側にいる人。 |
好きな人が側にいて、嬉しくない人なんていないでしょう? 「拓弥くん、今日はうち寄って行ってくださいね?」 バイト終了後、更衣室でそう声をかければ困ったような複雑な表情が返ってくる。 「・・・恭ちゃん、宮崎さんにまで連絡したんですか?」 少し不満げに訊いてくるのに、あえて肯定的な答えは返さずに笑ってみせると、それだけで十分通じたのだろう軽いため息をついている。 珍しく恭平さんから電話がきたのが昨夜のこと。 仕事が立て込んでいて、もしかしたら泊まりになるかもしれないから拓弥くんを頼むと言うものだった。 先輩は飲み会だと言っていたから、僕に白羽の矢がたったのだろう。 恭平さんの過保護ぶりには苦笑してしまうが、拓弥くんなら大歓迎なので特に僕の方は支障はない。 問題は、少し膨れっ面になっている拓弥くんだ。 「僕のうちに来るのは嫌ですか?」 わざとちょっと悲しげに訊いてみれば、慌てて首を振る。 「まさか。全然そんなことないですっ。ただ、恭ちゃんは俺のこと信用してないのかなって・・・」 「信用してないんじゃなくて、心配してるんですよ」 「だって、俺もう高校生ですよ?」 確かに、高校生にもなって夜に一人で留守番ができないなんてことはない。 それは恭平さんだって、十分分かっているだろう。 だけど、きっと彼が気にしているのは高校生とかそんな年齢的なものじゃなくて。 「拓弥くん、一人の夜は嫌いでしょう?」 すばり訊けば、少しためらってから小さく頷く。 拓弥くん自身は必死で隠しているみたいだけど、拓弥くんを溺愛している周りが気が付かないわけがない。 特に、それを作ってしまった張本人なら尚更だ。 過保護と言われようとも、少しでも不安は与えたくない。 彼らを少しでも知っていれば、笑うことなんてできない、ごく自然な感情。 拓弥くんも恭平さんの気持ちが分かったのか、先ほどよりも大人しくなる。それでも、素直に頷いてくれないのは、彼のプライドだろう。 「実はね、僕も一人はあまり好きじゃないんです。だから来てくれる方が有難いんですけど」 にっこりと笑ってみせれば、少し驚いた顔をしてから笑顔に変わる。 こういうところに恭平さんは弱いのかななんて、自分のことは棚にあげて思った。 夕飯は二人で作って食べて、テレビを何となく見ながらだらけていると、拓弥くんの携帯に電話が入った。 無事に今日中に帰れそうだという恭平さんに、拓弥くんがこのまま残るわけもなく。 迎えにきた恭平さんと二人仲良く帰っていった。 「さて、僕も今日は早く寝ちゃおうかな」 大きく伸びをしながら、何気なく呟いた言葉。 それが妙に大きく聞こえて、思わず広くもない部屋を見渡してしまう。 独り暮らしなのだから、自分の他に誰がいるわけでもない。 さっきまでいた拓弥くんは、見ているこちらまで嬉しくなるような笑顔を浮かべて帰って、今はいない。 テレビも消したから、部屋の中は静まり返っている。 「・・・一人は好きだったんだけどなぁ」 早い時期から一人部屋を与えられたせいか、小さい頃から一人は好きだった。 大学に入って、独り暮らしを初めてからは尚更だ。 なのに、最近はたまに・・・一人でいると胸の奥がザワリと騒ぐことがある。 自分でも何故だか分からないけれど、ふいに誰もいないことが怖くなって・・・妙に不安になる。 一瞬、辺りが暗くなったと思ったら、やけに煩い音が鳴り響いた。 何事かと我に返り、その音が聞きなれたメロディーであることに気が付くとホッと息を吐く。 自分でも気が付かないうちに呼吸すら忘れていたらしい。 息苦しさを紛らわすように一度大きく息を吸ってから、鳴り止む気配のない携帯電話を手にとる。 「もしもし?」 『おー良かった、まだ起きてたか』 聞こえてきたのは、先輩の声。酒が入っているからか、妙に明るい。 後ろからたまに車の音も聞こえてくる。まだ外にいるのだろう。 今は何時なのかと時計に目を向ければ、11時を少し回ったところだ。 「寝ようかと思ったんですけど、この電話で目が覚めちゃいました」 『それは悪かった。いや、良かったか?