誠一と泰成の場合





何であんなことになったのか、きっかけは覚えてない。
だけど、その寸前まで確かに熱に浮かされていたことも忘れ、気が付いたら身体が勝手に動いていた。
さらに追い討ちをかけるように、捨て台詞まで吐いて。
「―――・・・何やってんだろ・・・」
いつもより苦く感じるコーヒーは、半分も飲まないうちに冷たくなってしまっている。
それを両手で抱えたまま、重々しく溜め息を吐く。
そのまま目を瞑れば、浮かんでくるのはやっぱり昨夜のこと。
突然の行動に驚いた表情を浮かべた後・・・傷ついたような、しょうがないなと諦めたような、色んな感情が入り混じった顔。
何か言わなくちゃって思ったけれど、言葉が喉に引っ掛かって何も出てこなかった。
そして結局、何も言えずにその場から逃げ出したのだ。
「あー・・・」
恥ずかしさと気まずさがごちゃ混ぜになって、もう何がなんだか分からなくなってくる。
だって、いきなりあんな顔するから。
つい昨日のことを思い出して、泰成はひざを抱えて蹲った。



「やっぱり泰成の飯はうまいよなー」
「・・・それはどうも。そうでも言っていただかないと、拉致られ損ですからね」
「って、もしかしなくてもまだ怒ってる?」
「別に怒ってなんかいませんよ。いきなりバイト先に来て、終わった早々に部屋に連れ帰ってご飯作れだなんて、それくらいで」
「・・・やっぱり怒ってんじゃん」
ちぇっと少し拗ねた様子を見せながらも、誠一はスピードを緩めることなく箸を進める。
その食べっぷりはいつ見ても気持ちが良いもので、普段面倒だからと食事を抜かす人には到底思えない。
泰成としても、どうせ帰っても一人だし、こうして喜んでくれるなら食事の用意くらい別に構わないという気持ちの方が強い。
ただ、そう思っているのを教えるのは癪だから、いつも抵抗してしまうのだけれど。
「・・・まあ、一人分作るのも二人分作るのも大して変わらないですし。それに、放っておくと先輩はろくなもの食べないですからね」
別に怒ってないことを伝えたかったつもりなのに、出てきた言葉はやっぱり捻くれたもの。
それでも、誠一は嬉しそうに笑う。
「ホント泰成には感謝してるよ。飯は上手いし、こうして一緒にいてくれるし」
「・・・・・・別に、大したことしてないですし・・・」
「そんなことないって。あ、そうだ。どうせならさ、このまま一緒に暮らしちゃわない?」
「っ、・・・冗談じゃないですよ」
どうにか冷静を装って。
誠一は「やっぱりな」と言う感じで苦笑い。
・・・・・・本当にこの人は、心臓に悪い。

「じゃあ、帰ります。お邪魔しました」
片付けも済ませて、あまり遅くならないうちに帰ろうと立ち上がったところで、ふいに腕を掴まれる。
「泰成さ、明日は確か授業は午後からだったよな?」
「・・・そうですけど、それが何か?」
「俺も明日はいつもよりちょっと遅めなの。・・・泊まっていかね?」
ふいうちに、心臓が痛む。
この人が好きだと自覚してから、もう大分経つのに未だに慣れることができない感覚。
「ていうかね、正直な話。帰したくない」
そのままキスされて。少しずつ深くなるそれに、抵抗らしいことすらできなくて。
次第に上昇する熱に、ベッドに倒されてもどこか現実感がない。
「・・・・・・ごめん、何か今日は・・・我慢できない」
頭の上から聞こえてきた声に、初めて薄く目を開ける。
そこに映った、いつもとは違う”男”の表情に・・・・・・急に、怖くなった。



「だからって・・・何もあんなことしなくたって・・・」
思い出しては、また後悔する。
思いっきり蹴飛ばして、捨て台詞は「貴方とこんなことする気はない!」
自分の阿呆加減に、心底涙が出てくる。
「さすがに怒ってるだろうなぁ・・・」
初めて誠一としたときは、特に抵抗もなく受け入れられたのに。
何で今更、こんなことになってしまうのか自分でも分からない。
どっちにしろ、あんなこと言われて怒らない人間なんていないだろう。
いい加減、愛想尽かされてもおかしくない。
・・・・・・こっちから謝ってみようか。
ちらりと携帯を見る。恐る恐る手を伸ばして、一瞬の葛藤。
「どうせ、ダメになるんだったら・・・」
ハッキリさせた方が良い。
覚悟を決めて、最新の着信履歴から番号を出して、そのままの勢いで通話ボタンを押す。
『泰成?』
「・・・っ」
1コールもしないうちに出た誠一の声に、息を呑む。
何か言わなくちゃ、何か・・・とにかく謝らないとっ。
「あ、あのっ・・・」
『あー・・・まだ怒ってる?』
泰成が言う前に聞こえてきたのは、申し訳なさそうな弱気な声。
「は?何で僕が・・・?」
『や、何かこうムラムラ〜ってきちゃってね。ホント悪い!以後気をつけますっ!』
電話の向こうで必死で謝られて、気が抜ける。
だって、こっちは怒らせたとかついに呆れられたかとか、色々考えてたって言うのに、向こうも同じ事を考えてたっていうんだから。
「・・・・・・今日、ビールでも買ってきてくれたら許します」
何だか可笑しくて、せっかくだからちょっとだけ強気に出てみる。
『分かった、もうすぐ仕事終わるから。したらすぐ行く。待ってて!』
返ってくるのは、やっぱり必死な声。
きっと大量のビールを買って、顔をあわせたらまた謝ってくるんだろう。
だからその前に、今度こそ先手を取って謝ろう。
うまく伝えられる自信はないけれど、せめて前言撤回くらいはしないとだから。







06.11.04




   この二人は、夫婦漫才のような会話(泰成さんが辛辣なツッコミいれてるだけですが)が日常。
   で、たまに誠一さんが予想外のことをすると泰成が焦ったり落ち込んだり不安になったり。
   結局は誠一さんの方が弱かったり。泰成怒らせると逃げちゃうからね!そりゃ弱気にもなるよね(笑)
   そんなカップルです。でも、お前らいい加減慣れろやと言ってやりたい(笑)
   




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