線香花火 |
「津山さん、花火やりましょう!」 電話口から聞こえるやたら明るくのんきな声に、何だと思いながら外に出れば、花火セットを抱えた塚原がにこにこと手を振って近付いてくる。 「どうしたんだ?その花火」 「さっき行った商店街のくじ引きで当たりました」 とりあえずの疑問を口に出せば、あっさりと返される。 その答えに、そういや夕方頃に買い出しに行かせたなと思い出す。 会社の部内旅行。そうなると大抵一番の下っぱがパシリにされるものだ。 現に塚原はすでに二度も買い出しに走らされている。 だが、それをあまり苦に思ってなさそうなあたりが塚原らしいというか何というか。 「せっかくなんで津山さんと二人でやりたいなぁなんて」 それでわざわざ電話してきたのかと少し呆れ気味に思うが、あまりにも嬉しそうに笑いながらいそいそと準備をすすめる塚原を見てると何も言えなくなる。 それどころか少しくらいは付き合ってやるかという気持ちが生まれてくるのだから我ながら不思議な感じだ。 まあ、せっかく夏だし。旅の恥はかき捨てともよく言うし。 煙草に火をつけながら適当な岩の上に座ると、塚原はまた嬉しそうに笑う。 「ちょっと待っててくださいね、今火をつけますから」 ご丁寧にろうそくまで立てている。 別に二人でやるんだから各々ライターでつければ良いんじゃないかと思うけど、それを口に出したら「それじゃあ格好がつかないですよ」と返された。 いや、そもそも男二人で花火って時点で格好も何もない気がするんだが・・・ 「はい、どうぞ」 そんなことを思っているうちに、ようやく準備が終わったらしい。 そうして渡された花火に、これもまあ付き合いだろとまるで自分に言い聞かせるようにしてから、わざわざろうそくから火をつける。 瞬間、弾ける光。 男二人で花火なんて・・・とやっぱり思わなくもないが、花火自体はさすがに綺麗で見入ってしまう。 「綺麗ですねー。なんか夏って感じで」 「・・・まぁな」 花火なんて何年ぶりだろうか。 昔は兄貴と一緒によくやったものだが、いつからかやらなくなった。 やる機会がなくなったと言うのもあるが、なんだか花火くらいで騒ぐのも馬鹿らしい、そんな気がして。 それが大人になるってことなのだろうか。 「はい、津山さん」 にこにこと笑顔を絶やさず新しい花火を差し出してくる塚原を見ながら、こいつの純真さが少し羨ましく感じる。 ちょっと感傷的になってた俺が馬鹿みたいじゃないか。 「あー、俺は見てるから良いや。お前やれ」 「そうですか?じゃあ良く見ててくださいね」 そう言って次々に花火に火をつけていく。 火はあたらない、でもきちんと見えるような位置で楽しそうに光を踊らす。 なんだが眩しい。 それは花火の光がか、それとも・・・塚原の楽しそうな顔がだろうか。 「あ・・・」 なんだかまともに見れなくて思わずうつ向いた視線の先に、線香花火の束が見えた。 思わず声をあげると、すかさず塚原が反応する。 「津山さん、それ好きなんですか?」 「昔はよくやったなぁって。好きっつうか懐かしい」 「よし、じゃあやりましょう!」 どこまでも楽しそうに。 いそいそと用意をすすめるのに、また懐かしさが込みあげてくる。 飲みすぎたのかなぁ・・・田中さんがどんどん注ぐから。 感傷的になるのはきっと酔ってるせいだ。 そう、今この時もどこか楽しく思えるのも、酔っているから。 そう思ったら、何だか本気で今の状況が楽しくなってきた。 「・・・昔さぁ、玉取り合戦しなかったか?」 「え、なんですか?それ」 ふいに思い出された懐かしい遊び。 誰もがやっていたものだと思っていたのだが、塚原の反応を見るとそうでもないらしい。 「線香花火ってさ、しばらくすると中心に玉みたいのできるだろ?あれをぶつけて取り合いすんの」 あれを教えてくれたのは父だったか兄だったか。 相手のをうまく取れれば良いが、取られたり相打ちしたりして玉が落ちてしまえばそれで終わり。 なかなか悲しい遊びだよな、なんてしみじみ思い出す。 ・・・・・・負けてばかりだった気もするし。 「へー、面白そうですね」 「・・・やってみるか?」 そんな誘い文句を口にしたのは、塚原以上に俺がやりたかったからかもしれない。 加えて、塚原が断ることはないなんていう思いもあった。 実際に、塚原はまた笑顔を浮かべて「はい、やりたいです!」なんて言うし。 ホント単純なヤツ。って、だから何でそんなに嬉しそうに笑うんだよ。 「あっ、くそ・・・あーもー、またかっ」 ちょいちょいと津山さんの花火にぶつけた瞬間に落ちてしまった光の玉を見て、津山さんはまた叫び声をあげた。 これで俺の5戦5勝。 意外に簡単かもなんて思いながら津山さんを見れば相当悔しいのだろう、普段からは想像できないくらいにムキになってる。 何やかんやで花火に付き合ってくれたり、さらには積極的にこんな遊びまで教えてくれたりと嬉しいことこの上ないわけだが、さらにはこんな一面まで見られるなんて。 