15:00  誠一と泰成の場合





構内に響くチャイムの音で、4限の開始時間を知る。
と言うことはそろそろかな、とぼんやり思いながら、いつもと同じ道を歩いていると、角を曲がったところのベンチに座っている見慣れた姿を見つけた。
「よ、偶然!」
毎週必ずと言って良いほど続く遭遇は、偶然ってことはないだろうと思うが口には出さずに挨拶だけ済ます。
「どうも」
「今日もバイト?」
「いつも通りです」
「そ。じゃあ5時からだよな」
そうやってにんまりと笑う先輩に気付かれないように、そっとため息を吐く。
「・・・今日は、」
「いつも通り、なんだろ?」
「・・・・・・」
悔しいことに、この人だけは何故かいつもうまくかわせない。
用事があるとかバイトの時間が早まったとか嘘をつくのも簡単なことだ。わざわざ嘘をつかなくても、付き合わないという選択肢だってある。
大体にして、ここを通らずに帰ることだって可能なのだ。
そんなことは百も承知だし、実際にそうしてやろうと思っているはずなのに。
「ん?」
「・・・まあ、1時間くらいだったら」
結局、いつもと同じように答えてしまう。
口にした瞬間、先輩はしてやったりと言うような、それでいて嬉しそうに笑う。
何が楽しいんだかと思うけれど、どうせ訊いたところでまともに答えてくれはしないだろう。
断れないのは、何を言っても無駄だからだろうかと思いながら、先を歩く先輩についていった。





聞こえてきたチャイムの音に時計を見ると、3時になったところだ。
レポートに必要な資料を借りに来ただけのつもりが、だいぶ時間を食ってしまった。
バイトに行く前に一度家に帰ろうと、ひとまず貸し出しの手続きを済ませて図書館を後にする。
欲張って3冊も借りたら、鞄が重い。
肩からずり落ちそうになるのを持ち直してから、近道とばかりに屋外ではなく教室の前を突っ切って出口へ向かう。
・・・そう言えば、いつもここを通ってたな。
1年の頃、講義が終わって帰るときは大抵ここを通っていた。
次の講義が始まってから移動すれば外よりも人が少ないと気が付いてからは、一人で帰るときは迷わずこっちへ来ていたものだ。
この角を曲がったところのベンチに、いつも先輩が偶然を装って座っていた。
こっちの姿を捉えると、軽く手を挙げて笑いながら声をかけてきたものだ。
「よ、偶然!」
そう、こんな感じで・・・え?
「・・・先輩?」
「珍しいな、泰成のそんな驚いた顔」
一瞬、幻覚でも見ているのかと思った。
あの頃と変わらない場所で、同じように手を振っているなんて、にわかには信じられない。
ただ、その格好はあの頃と違って決してラフではないし、笑い顔もあの頃より優しく見える。
「仕事は?」
「たまたま近く来たからさ、ちょっと休憩。懐かしいなぁと想い出に浸ってたら、現実になった」
凄くね?と笑う先輩は、無邪気なものだ。
こっちはまだ、さっきまでの思い出と現実が交差していて、少し混乱しているっていうのに。
「じゃあ、これは本当に偶然?」
「今日はホントに偶然。んで、今日もバイト?」
「いつも通りです」
「そか。んじゃ付き合って・・・と言いたいところだけど、そろそろ戻らなきゃだな」
ちょっと顔をしかめて腕時計を見る姿に、ようやく現実に戻る。
分かっているのに、あの頃と同じやり取りに、ちょっと期待しちゃったのが恥ずかしい。
今思うと、結局あの頃も無意識に期待してここを通っていたのかもしれない。
先輩が偶然を装っていたわけだけど、先輩だけで必然は作れないし、避けるようになったときはうまく会わずにいられた。
それが今は本当に偶然に出会えたりして。変われば変わるもんだなぁと、ぼんやり思う。

「さて、残念だけど行くわ」
「あ、はい」
「夜、たぶん早く終わるから。店行くよ」
・・・・・・嬉しいと、今でも素直に言えない自分が情けないけれど。
「じゃあ1時間くらいなら付き合います」

あえて使ったセリフに先輩も笑ってくれる。
結局、「そんなんじゃ足りない」と宣言されたのが、今から6時間後の話。








08.11.10




   誠一さんはもうストーカーに近いと思います(笑)泰成に対して意地になってた頃ですね。





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