21:00 塚原と津山の場合 |
「よーし、次行くぞ次!」 田中さんの掛け声に、酔っ払いたちは「うぉーっ!」と思い思いに叫んで応える。 近所迷惑な話だが、周りは酔っ払い率が高いので大して目立たない。 金曜日の夜9時。 うまいこと仕事が早く終わり、すると当然のように飲みへと流れたのが今から約2時間前。 大抵の飲み屋は2時間制のため先ほど追い出されたばかりで、みんなのテンションはまだ高い。 「津山ぁ、どうしたテンション低いぞぉ!?」 「あー、すみません。何かもう眠くって」 肩を抱いて詰め寄ってくる田中さんを軽くかわして、曖昧に笑みを浮かべて見せる。 今週は特に忙しかったわけではないが、妙に疲れが溜まった感がある。 酒もそんなに飲まないうちから回ってきて、すでに許容量ギリに近い気がする。 「すみませんけど、今日はこれで失礼します」 「なんだノリが悪いな。まだ9時だぞ、夜はこれからだろ」 「いや、今日はついてったらぶっ倒れますよ、俺」 「あー、津山さぁーん」 どうにか逃げられないかと受け答えしているところに、呂律が怪しい陽気な声がかかる。 と同時に、後ろからガッと突然抱きつかれた。 「っ、塚原?」 「はーい。うぁー、津山さん超あったかーい」 「・・・こいつ、どれだけ飲んだんですか」 ごろごろとまるで猫のように擦りよってくる様に、思わず呆れた声を出してしまう。 今日は席が端と端で離れていたので全く様子を見ていなかったが、この様子だといつも以上に早いペースで飲んだんだろう。 「そんなでもないぞ。俺と大体おんなじくらいだ」 「相当な量じゃないっすか、それ」 呆れて溜息が出る。 ザルの田中さんにあわせてたら、常人は大抵潰れる。 いい加減、自分の許容量を覚えろと思うが、上司や先輩からの酌を断れないだけに難しいだろう。 それを分かってて飲ますのもどうかと思うが、潰れる一歩手前で止めるだけ彼らにも良心が働いているのかもしれない。 「ま、さすがに飲ませすぎたかもな〜。津山、帰んなら連れてってやってくれ」 「はぁ?俺がですか?」 つい正直に反応してしまう。 それを見た田中さんはにやにや笑って、塚原の頭を叩く。 当の本人は「痛いっすよ〜」と間抜けな声を出して、へらへら笑っている。 まったくだらしがない。 「津山は塚原の面倒見るスペシャリストだからな。やったな、名誉職だ」 「それ、全然嬉しくないっす」 「まぁまぁそう言うな」 体よく押し付けられた感は否めないが、うまく帰れるチャンスは今しかない。 塚原にこれ以上アルコールを摂取させるのも危険だし。 結局残されたセリフは1つだ。 「・・・じゃ、こいつ連れて失礼します」 「おら、ちゃんと歩け」 「歩いてますよ〜」 口ではそんなこと言いながら、まるで抱きつくような形で寄りかかってくる。 身長差も大分あるわけだからたまったものじゃない。 腰痛持ちになったら訴えてやると心に決めて、身長だけはある男を布団に投げ込んでやる。 衝撃で多少我に返ったのか、横にならずにあぐらをかいて座った。 「せっかくなんでお茶でも飲んでってください」 「ヤだよ。さっさと寝ろ、酔っ払い」 「津山さん、俺のスペシャリストなんですね」 まだ酔っ払いは酔っ払いらしい。 話が噛み合わない。 何のことかと訊けば、どうやら先ほどの田中さんの言葉を指しているらしい。 どう考えても喜べる内容じゃないのに、塚原はいたって嬉しそうだ。 「俺は、津山さんのスペシャリストですから」 「は?」 塚原の面倒を見ることはあっても、塚原に面倒を見られた覚えはない。 大体、今現在の状況からして俺が面倒見てるだろ。 「昨日の今ごろ、津山さん何やってました?」 「はぁ?何だよ、いきなり」 「覚えてません?」 ほんの一日前のことも覚えていないと思われるのは不愉快だ。 何考えているのか分からないが、とりあえず答えてやる。 「昨日は・・・お前と飯食って帰ったあたりか」 「じゃあ一昨日は?」 「確か、残業が長引いた日だよな?まだ会社だ」 「俺も一緒でしたよね?」 「そりゃチームが一緒なんだから当たり前・・・」 ここまできて、ようやく塚原が言いたいことが分かった気がする。 ちらりと視線を移せば、相変わらずしまりのない顔で笑っている。 きっと酒のせいだけではなく、上機嫌だ。 「俺、津山さんといる時間多いですよね」 「・・・まあ、必然的にな」 「でも俺、津山さんのことを好きな気持ちは誰にも負けない自信があります」 真っ直ぐにこっちを見て、ちょっと胸を張って。 「だから俺は津山さんのスペシャリストなんです」と自慢げに言う塚原に、返す言葉が見つからない。 酔っ払いの戯言だと分かっているのに、悔しいことに顔が少し熱くなる。 確かに就業後に一番つるんでるのは塚原ではあるけれど・・・。 「やっぱ意味違うだろ、それ」 とりあえずツッコミを入れるしかできない俺を、塚原は相変わらずへらへらと笑って受け入れていた。 08.11.22 同じ会社の先輩後輩という仲を既に越えているだろうってくらい、二人は良く一緒にいます。 それを面白半分に暖かく見守る同僚たち。どんだけ理解ある職場なのか(笑) |