夏 祭 り 。 |
「夏祭り?」 『そう、今度の日曜。和宏が何も予定なかったら一緒に行かない?』 受話器越しに聞こえてくる明るい声に、高まる鼓動が伝わってしまわないかと不安になる。 高2の夏、片想いも2年目に突入しようかというところ。 夏休みを前にして、友だちである柘植からの誘いは驚くほど増えた。 今までは学校内ではよく一緒にいたけれど、外で会うことなんてほとんどなかったのに、買い物や映画など誘われては出かけて行っている。 夏休みに入ってからはそれもなくなるのかと思ってたけど、今みたいに電話で誘ってくれたり、遊んだあとに次の予定をたてたりして、会う回数は減ることはない。 休日は家でのんびり過ごすことが多い僕の変化に、母親は「良い友だちができて良かったわ」なんて喜んでいる。 実際のところは、一番喜んでいるのは僕自身だ。 誰だって、好きな人から誘われたら嬉しいものだと思う。 断ることなんて当然ないから、柘植も誘いやすいだけなのかもしれない。 たまたま誰も付き合う人がいないから誘ってくれてるのかもしれないけど、それでも叫び出したいほど全身は歓喜で震えるのだ。 もちろん、バレないように必死で平静を装うけれど。 「特に予定ないけど・・・僕で良いの?」 『ダメなら誘わないって。じゃあ日曜な!せっかくだから浴衣でも着ちゃう?』 「柘植が着るなら良いよ」 電話口で笑いながら待ち合わせの場所を決める。 常に誰か彼女がいる柘植が、夏祭りのこの時期一人だったことが嬉しくてたまらないことを、必死で隠しながらも僕は日曜を指折り数え待っていた。 「おー、似合うな」 「・・・柘植の嘘つき」 夏祭り当日、待ち合わせ場所に現れた柘植は私服だった。 確かに絶対に着てくると約束したわけじゃない。 だけど、もし柘植が着ていたらと思うと一人で私服は悪い気がしたから母親に頼んで出してもらったのに。 「悪かったって。いざ着ようと思ったら、丈があわなかったんだよ」 ・・・着ようとは思ってくれたんだ。 それだけで、じゃあ仕方ないかなんて思ってしまうのだから、どうしようもない。 それに、せっかく二人で来たのに嫌な雰囲気にしたくないし。 「よしっ、射的やろう!お詫びに和宏が好きなの取ってやる」 許すと口にする前に、自信満々に言う姿がおかしくて思わず吹き出すと、柘植も楽しそうに笑う。 結局、弾は掠りもしなくて、代わりに僕の手の中には買ってもらったリンゴ飴。 今度は金魚すくいでリベンジだと燃える柘植は、まるで子どもみたいだ。 人の多さも茹だるような暑さも気にならないほど、柘植との時間が楽しくて仕方ない。 「お、あれ松山じゃね?」 ふいに柘植が指差した方を見ると、遠くに女の子と歩いている同級生の姿が見えた。 「へー、あいつ彼女いたんだ。ここで俺らが声かけたら驚くだろうな」 面白そうに言って、そのまま本当に彼らのもとへ向かいそうな柘植を僕は慌てて止める。 「せっかくなのに、邪魔しちゃ悪いよ」 「そっか?・・・まあ、それもそうか」 さりげなく柘植を止めて、見つからないようにと移動する。 すっかり失念していた。知った顔がいてもおかしくはないのだ。 見られたとき、どう思われるだろう?友だちなら、別に不自然じゃないかな? 改めて周りを見れば、やっぱりカップルや家族連れが多い。 男二人なんているのだろうか?しかも一人は浴衣で。 やっぱり変に見えるだろうか? 気に始めると、すれ違う人みんなが変な目で見てきているような気がしてしまう。 ・・・柘植は僕といて、嫌な思いしてないのかな。 「・・・・・・柘植さ、彼女と来なくて良かったの?」 「何で?別に今はいないし」 「うん、でも・・・柘植が誘えば誰でも来てくれるんじゃないかなって」 実際は、女の子に告白されるから付き合うという柘植が、自分から誘うなんてことはないだろうけど。 「好きでもない女と来ても疲れるだけだって。それに、俺は和宏と来たかったの!」 キッパリと言われるのに、頬が熱くなるのを感じる。 自然ににやけてしまいそうな顔を隠すために俯けば、誤解したのか少し抑えた声が頭の上からする。 「和宏は、つまんない?」 「そんなことないっ!」 思わず叫んでしまって、今度こそ気のせいじゃなく周りから注目を浴びてしまう。 それは一瞬だったけれど恥ずかしくて、再び俯いた僕に柘植が明るい声を落とす。 「そっか、なら良かった。じゃあさ、来年も一緒に来ような。今度こそ俺の浴衣姿を見てもらうからな」 ・・・来年も一緒に、って思ってくれるんだ? ねぇ、柘植は知らないでしょう? そうやって笑いかけてくれるだけで、僕がどれだけ嬉しいかなんて。 友だちとしてでも、側にいることを許されてる。 それがどれだけ幸せなことかなんて。 「そうだね、また来年も来たいね」 今度はもう隠すこともせず、素直に笑って本心から言う。 来年もちょうど柘植に彼女がいなければ、またこうやって一緒に歩けるかもしれない。 この想いを隠し続ければ、きっと友だちのままでいられるから。 「何で浴衣着てこないんだよ」 「ご、ごめん。また一人だったら恥ずかしいと思っちゃって・・・」 「去年言ったじゃん。来年は俺の浴衣姿を見せるからって。それに和宏の浴衣、すごい良かったのに」 ぶつぶつ言いながら少しだけ先を歩く柘植にどうにか追いついて、改めて立ち姿を見てみる。 ・・・やっぱり、柘植は格好良いなぁなんて思ったりする。 それが顔に出てしまったのか、柘植は嬉しそうににんまりと笑う。 「まあ去年は和宏だけに着させちゃったしな。よしっ、じゃあ来年こそは二人で着ような!」 「えっ、来年はもう二人とも私服で良くない?」 去年よりもずっと近い場所で、今年も二人で来れた夏祭り。 自然に来年の約束ができることが、凄く凄く嬉しくて。 「ダメだ、俺は和宏の浴衣姿を堪能したいの!」 恥ずかしげもなく言い切る柘植に、顔が赤くなるのは隠せない。 一緒になら着ても良いかななんて思ったのは、悔しいから来年まで言わないでおこう。 久しぶりに健気受けが書きたいなぁと思ったので、付き合う前の和宏を出してみたのですが。 結局仲良しさんでした。柘植くんはもうどうあっても和宏が大好きみたいです(笑) |