商店街のくじ引きと俺のくじ運、さらに買い出しに出してくれた先輩たちにも感謝しなくちゃだ。 「くっそー、塚原お前はじめてじゃなかったのかよ!?」 「はじめてですよ。ほら、あれじゃないですか?ビギナーズラック」 そんなものが花火に通用するのかと思いながらも、津山さんの機嫌を損ねたくはないので言ってみる。 やっぱり納得はしてないようで、燃え付きた花火を睨みつけて小さく唸っている。 ・・・ちょっとこの姿は可愛すぎる。 「何笑ってんだよ?」 「笑ってないですよ〜」 にやけてしまってはいたかもしれないけど。 「よし、塚原。次の勝負は何か賭けるぞ!」 「へ?」 「お前に負けっぱなしってのが気にくわない。俺は勝負事になれば強いからな、次こそ勝つ!」 確かに夕飯代をかけての麻雀とかで津山さんが負けたことってないかもしれない。 にしても、ここまでムキになるなんて。 滅多に見れない姿だからなぁ、よく見ておこう。 「良いですけど何賭けます?」 「あー・・・そうだな、負けた方が勝った方の言うことをひとつだけ何でも聞くってのでどうだ?」 「・・・何でも?」 「何でも!」 力いっぱい復唱し、さらに男に二言はないとガッツポーズまでしてる。 そんな津山さんに顔が自然とにやけるのをどうにか抑えて、二人ろうそくを囲むように座る。 花火の先に同時に火をつけて、小さな光がパチパチと鮮やかに育っていくのをじっと待つ。 負けず嫌いな津山さんは、今回こそ勝とうという気持ちでいっぱいなのだろう。 今まで以上に、真剣な眼差しで花火を見てる。 それを俺は横目で盗み見しているわけだけど・・・・・・ ・・・整った顔してるよなぁ。 決して女顔というわけじゃない。どちらかといえば男性的な顔なんだと思う。 でも、俺にとっては可愛くて仕方ないんだから不思議なもんだ。特に笑った顔なんてたまらない。 今見てくれてんのが、花火じゃなくて俺だったらな・・・ こんなに真剣に見つめられたら、一瞬で溶けてしまうかもしれないけれど。 それでも許されるなら、その目で見つめて欲しい。 そして、そのままキスとかしちゃったり・・・――― って、何考えてんだ俺っ!ああ、でもこの勝負に勝ったら何でもしてくれるって言ってたし。 ならキスとかお願いしちゃっても良いのでは!?それともデートに誘うとか!! 我ながらバカだとは思うが、俄然やる気が出てきた次の瞬間。 「あ・・・」 ―――・・・・・・落ちた。 「よっしゃ!」 「えっ、ちょっと、嘘っ!?」 「何が嘘だよ。俺がぶつけた時に動いたら、そりゃ落ちるって。花火にでも見とれてたのか?」 いやいや花火ではなく、津山さん。あなたに見とれてました。 むしろ花火なんて目に入ってなくて。それどころか頭の中では妄想が広がってたわけで。 って、そんなこと口が裂けても言えないけれど。 「ま、何にせよ俺の勝ちな」 心底嬉しそうに言われるのに対して、俺は心の奥底から深いため息。 花火とともに、俺の夢も潰えた。 「あぁ〜・・・でも確かに負けは負けです。じゃあ俺は何したら良いですか?」 未練を残しつつも訊けば、津山さんは少し考えて、それから一言。 「また花火、付き合え」 「・・・・・・」 「んだよ、嫌なら別にっ」 「い、嫌なわけないじゃないですか!いつでもやります、どこにでも飛んでいきます!!」 まさかそんな命令がくるなんて思っていなかったから、一瞬フリーズしてしまったが、すぐに勢いよく叫ぶ。 だって津山さんからのお誘いで。少し微笑ってたし。 津山さんは言ってから照れたのか、拗ねたようにそっぽを向いてがしまったが、それでも満足げに小さく頷いてみせてくれる。 俺を有頂天にするには、十分すぎるわけで。 「・・・花火は、お前が用意するんだからな」 「たくさん買ってきます!」 「ほら、とりあえず続きやるぞ、続き。まだ終わってないんだからな」 「はいっ!津山さん、大好きですっ!!」 「・・・・・・それは今関係ないだろ」 分かっちゃいるけど、言いたくて仕方なかったんです。 あーもー、ホント津山さん可愛すぎ! くじ引きに感謝しきれないほど感謝しながらも、残りの花火と津山さんとの時間を堪能すべく再び花火に火をつけた。 ちなみに、その後の玉取り合戦の結果は、俺の圧勝。 旅館に戻ってから俺は、機嫌を損ねた津山さんの命令で超ザルの田中さんに一晩中付き合わされることになったのだった。 ・・・・・・これも、まあ良き夏の思い出? 06.08.24 残暑お見舞い申し上げます。 予定よりも大幅に遅れました(8月1日にアップするつもりでした)が、気が付けばもう残暑に。早いですね。 今回は塚原くんと津山さんで。相変わらずな二人です。進展してんのかしてないのか(笑) ちなみに、「玉取り合戦」は小さい頃よくやった遊びです。名前は今回勝手に命名しましたが。 やったことあるよ!という人はご一報ください。私が喜びます(笑) |