大掃除は真剣に。





「恭平さん。何で俺はここにいるんでしょう」
「お前が勝手に来たんだろ」
「だからって、誰が人んちの大掃除を手伝うはめになると思うよ?」
「恨むならお前の大事な恋人を恨め。そんで口より手ぇ動かせ、手」
年末になり会社も休みに入る前日のこと、「明日は空いてますか?」と泰成からメールが入った。
滅多にあるわけじゃないお誘いを断るわけもなく、打ち上げと称した会社飲みもできる限りセーブしたと言うのに、連れてこられた先は見慣れたマンション。
「二人ともありがとう、よろしくお願いします!」
エプロン姿で満面の笑みを浮かべながら頭を下げる拓弥と、その傍らでニヤニヤと薄く笑っている恭平に、誠一はようやくはめられたと知った。
とは言え、今さら嫌だと言える雰囲気でもなく、頑張ろうと気合いを入れている拓弥と泰成に気付かれないように小さくため息をつくしかなかった。
「大体さ、何で俺らまで手伝わなきゃならんのよ」
「今年は家具の裏まで徹底的にやるって言うからな、労働力は多い方が良いだろう」
「それは良いけどさ。その話が何で泰成経由なのさ」
「宮崎経由なら間違いなく来るからだろう?それに、徹底的に掃除すると言い出したのはあの二人だ」
暦上、休みが少し長くなりそうだと告げた途端、拓弥は普段は手が届かない部分まで大掃除をしたいと言い出した。
その話を聞いた泰成が賛同して手伝いを申し出、さらに誠一にまで飛び火した形だ。
早速開始された掃除は、拓弥と泰成の仲良しコンビが水回りを担当しているため、必然的に誠一は恭平とペアになる。
今日は一日デートのつもりだっただけに、不満は大きくなる一方だ。
恭平は恭平で不満がありそうだが、今の誠一には不平を並べるしか楽しみがないのでそれくらいは付き合ってもらうことにする。

「恭平、こっちのやたら重い荷物は出して良いの?」
「中身なんだ?」
「んーと、写真だな。お、ちっこい頃の拓坊いるぞ」
「写真?そんなとこにしまった覚えはないんだが・・・」
拓弥の名前に釣られたのか、持ち場を離れて誠一の手元を覗き込む。
小さなアルバムには、小学生の拓弥がそこかしこに写っている。
玄関先で振り向いて笑っていたり、椅子の上で体育座りしていたりと、どこかマニアックな感じではあるが、そこは深く追求しないでおく。
「拓坊もランドセル背負っちゃって、可愛いわなー」
「母さんが撮ったやつだな。何でここにあるんだ」
「お前のコレクションじゃないの?」
「俺のは部屋にある。それに、こんな風にポーズはとらせてたのは母さんだ」
「コレクションがあることは否定しないのな」 呆れつつも、昔から無意識に拓弥バカだった男に何を言っても無駄だと妙に納得する。
他のアルバムにはどんなのが写っているのかと軽い気持ちで開いてみると、そこには拓弥の姿はなく、代わりに小学生の恭平が写っていた。
「うっわ、何これお前だよな?」
「そうだけど・・・何で、俺の写真までここにあるんだ?」
恭平のもっともな疑問はさておいて、誠一はページをめくるのに夢中になっている。
母の趣味なのだろう。拓弥同様、どこかの子役モデルのようにポーズをとっているチビ恭平は見ていておかしくて仕方ない。
「お、恭平。こっちは中学の頃のあんぞ。俺も写ってる」
「中1のスポーツ大会か?まだ拓弥に会う前だな」
「お前はホンット拓坊中心思考だよな。あ、この子お前の初めての彼女じゃね?」
「彼女ってほどのもんじゃなかっただろ。悪いけど、名前も覚えてない」
「ひどい奴」
「お前に人のこと言えるか?」
睨まれて、そういや言えないなと今までの自分を振り返ってみる。
でも今は泰成一筋だからと惚気の1つでもしてやろうかと思ったが、それを言ったら恭平の方が年季が入っているのだから何も言わないでおく。
言葉にする代わりに、新しいアルバムに手を伸ばす。
「こっち修学旅行じゃん。あ、これ覚えてるわ。俺が撮ったやつだ」
「改めて見ると、ホント気持ち悪いな」
ちょうどこの時期に彼女が出来たという友人をからかって、二人でカップルの真似をしたのだ。
ベッドの上で誠一がしなだれかかっていたり、ポッキーゲームをしていたり、ふざけたバカ写真ばかり。
ところどころに同じグループの奴らが、同じように笑いながら写っている写真もある。
「よくやったよなぁ。これ、わざわざ上だけ脱いで裸のフリしたんだよな」
「あー、これはまたバカだな。しかしお前はホント良く写ってんな。ここにもいる」
中学、高校とお互い文句を言いつつも一番側にいた友人だ。
さすがに大学時代のものはないが、それまでの学校行事の写真には、必ずといって良いほど並んで写っている。
「なんか、俺とお前の愛のメモリーって感じじゃん?」
「勘弁してくれ、気色悪い」
心底嫌そうな顔をする恭平に、俺だって嫌だと誠一も笑って。
もう何年も前のことなのに、意外と覚えているもんだよなぁなんて二人で座り込んで思い出話に盛り上がる。

