6:00 省吾と真希の場合 |
これはもう、奇跡だと思う。 時計の針は6時ちょい前を指している。 つまりセットした目覚ましが鳴るよりも早くに自力で目が覚めたということだ。 ・・・やればできるじゃん! 真希は大袈裟にガッツポーズを決めてから、ベッドから飛び降りた。 走って向かう先は、昔通った小学校への道の途中にある小高い丘。 名前負けしているような展望台を抜けると、ひっそりと小さな神社がある。 その境内が、目的地。 「・・・・・・いた」 社から少し離れたところで、軽くストレッチをしている省吾を見つけて、にっと口角を上げる。 弾む息を抑えてから、ゆっくりと近づいていくと、気配に気が付いたらしい省吾が顔を上げた。 「何やってるんだ?」 「もうちょい驚いてくれても良くね?」 「十分驚いている。こんな朝早くに真希に会うとは思いもしなかったからな。今日は雨か」 「残念、快晴だよ」 相変わらずの憎まれ口だが、今はそんなことも気にならないほど気分が良い。 何事もなかったかのようにストレッチを再開する省吾の邪魔にならない位置にかがんで、良く伸びるなぁなんて羨ましく思う。 普段はやる気がないからあまり知られていないだろうけど、省吾は元々運動能力が高い。 何でも難なくこなすし・・・いや、団体競技は苦手か。 でも上手くパスを回せば確実に点にする。もう少しコミュニケーションを取るようになれば、苦手なスポーツなんてなくなるんじゃないだろうか。 ぼんやりと考えている間も、省吾は休むことなく身体を動かしている。 省吾の動きにあわせた小さな息遣いや衣擦れの音以外は、聞こえる音はほとんどない。 あとは木々のざわめきや、小鳥の声が時折響くくらいか。 場所柄か、それとも時間のせいか、ピンと張り詰めたような空気は、清清しくて気持ちが良い。 「前にもさ、こうやって見にきたことあったよな」 あれは確か中学に上がる少し前だったと思う。 珍しく早くに目が覚めた朝、ふいに見た窓の外に幼馴染みの走る姿が見えた。 その時なにを思ったかは覚えていないけれど、次の瞬間には後を追うように真希も走り出していた。 そして着いた先の神社で、珍しく省吾の驚いた顔に、早起きは三文の得ってこういうことかと習ったばかりのことわざを思ったのだ。 「あんときの省吾、ホント驚いてたもんなー」 「朝の6時にお前が起きていることが信じられなかったからな」 「うっせー、俺はやればできる男なんだよ」 力いっぱい胸張って言ったのに、省吾の返事は鼻で笑うだけ。 腹は立つけど、省吾も覚えていたことが単純に嬉しいから許そう。 「俺は戻るけど、お前はどうするんだ?」 「一緒に走るに決まってるだろ。何のために来たと思ってんだ」 朝早い神社の境内での静かな空気とか、並んで走る町並みとか、絶対に一人では感じられないことだ。 あの時は、本当に気持ち良くて、絶対また一緒に走るんだと思ったのだ。 結局、真希の寝坊癖が簡単に治るわけもなく、機会を逃し続けている内に省吾とも段々縁遠くなって、終いには省吾が朝練を止めてしまっていた。 先日、透から半強制的に剣道の試合に出る約束をさせられていたから、もしかしたらまたやってるかもと思ったら見事に当たった。 正直に言うともう何日も前から機会を狙っていたと言うのに、ここでも寝坊癖が邪魔をしていたのだが。 「省吾だって一人で走るより楽しいだろ?」 「・・・一人の方が楽ではあるな」 相変わらず可愛いげのない返事だ。でも、否定はしていない。それが分かっているから、真希も笑みを堪えきれない。 走り出した省吾は、わざわざ自分のペースを乱したりはしない。 それでも十分ついていける速さだ。肌に感じる少し冷たい風も、あの時感じたものと同じ気がする。 「なあ省吾ー、また一緒に走ろうなー」 「・・・真希が起きられるならな」 「だから俺はやればできる男なんですー」 家までの、そう遠くはない距離。 見慣れた町並みがまるで別のものみたいに感じながら、最後まで二人そろって走り抜けた。 その後、結局うっかり二度寝してしまった真希を省吾が叩き起こして、いつもの朝が始まった。 08.10.29 真希と早起きは対極に位置するので朝6時なんていつもは夢の中ですよ(笑) 逆に省吾は起きようと思った時間に起きられるタイプです。朝練は、練習よりも精神統一が目的とか、そんな感じで。 ちなみに私は朝は強い方ですが、その分夜は早く寝ちゃうタイプです(笑)<訊いてない |