変わるもの、変わらないもの





「卒業おめでとうございます」

今日一日で何度聞いただろう。
4年間なんてあっという間で、正直実感なんてないし。
大人数で行われる卒業式もざわざわと静まる気配はなく、厳かな雰囲気なんて全くない。
学長だか理事長だかの祝辞を聞いてるヤツなんてほとんどいないし、聞こうにも周りの雑音が多すぎて言葉として認識されない。
「新生活を向かえるに辺り・・・大学の卒業生であることを誇りに・・・・・・」
かろうじて理解できる言葉は、どこまでも陳腐だ。

「・・・何か変わるのかね?」
ふいに隣で恭平が呟くのが聞こえた。
意味が掴めずに視線を送ると、それに気付いた恭平が肩をすくめる。
「卒業式が終われば、大学生活も終わりだ。でも何が変わると思う?」
繰り返し言う恭平は皮肉げに笑みを浮かべる。
その仕草と弱く光る瞳で、何を言いたいのかを悟る。
恭平が、弟のような存在である拓弥への想いを抱えて苦しんでいることは知っている。
想いを告げることもできず、その結果想いとは逆に冷たくしかできない。
近くにいるから辛い。
だからと言って離れることもできない。
想いはどこまでも堂々回りだ。

「・・・きっかけくらいにはなんじゃねぇの?」
ふいに出た言葉。
自分でも意識せずに、不思議なほど自然に発していた。
「何?」
「式が終わったって、きっと何も変わらない。だけど、変わることはできるだろ?」
見てるだけで何もできないが、だからこそ思う。
お互いがあと少しだけ素直になれば、二人の問題は解決するのではないかと。
「・・・学校行事なんてくだらないと言い切るお前が、今ここにいる理由もそれか?」
「んー・・・俺の場合は、ただの未練かな」
大学時代を振り返ってみても、大した思い出もないから特に感慨もない。
だけど、一つだけ。
1年半前から抱えたまま引きずる想い。

『二度と僕の前に現れないでっ・・・!』

あまり感情を荒だてないあいつが、叫び残した最後の言葉。
忘れることなんてできない。
何度諦めようとしても、そのたびに同じところに舞い戻る。
・・・もう一度だけでも、会いたい。
「あいつがこんなとこ来るわけないのにな」
思わず出る自嘲の笑み。
気が付けば長ったらしい祝辞は終わり、どんな基準で選ばれたのかも分からない在校生代表の送辞に入っている。
あとは卒業生の答辞で式も終わりだろう。
「お前はさ、見つけたらどうすんの?」
「さぁ・・・どうするかな?会えたときに考えるよ」
どうしたいとかは正直分からない。
会って何を言うつもりなのかすらも分からないのが正直な気持ち。
それでも会いたいと思う。
「・・・見つかると良いな」
小さな呟きはたぶん無意識のもの。
だから気持ちだけもらって、あえて無視した。
「そういうお前はどうすんだよ。側にいるだけマシだろ?お前次第でどうにでもなる」
「・・・それは、どうかな」
「きっかけでも何でも、利用できるもんは利用しとけ。ようはこじつけだろ」
答辞も終わり、おざなりな一同礼で式が終わる。
俺も恭平も、その後は特に何も言わず、周りに倣って会場を後にした。






誠一が泰成を見つけるのが、このすぐ後。
恭平が拓弥と想いが通じあうのが、それから約半年後のこと。

「あのとき俺が言った通り、やっぱり変わっただろ?」
「あのとき?」
「大学卒業んとき」
「ああ・・・それは別に卒業と関係ないだろ」
袴姿が目立つ店内で、偶然にも会った恭平と向かい合ってコーヒーを飲みながら笑いあう。
「そうか?でもまあ、良い方に変わっただろ?」
視線の先には、今は店員である泰成と拓弥の姿。
一生懸命働いているが、その顔には笑みが浮かんでいる。
恭平が言うように、ただ時期がきただけなのかもしれないけど。
それでも確かに変わったこと。もちろん、ただのこじつけであったとしても。
「まあでも、お前との腐れ縁だけは変わらないな」
ふいに溢された言葉に、思わず吹き出してしまう。
「卒業くらいで切れる縁じゃないってね♪」
からかうように言えば嫌そうな顔はされるが、その口から否定の言葉は出てこない。
それが妙に嬉しいなんて、俺も年とったのかもしれないと思う。


変わったもの、変わらないもの。
明確に分けることなんてできないけど、それでも『今』が幸せなら、それで良かったんじゃないかなんて思う。
「・・・先輩、何笑ってるんですか?」
脇を通りすがりに声をかけられて、それだけで嬉しくなる。
「んー・・・内緒」
何だかおかしくて思わず笑い出せば、泰成は怪訝な顔を、恭平は呆れた顔を見せる。
きっと後には拓弥が何の話をしてたのだと訊いてくるだろう。
ただ、そこに在るもの。
それが嬉しいなんて、俺も大概、幸せな人生を送ってんのかもしれない。







06.03.24




   先日行われた卒業式に参加したのは良いですが、あまりにつまらなかったために妄想した結果です(笑)
   あー、何か卒業やら卒業式やらの話もありだよなー・・・
   でも、うちに卒業なんて関係あるキャラいないしなぁ・・・
   そんな思いのもと、今回の白羽の矢は誠一&恭平の腐れ縁コンビに。
   ここまで卒業式が似合わないのもどうかと思ったのですが、時期はちょうど二人とも悩んでるときだったのでv

   何はともあれ、卒業を迎えた皆様、おめでとうございます!!





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