二人の時間と、煩悩と |
除夜の鐘には、煩悩を取り払う力があるらしい。 それならば、俺の理性が飛ばぬうちに、さっさと取り払ってもらいたいものだ。 「でも、まあ良かったなー、拓坊」 「うん、ありがとう誠一さん」 一応、心配をかけたわけだしと電話で誠一に話したところ、じゃあ今度お祝いしにいくわとやけに楽しそうな声で言われたのだ。 そして今日。仕事が長引き、大晦日になってようやく休暇が取れた日。 大掃除なんて無視して、二人でゆっくり過ごそうと考えていたというのに、憎たらしいくらいの笑顔とともに朝っぱらからの来訪。 誠一のことだから、わざとこの日この時間を狙ったのだろうけれど。 悔しいことに拓弥も誠一に懐いているもんだから、少しも嫌がらず、むしろ楽しげに談笑している。 「しかし、出会った頃はまだ小学生だった拓坊がねぇ。お兄さんは嬉しいような悲しいような。もう恭平だけの拓弥になっちゃったわけだ」 「そんなことないよ。だって、誠一さんも好きだよ?」 「嬉しいことを言ってくれるねぇ、拓坊は」 言うと同時に、誠一はガバっと拓弥に抱きつく。 昔からこういった接触が多かったため、拓弥も嬉しそうにそれを受け止めていた。 ・・・拓弥は無意識だろうが、誠一は絶対にわざとやっている。 わざとらしい振る舞いと、こちらを見る目が、それを全て物語っている。 あのやろ、覚えてろよっ。 拓弥の手前、無下に誠一を追い出すことも出来ず、恭平はソファに座って二人を眺め、心中で毒づいた。 拓弥と結ばれてから1ヶ月。 これからは新婚並の生活を送ろうかと思ったが、急に態度は変えられないらしい。 いや、俺としてはすぐにでも変えられるのだが、問題は拓弥だ。 とにかく拓弥は俺が近くにいるというだけで嬉しそうに笑うので、そうそう盛ってもいられない。 元々、家族としての付き合いが長かったせいか、警戒心が全くといってよいほどない。 俺が避けていたせいで、ずっと寂しい思いをしていたからか、近くには寄ってくる。 だけど、それだけなのだ。その先の、いわゆる恋人としての甘い空気は感じられない。 つい先日のクリスマスだって、結局二人でケーキを食べただけで終わってしまった。 ・・・まあ、ずっと拓弥が嬉しそうに笑っていたので、それはそれで良い。 それよりも、今目の前で繰り広げられている状況をどうにかする方が先だ。 「・・・拓弥」 「ん?何、恭ちゃん」 「悪いけど、コーヒーでも入れてきてくれないか。誠一の分も」 「あ、そっか。ごめんね、気が付かなかった。今すぐ入れてくるから」 恭平の言葉に素直に従って、ようやく誠一の腕から離れる。 パタパタと台所に向かっていくのを見送ってから、恭平は大きく溜息をついた。 「あらまあ、随分と余裕のないようで」 「うるせぇ。大体、お前が邪魔しにきたんだろうが」 「だって、俺も拓坊好きだし。お前ばっかり楽しませちゃ何でしょうよ?」 にやっと笑う誠一に、何を言っても無駄だと脱力する。 「まあ、拓坊も楽しそうに笑ってるし、良かったんじゃね?」 俺が避けてた決して短くない時間、拓弥はどれだけ涙を流したのか分からない。 だからこそ、これからはもう泣かすようなことはしたくない。拓弥はやっぱり笑ってる方が似合ってるから。 とはいえ。・・・俺の腕の中では泣いてもらいたいと思ってしまうのも、男の性で。 「・・・お前のこと、とやかく言えないかもしれない」 「俺?ああ、昔お前がよく言ってた、ケダモノってやつ?」 「そう」 「それ聞くのも久しぶりだけどな。・・・まあ、俺もまさか恭平がいきなり襲っちまうとは思わなかったわな」 そして遠慮なく笑われるのに、一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、拓弥が戻ってくる気配を感じたのでグッと堪える。 「お待たせー」 「おう。ありがとうな、拓坊」 何事もなかったかのように拓弥から受け取ったコーヒーを飲む誠一を見ながら、恭平は必死で心を落ち着けることに集中した。 「どうしたの、恭ちゃん?」 ふいに訊かれたのは、誠一が帰ってしばらくした後。 突然何事かと視線を拓弥にやれば、心配そうな表情が目に入る。 「どうしたって、何が?」 「何か機嫌悪そうだから。具合悪い?」 「・・・お前が誠一ばかり構うからだろ」 ちょっと拗ねてみせれば、少し驚いた様子をみせてから、おかしそうに笑う。 「妬いた?」 「知るか」 我ながら大人気ないと思いながらも、わざと拓弥から視線をそらす。 すると、後ろから拓弥が抱きついてきた。そして、しばらくクスクスと笑いを零す。 「・・・こんな風に、今日を過ごせる日がくるなんて思わなかったな」 しばらくしてから小さく聞こえてきた言葉に、身体の向きを変えて視線を送ると、拓弥は小さく笑って続ける。 「小学生の頃は、一人が当たり前だったし。中学に上がってからは、川崎の家で暖かい時間もらったけれど」 それでも、どこかで遠慮があった。年越しという記念すべき日に、他人の自分がいて良いのかと。 「・・・そんなこと思ってたのか?」 「ちょっとだけね。今はそんなこと、全然思ってないよ。俺にとって、家族はやっぱり川崎家の人たちだから」 それに、今は恭ちゃんが側にいる。 本当に嬉しそうに笑う拓弥に、恭平は堪えきれない愛しさが込み上げてくる。 「・・・拓弥が側にいたら、除夜の鐘も意味ないな」 意地悪く言えば、しばらくして意味が分かったのか顔を真っ赤にする。 それでも背に回された手が離れないのをいいことに、恭平はそっと拓弥に口付ける。 遠く聞こえ始めた除夜の音など綺麗に無視して、久しぶりの恋人の感触に酔いしれる。 そして、そのまま拓弥をそっとベッドへと押し倒した。 自分勝手な想いで大切な人を傷つけた自覚は十分すぎるほどあるから。 これからは、誰よりも大切に愛していきたいと思う。 出来ることならば、いつでも側にいて。 来年も、その次も、こうして一緒に年を重ねていけるように。 そう想いをこめて、祈るように隣で眠る恋人の頬に静かに口付けた。 年越し企画として、恭平×拓弥の大晦日です。 誠一が出張りすぎて思ったより甘くなりませんでしたが、まあ彼らの日常はこんなもんです。 私の中で、どんどん恭平がヘタレになってきてますが(笑) 彼らは来年もまだまだ書いていきますので、共々よろしくお願いいたします。 では皆様、良いお年を・・・ |