9:00 智と麻斗の場合 |
「あー、休講か」 無情にも休講の知らせが貼られた掲示板の前で、麻斗はがっくりと項垂れた。 1限の突然の休講ほど悲しいものはない。 もちろん休みは休みで嬉しいのだが、それは前もって伝えてもらったものに限る。 先に分かっていたら、もっとゆっくりと寝てこれたのに。 しかも2限は元々空きなので、昼休み明けまで時間が空いたことになる。 時間にして約4時間。さて、どうして潰したものか。 「俺も寝過ごしとけば良かったなぁ」 一緒に講義を受けている友人からは、先ほど寝坊したから代返を頼むとメールが来たところだ。 休講を知らせてやらなくても、多分3限までは来ないだろう。 つまり暇潰しの相手もいないってこと。 「家帰るのは面倒だし。図書館で本を読むか、寝るか・・・」 何だかそれもつまらない。 サークル室に行ってダラダラするのも良いけど、こんな時間は誰もいないだろうから静かすぎて怖いかもしれない。 「9時かぁ・・・まだ間に合うかな」 どうせ暇を潰すなら、楽しいことの方が良いに決まっている。 「いらっしゃいませー」 自動ドアが開くのに反応して声はかかるが、レジは目の前の客を対応していて全く入り口を見ていない。 ・・・気付いてない、かな。 そのまま雑誌コーナーまで進んでからちらりとレジに目を向けるが、やはり気付いた様子はない。 店の前はいつも通るし、何度も利用したこともあるコンビニだが、智がバイト中に来たことは一度もない。 見てみたい気持ちはあったし来ても構わないとは言われていたのだが、どうも気恥ずかしさが勝ってしまっていたのだ。 けれど、中に入ってしまえば余裕さえ生まれてくる。我ながら単純だ。 しばらく横目で堪能してから、適当にペットボトルを選んで、ゆっくりとレジへ向かう。 「ありがとうございましたー」 あ、営業スマイルだ。貴重ー。 あまり愛想笑いとかするタイプじゃないのに、見事な店員っぷりだ。 「いらっしゃいませー・・・え?」 「やっと気付いた」 スマイルがそのままの形で固まった智がおかしくて、思わず吹き出してしまう。 「麻斗?なんでこんなとこにいるの?」 「なんでってお客さんですよ。これ、ください」 差し出したペットボトルをピッと会計している間に、智も落ち着いたらしい。 さっきと同じように営業スマイルで商品とお釣りを渡してくる。 ・・・さっき見たときは面白かったのに、妙に一線を引かれたみたいでちょっと悲しくなる。 勝手だなと我が事ながら呆れたのと同時くらいに、智が周りに聞こえないくらいの声で話しかけてきた。 「もうすぐ終わるから、外で待ってて?」 慌てて頷くと、満足そうに笑ってから、再びバイト中の顔に戻った。 「もうそろそろ、かな」 9時少し前、計画発案。 9時30分、計画実行。見事成功。 そして、10時過ぎ。 「お待たせ」 コンビニの裏から、私服に着替えた智が出てきた。 浮かんでいるのは、見慣れた笑顔。思わずほっと息を吐くと、智が不思議そうに首を傾げる。 「なに?」 「ううん。やっぱりバイト中って変な感じだね」 「いきなり失礼だな。まあ良いや。麻斗、今日授業は?」 「急に休講。3限まで空きだよ」 「んじゃ昼は食えるな。俺も4限あるし、一緒に学校行こうかな」 つい1時間前にはどうやって暇を潰そうかと考えていたのに、今は3限もサボってしまいたいくらいだ。 突然の休講も、今となっては感謝したいくらいだ。 我ながら単純。でも、そんなのも嫌じゃない。 不意打ちの客に本気で驚いたと楽しそうに話す智に、麻斗も作戦成功とばかりに笑って見せたのだった。 08.10.30 補足説明。智は朝のコンビニバイトやってます。何故か当初からそんな設定(笑) あと大学の1限は大体9時から。授業時間は90分なので、3限は昼過ぎになります。 |