たった一つの特別。





女の子のパワーって凄い。
時々、しみじみとそんなことを思ってしまう。
特にそう・・・こんな時期には。


「すご・・・」
目の前の光景を、和宏は半ば呆然と見つめながら思わず呟いてしまう。
いつも以上にきらびやかなお店に並ぶ無数のチョコ。
そしてそれらを求めて集まる、少し興奮した様子の女の子たち。
ショーケースの中を真剣に眺め、差し出された試食に片っ端から手を伸ばす。
しかも大抵が友人と一緒に来ているらしく、どれが良いなどと楽しそうに話している。
そんな様を見ていると、どうしたってあの中に入っていく勇気など沸いてこない。
「・・・コンビニで良いかな」
「まあ秋良にはそれで十分なんじゃない?」
コンビニでバレンタインを意識しまくったチョコを買うのも恥ずかしいが、少なくともここよりは精神的にマシだろう。
そう思って立ち去ろうと決めたと同時に横から聞きなれた声がかかる。
「大塚さん?ビックリした、こんなところで会うなんて」
「私も驚いた。よくここまで来れたわね」
「う、ん。まあね」
実はここにたどり着くまで、公園やファーストフード店などで何十分もためらったとは言えず、曖昧に笑って誤魔化す。
世界のチョコレート展と銘打ったバレンタイン用のコーナーが凄いとクラスメートが話していたのを聞いたのが、3日前。
そんなものもあるのかと妙に感心しながら何気無く聞いていると、女子たちの話は次第に誰にあげるのかということになっていった。
そして、絶大なる秋良の人気を否が応にも目の当たりにすることになる。 陸上部のエースで顔も性格も申し分ない秋良は、確かにとてつもなくもてる。
ただ見ていることしかできなかったあの頃、素直に想いを告げられる女の子たちが羨ましくて妬ましかった。
そんな思いは、想いが通じ合った今でもどこかに残っているらしい。
ようやく想いを告げられるようになった今だからこそ、女の子たちにも負けないちゃんとしたものをあげよう。
聞き耳を立てながら、決意したはずなのに早速挫折しそうな勢いなのが悲しい。
ここに一人で入っていく勇気もなく、かといって手作りなんてできるわけがない。
去年みたくコンビニで、と思ったものの、やっぱりどこかでそれはためらわれる。
「―――・・・大塚さん、お願いがあるんだけど」
もはや縋る気持ちで視線を向ければ、勘の鋭い友人はすぐに心得たとばかりに笑って頷いた。



そうして迎えた当日。
学校中がどこか浮き足立っていて、空気すら違って見える。
秋良といえば朝からひっきりなしに呼び出されていて、授業中以外はろくに姿を見ていない。
こうしていつものように教室で部活が終わるのを待っているけれど、果たして今日は戻ってきてくれるのだろうか。
「あれ?相田くん、まだいたの?」
「あ、うん。沢口さんこそどうしたの?」
「うん、ちょっと・・・あ、そうだ。相田くんって、柘植くんと仲良いよね?」
ふいに何か思いついたのか、妙に真剣な様子の同級生に和宏は嫌な予感がよぎったが、その場から逃げ出すことは叶わなかった。

