特効薬





好きな人が、会いたいと言ってきたら、どんなに忙しくても時間を作るだろう。
ましてや、それがようやく捕まえた恋人の言葉なら、なおのこと。
だけど俺の恋人は・・・どうにも素直じゃない。






「しばらく会いません」

珍しくも泰成から送られてきたメールは、たった一言。
一瞬、別れの言葉かと焦ったが「しばらく」とあるから違うのだろう。
ホッと息をついて、それからすぐに電話をかける。
5コール目に留守電に代わり、もう一度かけたときには電源が切られていた。
やれやれと溜め息をついて携帯をしまう。
仕事が忙しくなり始めたのは、今週になってから。
連日、早くて帰りは11時だし、休日出勤も半日とは言えやらされた。
貴重なデートの邪魔しやがってとブチブチ言いながらさっさとすませて会いにいって。
顔見ただけで疲れが癒される。
そんな自分に笑っていたのは、つい昨日のこと。
そして一夜明けてみれば、突然こんなメール。
「まーったく何考えてんだか」
ぼやいてみるが、あいつが何を考えているかなんて、分かりきっている。
仕事が忙しい俺に遠慮した。
まあ、そんなところだろう。
そもそも、あいつから「会いたい」とか「好き」とかそういった言葉を聞いたことはないけれど。
それでも俺と会うことを楽しみにはしてくれている。
それくらいの自惚れはできるようになっていた。
そして、それがどんなにも嬉しいことか・・・きっとあいつは想像もしたことがないのだろう。

「見てもくれないかもなぁ・・・」
一度しまった携帯を取りだし、メール作成画面を開く。
慣れた手つきで送信先を指定し、続けて一言だけ本文に打ち込む。

「お前がいないと何も手がつかない」

会えないからって仕事を放り出すほどガキでもないけど。
送った言葉に嘘はない。

ふと思い立って、続けてもう一通送信する。

「だから、夕飯作って待ってて。あ、しょうが焼き食べたいな」

素直じゃないけれど優しい恋人は、メールを見たら少しためらいながらもきっと来てくれるだろう。
そして、「食べないと倒れるから」とか強がりを言うのだ。
たやすく想像できて、思わず笑ってしまう。
ひとまず夜を楽しみに、俺は残りの仕事を片付けるべくデスクに向かった。




根性でキリの良いところまで終わらせて、帰宅したのが10時前。
部屋の鍵を開けた瞬間、目に飛び込んできた靴に笑みを深める。
「・・・おかえりなさい」
目の前には気まずそうに出迎えてくれる泰成。
部屋の奥に視線をやれば、机の上には食器が並んでいる。
「来てくれたんだ」
「・・・何も食べないと体に悪いですから」
予想通りの言葉に、吹き出しそうになるのをグッとこらえる。
「そうだよな。いつもありがとう」
にっこりと笑みを向ければ、相変わらずの困った表情。
少しは素直になってくれても良いのにと思う反面、自分にだけ見せてくれる感情が嬉しく思えるのだから、俺も大概どうしようもない。
ゆるむ頬を止められないのも、仕方のないことだろう。
「とりあえず食べてください。作ったらすぐ帰りますから」
「何で?」
「何でって・・・疲れてるんだから早く休まないと」
「俺言ったよな、お前がいないと何も出来ないって」
訊けば、少しの間を置いて小さく頷く。
「だから側にいてくれないと満足に休めないわけ。分かる?」
何も言わないままの泰成を抱き寄せて、そのまま軽く口付ける。
「一番の癒し効果だな」
「っ・・・ご飯作りますねっ」
妙におとなしいので雰囲気に流されてくれるかと思ったが、そう思い通りには行かず。
我に返った泰成は慌てて離れてしまう。
その様子がおかしくて、つい吹き出してしまえば軽く睨まれた。

「・・・お疲れ様でした」

しばらくして、小さく背中からかけられた声。
慌てて振り向けば、少し顔を赤めて俯いてる姿が目に入る。
素直じゃない恋人が、たまに見せる素直な一面。
そんなちょっとしたことで、幸せになれる単純な俺。

・・・やっぱり側にいてくれるだけで癒される。

そう改めて思ってしまったら、あとはもうどれだけ睨まれても、自然と緩む頬を止めることは出来なかった。








05.09.30




   連載中の話があれど、どうもほのぼのした話が書きたくなりまして。
   誰で書こうか迷ったのですが、今回はいまいち甘くなりきれない二人に白羽の矢を(笑)
   書いてみたら意外とほんわかムード放出で、書いた本人が一番びっくりしてます。
   でもまあ、宮崎さんがちょっと可愛いんで、結果オーライv←親ばか(笑)






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