願いごと





笹の葉さらさら。
短冊に願いを込めて。


「まあマキちゃん、すごい似合ってるわ!」
「本っ当、すごい可愛い!」
「嫌だよ、何で俺だけこんな格好なの!?」
「「だって可愛いんだもの」」
喜色満面の母二人による見事なハモりに、必死で抵抗していた真希も言葉を失い、一瞬動きが止まった。

今日は七夕。
せっかくだからとそれぞれの子どもに彦星と織姫の格好をさせようと言い出したのは真希の母だった。
そうと決まれば配役は迷うことなく決まってくる。
分かってはいるが、それでも抵抗したくなるのは男の子としては無理もない話だろう。
「別に省吾が織姫やったって良いじゃないか」
「あら、だってしーくんは可愛いというより格好良いから」
「省吾の織姫も面白いけど、マキちゃんの方が断然似合うものねー」
とにかく盛り上がる母親たちと文句を言いまくる真希を、父親たちは楽しげに見守っているばかり。
それどころか、ちゃっかりビデオやカメラを構えている。
息子たちの晴れ姿?を収めることが最重要課題の男たちにとって、真希の抗議など意味をなさないものなのだろう。
ちらりと視線を送っても、笑顔で手を振ってくる。
いくら子どもだからと言って、その笑顔に騙されるわけはない。真希は瞬時に判断した。こりゃダメだ。
「おいっ、省吾も何とか言えよ!」
「真希の方が似合うだろ」
違う方から攻めようと声を荒げてみるが、涼しい声であっさりと返された。
唯一の味方になりうるはずの、彦星の格好をさせられた省吾はと言えば、若干嫌そうな表情をしながらも大人しくされるがままになっている。
ようは自分が女装させられるわけでないのだから、うるさく言うほどではないらしい。
それならば、嫌なことはさっさと終わらせたいというところだろう。
完全に味方がいなくなった真希は、一人で最後まで抵抗しようとバタバタと暴れてみる。
「ほらマキちゃん、そんなに聞き分けないとお兄ちゃんになったとき笑われちゃうわよ」
二人目をお腹に宿した真希の母は言い聞かせるように言うが、女装している兄の方が笑われるのではないだろうか。
だが大人たちは皆同様に頷いている。
結局、テンションの上がった母二人の力に敵うわけもなく、省吾との2ショットを何枚も撮られるまでに至った。
ちなみに、その年の真希の短冊に書かれた願い事は『男の子らしくなりたい』だった。



「・・・毎年願ってんだけどなぁ」
イベント好きな真希の母は、今年も大きな笹を用意した。
そして子どもたちには短冊を渡して準備に向かい、渡された二人も律儀に願い事を書いている。
真希の願い事は、文面は違えど毎年同じようなものだ。
『高身長』『ごつくなる』『男の中の男』等など、短冊なんてくだらないと口では言いつつも結構本気の願いを書いている。
「叶った試しがないよな」
「うるせぇ、省吾だって同じようなもんだろ」
「俺は毎年叶ってる」
さらりと言ってくれるが、省吾の願い事は『家内安全』『無病息災』といった可愛いげのないものばかりだ。
叶っているといえば確かにその通りだが、真希に言わせればそもそも願い事ですらない。
「今年はもう少し夢のある願い事にしろよな」
「どうせ願うなら現実的な方が良いだろ」
「そういうもんか?てか今年は何にしたんだよ?」
言って、取り上げた短冊に書かれた几帳面な文字に、真希は一瞬言葉を失う。
「これって・・・」
「今一番の願い事」
迷いなく書いたのだろう力強い文字で『現状維持』とある。
「・・・願い事か?」
「そうだけど?」
何か文句でも?と目で問われ、真希は思わず唸ってしまう。
文句をつける気はないが、いわゆる願い事とはかけ離れている気がする。
「なんつーかさ、今までで一番適当な気がするんだけど」
「どちらかと言えば一番真剣だ。現状を維持するのは難しい。真希だって、早起きが続いたのは3日だけだっただろう」
「それは今、関係ねーだろ!てか願い事なんだから、今じゃなくて未来を見ろ、未来を!」
「ちゃんと見てる。・・・人の気持ちは変わりやすいからな」
「は?」
省吾が最後にぽつりと呟いた言葉の意味が分からなくて、真希は少しの間呆けてしまう。
今の話の流れから、まったく関係のないことのような気がするのだが、省吾は意味のないことは言わない。
ただ言葉が足りないだけだから、省吾との会話には想像力が必要になってくる。
ちらりと省吾を見てみるが、自分から答えを言うつもりはないらしい。まるで他人事のようにそ知らぬ顔だ。
仕方がないので、考えることしばし。
ふいに思いつくことはあったが、それはかなり真希にとって都合の良い意味になる。
「・・・・・・省吾。もしかして、それって、俺たちのこと?」
「他に何かあったか?」
つまり、省吾もこのままでいたいって思ってくれている、ということで良いのだろう。
滅多に自分の気持ちを表さない(でも批判やツッコミの時は面白いくらい饒舌)省吾だけに、こういう不意打ちにはすぐに反応できない。
嬉しいんだけど、何かこう妙に照れるというか何というか。
言った本人が相変わらずクールなままなのが、ちょっと腹立たしい。
「は、恥ずかしいこと言うな」
「そうか?」
「つーか、そんなん願わなくたって、俺は今までもこれからも変わんないからな!長年の片想いをなめんなよっ!」
「・・・真希の言葉のが恥ずかしいんじゃないか?」
・・・ええ、ええ、俺もそう思いますよっ。
叫んだ後で猛烈な羞恥心が湧き上がってきた真希は、言い返しても顔を真っ赤にしていて全く威力がない。
本当に喜怒哀楽がはっきりしているなぁと、ぼんやり眺めていたら、その視線をバカにされたと受け取ったのか、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「真希」
悔しそうに、でもどこか嬉しそうに俯いている真希の顔をついとあげて、省吾はそのまま口付ける。
もう何回もしているのに、いまだに真希は唇を重ねた瞬間に少しだけ強張る。
しばらくしてふっと力が抜ける瞬間が実は気に入っているから、省吾としては別に構わないと言えば構わないのだけれど。

「真希ー、省吾くーん!短冊書けたら、飾るから持ってきてー!」

ようやく真希の力が抜け、もう少し深くと仕掛けようと思ったところで、母の大声という邪魔が入った。
「っ、今行くっ!!」
我に返ってしまったらしい真希は、照れているからか大慌てで省吾から離れて、部屋を飛び出していく。

「・・・まあ、もう少し進展しても良いけど」
一人残された省吾はポツリと呟いて、書きあがった短冊を持って真希の後を追った。







08.07.08





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