて朝から大騒ぎだったし」
正門を避けて裏門にまわってから、放課後の今になるまで省吾とは一度も顔をあわせていなかったのだ。
イベントに興味があるわけじゃないけれど、今日くらいは一緒にいてもらいたいと思っても、悪くない気がする。
・・・・・・まあ、実際問題として一緒にいるわけにもいかないのだが。
「残り30分か・・・さて、どうしたもんかな。っと、メール?」
ポケットから感じるバイブに、携帯を取り出して見れば差出人は木下先輩だ。
「まだ渡す相手が見つからないようなら、生徒会室へ逃げ込んでおいで、か。結局、そこしかないかなぁ」
会長、もしくは木下先輩と一日デートなんて、考えただけでも恐ろしいが、省吾や宮田が受け取ってくれない以上、他に方法はない。
「はぁ・・・とりあえず行ってくるわ。終わったら、省吾んち行くから」
思いっきりため息をついてから、よっと重い腰を上げる。
生徒会室までの最短距離を考えつつ、全力疾走に備えて軽く屈伸していると、ふいに省吾がポケットに手を突っ込んできた。
何だと問う間もなくチョコの箱を取り出したかと思うと、そのまま握り潰してしまう。
「なっ・・・何すんだよ!?うっわ、コレ絶対中身割れてるって」
「散々追い回されて、もみくちゃにされた結果だろ?」
「はぁ?」
「普通、バレンタインに渡すのに、こんなのはないだろう」
ボコボコになった箱を投げて寄越してから、省吾は再び読書に戻ってしまう。
しばし呆然としていた真希だが、ようやく省吾の言っている意味に気がつき、思わず笑みをこぼす。
肝心のチョコがこうなってしまった以上、イベント自体が無効とならざるを得ないだろう。
「なるほどな〜。でも食いモンをそのまま捨てるのももったいないし・・・省吾、持って帰って」
「はぁ?何で俺が」
「もったいないから、帰ってから俺が食う。とりあえず、無効宣言してくるからさ、頼んだぞ!」
重圧から逃れた開放感からか、まさしく風のように飛び出していった真希を止める間もなく。
残された省吾は、しばし呆然と同じく残されたチョコの箱と真希が飛び出していった扉を交互に見回し、深いため息とともに箱をしまいこんだ。



一方、意気揚々と生徒会室へ無効宣言しに行った真希はといえば、チョコを誰かに渡した時点で生徒会コンビが無効など許すはずもなく。
詳細を聞かれた挙句に、”三上省吾へと渡した”ということにされたのだが、元々の近寄り難さと普段以上の不機嫌オーラにより、特に騒がれることもなくイベントは終了した。

結果、多くの真希を本気狙いしていた男どもが、男泣きに泣き、さらに省吾への嫉妬心を膨らませたのだが、その事実を優しい宮田は真希には黙っていることにしたのだった。





10.02.14



  省吾が全く動いてくれず、何だかなぁ。真希は結構、天然入ってるかなと。
  ただ単に、ドタバタが書きたかっただけなのですが、間違った方向へいった感じです(苦笑)






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