木曜日。 十夜×晴日の場合





「晴日ー、今日帰りカラオケ行かないかって。来られる?」
「あー、悪い。今日は帰る」
「そっか、んじゃまた明日なー」
どこまでも明るい親友に別れを告げて、いつもより若干足取り重く家路へとつく。
俺だって、どうしても嫌ってワケじゃないんだけど。
やっぱり今日は、家に帰るのをためらってしまうのは、俺が弱いせいじゃないと思う。



「おかえり、晴日」
「・・・おう、ただいま」
できるだけ静かにドアを開いたつもりなのに、いつの間に気がつかれたのか。
リビングの入り口で、にっこりと微笑んでいる義弟に出迎えられ、晴日は無意識に首を竦める。
「遅かったね」
「あー、そうか?」
しらばっくれてみたが、十夜の微笑みは消えることはない。むしろ、強くなったような気すらする。
授業が終わり、お互いまっすぐ帰宅したとすれば、晴日の方が先につくはずなのだから、十夜が出迎えている時点でしらばっくれてみたところで意味はないのだが。
「お前が帰ってくるのが早いんじゃね?」
「木曜日は、いの一番で帰るのが習慣だからね。約束だろ?」
約束、と言われると、はたしてそうだろうかと思わなくもないが、恐ろしくて口に出すことは出来ない。
木曜日は両親そろって仕事が終わるのが遅い日で、朝子も部活のミーティングとやらで帰ってくるのが遅い。
つまり十夜と晴日の二人きりの時間が取れるわけで、そうなると自然とやることは1つで。
少しでも二人の時間が欲しいと十夜が言うので早々に帰るようになったのだが、毎回毎回行為に及ぶと、それだけのために帰ってきているような気がして晴日は少し不満を感じていた。

別にきちんと約束したわけじゃないしと、石田たちと遊んで夕飯も済ませて帰ってきたことがある。
うまいこと朝子が帰るであろう時間を見計らった結果、その日は十夜に思い通りにされずにすんだ。
作戦成功とばかりに一人で喜びに浸ったのだが、それから十夜はパタリとちょっかいをかけてこなくなるわ必要最低限の会話しかしなくなるわで晴日の方が先に根をあげた。
「この間のこと怒ってんなら謝るから」と殊勝な態度を取った晴日に対して、十夜はこれでもかというほど綺麗な笑みを向けてのたまったのだ。
「明日休みなんだから、構わないよね?」
結果、翌日の土曜はベッドから起き上がれなくなり、家族には風邪引いたと嘘をつくはめになったのだ。
あれは、十夜に逆らったら怖いと身に染みた体験だった。
だけど、身体も辛かったが、何よりも無視されると言うのが相当辛い。
十夜の言いなりになるもんかという思いと、二度々あんな思いはしたくないという思いがぶつかって、今日はこんな中途半端な時間になったわけだが、それをどう説明したものか。

「なんで遅かったの?」
「・・・早く帰ってきたら、絶対襲ってくるだろ?」
「だって晴日が、朝子ちゃんがいる日は嫌だって言うし」
「んなの、当たり前だろ」
「次の日に体育があるときも、させてくれないじゃん?跡つけないって言ってるのに信用してくれないし」
「そんなこと言って思いっきりつけたの誰だよ」
「俺。でもあれは晴日が可愛かったから悪い」
・・・話が噛み合わない。
というか、俺の話なんて最初から聞く気なんてないんじゃないだろうか。
晴日がもどかしく思っている隙に、すでに十夜は距離をつめてきているくらいなのだから。
腹立たしいと思うのは、こんなとき。
俺はこいつにとってなんなんだろうと思ってしまう。

「・・・お前とさ、するのは嫌じゃないよ。嫌じゃないけど、なんか身体だけみたいで、それは嫌だ」
あと数センチで唇が触れあう距離で、晴日の言葉に反応してか十夜の動きが止まる。
「もっとさ、何か二人で話したりとか、側にいるとか・・・そういうのだけでも良いんじゃないかな」
「好きな人が側にいたら、触れたくなるもんじゃない?」
「・・・・・・」
黙り込んだ晴日に、十夜は小さく溜め息をついて、そのまま軽くキスをする。
「分かった。今日はこれで我慢する」
そうして離れていくのに、自分が言い出したことだというのに何だか寂しい気持ちになる。
別に、どうしても嫌なわけじゃないんだ。ただ、気持ちが分からないだけで。それが、ちょっとだけ不安だっただけで。

結局、その日はすぐ側にはいたけれど、十夜が触れてくることはなかった。
翌日も、そのまた翌日も、近くにはいるし会話も普段と同じようにするけれど、最後まですることはない。
たわむれに触れて、軽いキスをして。
自分が望んだことを実行してくれているのだと気がついたのは、それからしばらくたってからのこと。
我ながら現金だけど、気がついてしまったら愛しくて仕方なくなってくる。
―――・・・今度の木曜日は、急いで帰ってこよう。
うまく自分から言えるから自信はないけれど、少しくらいは十夜にも応えようなんて思った晴日が、自ら招いた結果に後悔するのも、やはり次の木曜日の話。






07.11.01




   何だかんだ言ってますが、この二人は木曜日以外だって隙あらばいちゃこいてますよ(笑)
   





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