「―――・・・で、これが問題のチョコね?」
和宏が差し出した小さな包みを見ながら、渚は苦笑する。
「沢口さんも考えたわね。なかなか捕まえられない秋良の代わりに友人へ。しかも秋良にとって相田くんが特別だってことも見抜いているわけね」
妙に感心したように言われても、和宏は何も応えられない。
「お願いっ」と差し出されたチョコレートを、初めはちゃんと断った。
しかし彼女も必死の形相で半ば強制的に押し付けて、引き止める間もなく走り去ってしまったのではどうすることもできない。
秋良から伝言を預かってきた渚が入ってこなければ、和宏はまだ呆然としているところだったかもしれない。
「どうしよう、これ・・・」
「秋良に渡せば良いんじゃない?それから、どうするかは秋良次第でしょう」
さらりと言ってくれるが、秋良が目の前で素直に受け取ってしまったら、それはそれでショックは大きい。
しかも、よりによって自分のと同じチョコなのだから、余計に気は重くなる。
「・・・柘植は受けとるんだろうね」
基本的に女の子に優しい彼のことだから、好意は素直に受けとるだろう。
それが嫌だとは言えないし言わないけれど・・・今までは我慢できてたのに、どんどん欲が出てきたみたいだ。
「和宏、お待たせー」
溜め息を吐いたのとほぼ同時に、ドアが開かれて秋良が駆け寄ってくる。
ちょっと疲れた様子なのは、部活の後だからか今日という日のせいか。
「さて、じゃあ私は先に帰るわ。相田くん、とりあえずヤツは待ち望んでると思うけど?」
「何言ってんだ?あいつ」
なんて秋良は首をかしげるが、和宏には何が言いたいのか十分通じた。
・・・・・・うん、負けてられないよね。
「あの、柘植・・・これ、その、僕から」
今日一日ずっと鞄の中に入っていた包みを差し出せば、見るからに破顔する。
「やべ・・・俺、すっげー嬉しい。ありがとう和宏、大好きだぞー!」
全身で喜んでくれるのは嬉しいのだけど、この後のことを思うと素直に喜べない。
いっそのこと、託されたチョコなどなかったことにしてしまおうかなんて考えがよぎる。
「あとね、これ・・・沢口さんから」
「は?」
「さっき、渡してって強引に頼まれちゃって。断ったんだけどね、間に合わなかったんだ」
どうするかは柘植が決めて?
言いながらも、このまま受け取らないでくれたら良いなんて思う。
チョコを持つ手が、今にも震えだしそうで怖い。
「・・・そっか、悪いな」
しばしの沈黙のあと、スッと手が伸びてきて重みが消える。
分かっていたのに、そのことがとても悲しくて、俯いてしまう。
「嫌な思いさせてごめんな。これは明日にでも俺から返しておくよ」
「え・・・?」
「朝から大変だったぜ、断ってもなかなか納得しないのも多くて。下駄箱とかに入ってんのもあるし。でもまさか和宏にまで行くとは思わなかった」
「・・・なん、で?」
去年は、来るもの拒まずでたくさんもらっていたのに。
向けられる好意にはちゃんと応えなくちゃって言ってたのは柘植でしょう?
頭の中で色々なことが回って言葉がうまく見つからない。
半ば呆然とする和弘に、秋良は思わず笑みを浮かべる。
「だって、俺は和宏だけで良いもん」
「柘植・・・」
「前はさ、やっぱ好かれるのって嬉しいし、ちゃんと応えなくちゃ悪いとか思ってたけど。好きな人かできると、その人のことしか考えられなくなるんだよな」
言ってる意味分かる?と優しく問われて、和宏は思いっきり頷く。
だって、好きな人のことしか考えられないというのは、すごくすごく分かるから。
「和宏からもらえるか分からなかったけど、それでも和宏以外からは欲しくなかった。むしろ、和宏だけが欲しいんだよね、俺は」
「うん・・・っ」
持っていた不安も嫉妬も全部まとめて消し去ってくれる言葉たちに、涙が出そうになるくらい嬉しくて、もうただ頷くしか出来ない。
そんな和宏に秋良は優しく微笑んで、「俺からのチョコの代わり」と甘いキスを送ったのだった。









 1日遅れですが、バレンタイン企画です。またもや秋良×和宏で。
 コンセプトとしては、「たまには格好良い秋良を」でした。でもやっぱり出番少な目(笑)
 この二人も、相変わらず甘々で書いてて恥ずかしいくらいですが、楽しいですv
 ちなみに時間軸としては、付き合って2度目のバレンタインです。一昨年の企画が1度目、今回はその次。
 そんな細かい設定はどうでも良いというか話の中にあまり反映されてないのですが、せっかくなので主張しときます(笑)
 



07.02.15




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