「・・・で、お二人はさっきから何を楽しまれているんですか?」
ふいに背後から聞こえてきた声に、二人同時にビクリと肩を張る。
丁寧なわりにブリザードのような冷たさを感じさせる声に恐る恐る振り返れば、にっこりと微笑む泰成の姿。
怖いくらいに綺麗な微笑みだが、その目は決して笑っていない。
そこでようやく、今が大掃除の真っ最中であることを思い出す。
「いや、その・・・懐かしくて、ね?」
「そうですか。いえ、僕は全然構わないんですけどね?」
そのとき、バタンっと大きな音が奥から響いてきた。
何事かと目を見張る二人に、泰成は大げさに肩を竦めて見せる。
「完全に誤解してますから、早く追いかけないとどうなるか知りませんよ?」
その言葉に、束の間二人で目を合わせ、ようやく事態を把握したらしい恭平が慌てて駆け出す。
「拓弥!?」という必死の叫び声と続く扉を叩く音から、どうやら拓弥は部屋にこもったらしい。
掃除をサボっていたくらいで部屋にこもるほど怒るわけもなく、そうすると怒っている理由は・・・
「えーと・・・泰成さん?」
「なんですか?」
「どの辺から、そちらにいらしたんでしょうか?」
「そんなずっと見ていたわけじゃないですよ。そうですね、恭平さんとの愛のメモリーを語り始めたあたりでしょうか」
よりによって一番嫌なところから耳にしてしまっているらしい。
頑張れ恭平、と心の中で親友にエールを送り、さらに自分にもこっそりとエールを送る。
「一応言っとくけど、さっきのは言葉のあやと言うか、俺と恭平の間には友だちという以外何もないからな?」
「もちろん分かってますよ。普段から仲が良いのは、いつも見てますから」
「いや、だから誤解だって・・・」
「あ、今度僕もその写真見せてもらいたいって後で拓弥くんに言っておかないとですね」
「・・・・・・」
さっきから、ずっと笑顔なのが逆に怖い。
口は災いの元、身から出た錆、自業自得・・・
様々な言葉が頭を巡るが、この状況を打破できる方法は思い浮かばない。


結局、拓弥の誤解と泰成の怒りがとけるまでに要した時間は1時間とちょっと。
ちょっとした軽口から、拓弥と泰成の疑いの眼差しに加え、恭平の恨みまで買った誠一は、来年はもう少し口を慎もうと心に決めて残りの掃除を再開させた。
実際にそれが実行できたかどうかは、また来年のお話。







08.01.01




   大掃除の話ではありますが、あけましておめでとうございます。
   本文中には出せませんでしたが、見つけ出された写真は恭平母が持ち込んだものです(笑)
   拓弥がひとりで寂しいときに眺めては楽しんでいたものになります。
   二人がふざけあっている写真が、よもや愛のメモリーとは思わなかったかと。実際違うわけですし。
   こんな感じで、この4人は今年も仲良く過ごしていくと思われますので、皆様よろしくお願い致しますv





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