拓坊は帰った?』 「さっき恭平さんが来て、二人で帰りました」 『そっかそっか。じゃ、ドア開けて』 「はい?」 言ってる意味が分からず間抜けな声を返すと、ほぼ同時に部屋のチャイムが鳴った。 誰かとも確認せず慌ててドアを開ければ、いきなり何者かに抱き締められる。 バタンとドアが閉まった音が響くと、腕の力が少しだけ強くなる。 瞬時に感じる体温は暑いくらいだ。 飲み会後特有の、酒と煙草の匂いも鬱陶しいくらいなのに、その中に微かに先輩の匂いを感じとると何も言えなくなる。 「・・・何、やってるんですか?」 「んー、泰成の確認。なんか消えちゃいそうだったから」 「何言ってるんだか・・・」 「お前さー、俺と何年付き合ってるわけ?」 「・・・まだ一年にもなりませんが」 「まあ、そうだけど。でも俺がお前を見てた時間はもっと長いの。んでもって、俺はお前以上にお前を分かってるつもりなんです」 会話に脈絡がない。 酔っているせいかと思わなくもないが、その口調ははっきりしていて判断が難しい。 すっぽりと包んでいる腕は、離れる気配はない。 回された腕を拒むことも出来なければ、逆にその背に手を回すことも出来ず、ただされるがままになっている。 「拓弥と一緒の時間は楽しかった?」 「・・・ええ、もちろん」 「じゃあ、帰った後は寂しくて仕方なかったんじゃない?」 ・・・・・・寂しかったのだろうか。 正直、よく分からない。 だって、一人は好きだったし。拓弥くんの嬉しそうな顔も見られたし。 「あいつら仲良いのはいいけど、俺たちの前だと遠慮ないからなー。あてられなかった?」 「幸せそうで良いなとは思いましたけど」 「泰成はさ、凄いしっかりしてるし何気に負けず嫌いだから、自分でも認めてないんだろけど。実は結構、寂しがりやだろ?」 そうなんだろうか。 言われてもピンと来ないけれど、何となく納得している自分もいるのは確かだ。 だって、さっきみたいに得体の知れない不安に襲われるようになったのも、先輩が側にいるようになって・・・・・・そして、一人になったときだ。 今、こうして側にいて。直に体温を感じて。 さっきとは違う息苦しさは感じるけれど、胸が締め付けられるような恐怖心は微塵も感じない。 そろそろと腕を伸ばし、少し汗ばんでいる背に触れる。 目を閉じれば、いつもより少しだけ早い先輩の鼓動が聞こえて、すごく心地良い。 このまま、立ったままでもすぐに眠れそうなほどだ。 「あー・・・泰成さん?俺としては今もすごいオイシイ状況ではあるんですが。できれば、もっとゆっくりと味わいたいなぁ、なんて」 耳元で聞こえてきた声に、ハッと我に返って慌てて離れる。 またやってしまったと恐る恐る見上げれば、苦笑しながらも柔らかい表情の先輩がそこにいて。 「心配しなくても、俺はずっと側にいるよ。泰成が逃げても、また追っかけてやる」 「―――・・・じゃあ、全速力で逃げます」 口を開けば、勝手に飛び出てくる我ながら可愛くない言葉たち。 それでも、少しだけ身体をずらして道を作れば、迷わずに部屋に入ってくれる先輩は、やっぱりいつも通りの笑顔を浮かべていて。 (・・・先輩がいてくれて、良かった) 恥ずかしくて、到底言葉には出来ないけれど、ふいに強く思う。 好きな人が側にいてくれて、嬉しくない人なんていないでしょう? 僕だって、例外じゃないんですよ。 先輩は、僕以上に僕のことを分かっていると言っていたけれど、やっぱり全然分かってない。 多分僕は、先輩が思っている以上に、先輩のことが好きなんだと思う。 ―――・・・そんなこと、今の僕には口が裂けても言えないけれど。 07.10.06 10万ヒットありがとうございます!! そんなわけで、投票で一番人気だったカップル・誠一×泰成です。一番人気だった泰成視点で書いてみました。 たまには誠一さんに格好つけてもらおう!と思って書いたのですが、どうでしょう? ついでに、いつもより泰成さんに可愛く素直に語ってもらおうと思ったのですが・・・はてさて(笑) 何はともあれ、10万ヒット&投票ご協力ありがとうございましたー! |