省吾と真希の場合





「真希、いい加減起きろ」
耳に心地良い、だけど不機嫌そうな声に、真希はゆっくりと瞼を上げる。
ぼんやりとした視界が次第にハッキリしてくると、声に違わない不機嫌そうな顔が見下ろしていた。
「あー・・・おはよう、省吾」
「もう「おそよう」だろう。早くしないと置いてくぞ」
言い捨ててそのまま部屋を出て行ってしまう省吾を追いかけるべく、真希は慌ててベッドから飛び起きて、制服へと手を伸ばす。
驚異的なスピードで支度を終えて玄関へ行くと、一度家に戻っていたらしい省吾が再び扉を開くところだった。
「お待たせ!」
「・・・行くぞ」
「おう!いってきまーす」
真希の姿を確認すると、そのまま再び外へと向かう。
相変わらずスタスタと歩いていってしまうけど、曲がり角では一瞬後ろを気にしてくれる。
それが嬉しくて、すぐに追い付かないようにしていると知ったら、省吾はどんな顔をするだろう?
一度見てみたいけど、そしたらきっともう待ってくれなくなるだろうから、想像するだけにしておく。
途中からようやく追い付いた風に横に並んでも、省吾は嫌な顔をしない。
大体が真希が話まくっているのだが、省吾も頷いたり容赦なくツッコミを入れてきたりとそれなりの反応があるので、真希は十分満足していた。
そんな省吾の足が一瞬だけ遅くなる場所がある。
角を曲がれば高校へ向かう大通りに出るというところ。
ついこの間までは、ここで省吾は一人足を早めていた。
「・・・省吾っ、早く行こうぜ!」
今は、少しだけ真希の方が先に進む。
隣に並ぶように、わざわざ待っててくれているんじゃないかと思い始めたのは、つい最近のこと。
そんなこと、やっぱり本人には確認できないけれど。



「お、真希はよー」
「おはよう水島くん」
角を曲がれば、校内で絶大な人気を誇る真希は次々に声をかけられる。
知らないヤツからも挨拶されることも多いのだが、慣れたもので真希は笑顔で返す。
その笑顔見たさに勇気を出している連中が多いことには、残念ながら気が付いていない。
「・・・挨拶ばっかしてんのも疲れるよな」
「知らないヤツにまで愛想振ってるからだろ」
そう言う省吾に声をかけてくる人はほとんどいない。
整った顔をしてはいるが無愛想極まりない省吾は、遠巻きに見る者はいても、近づいてくる者など滅多にいない。
その様子に、俺に近づくなオーラでも出てるんじゃないかと真希は思っている。

そんなことを偶然会った透に話したら、妙に納得した様子で何度も頷いた。
「三上が睨みきかせてるから、真希くんに近づくバカが減ったよね」
「なんですか、それは」
「何ていうかな、真希くんの側に寄ってくる連中がいるときが、真希くんの言う近づくなオーラが一番出てると思うんだよね」
さも楽しそうに言う宮田の言葉をどこまで信じて良いのかは分からないが、確かに省吾と一緒にいると、前に比べて不用意に近づいてくるヤツはいなくなった気がする。
今までは挨拶だけでなく、手紙やプレゼントを渡してくるヤツや、酷いときには公衆の面前で告白してくるヤツもいたのが、ここ最近では姿を見ない。
今は大抵、声をかけてはそそくさと離れていく。
「愛されてるね、真希くん♪」
とにかくキレイな先輩からにっこりと微笑まれると、それが明らかに面白がっていると分かっているのに、つい微笑み返してしまう。
それから少し遅れて言葉の意味を理解して、急に照れくさくなる。
「うん、やっぱり真希くんは可愛いね。三上にはもったいないくらいだ」
そんなことはないんだけどな、と真希は照れ笑いを浮かべながら思う。
たった一度だけ省吾からもらった言葉は大切に記憶しているけれど、それでも自信なんてまだないのだから。



「おそよう、省吾!」
「たまにはまともに挨拶できないのか、お前は」
相変わらず毎朝呆れられているけれど、それでも省吾は約束どおり毎朝迎えに来てくれる。
一緒に並んで歩いて、やっぱり角を曲がったところから少し不機嫌そうな顔をして。
そういえば、いつの間にか学校でも「真希」と名前で呼んでくれるようになっていた。
同じように名前で呼び返しても、嫌な顔ひとつしない。
今までが辛かった分、こんな嬉しい変化はないかもしれない。
「どうも早起きってできないんだよなー。でも省吾が来てくれるから良いかな、なんて」
ちょっとだけ甘えてみたくなって、可愛こぶってみたのだが。
「大体夜遅くまで起きてるから朝起きられないんだろ。遅刻したいなら一人でしろ」
―――・・・相変わらず正論で厳しいツッコミ。
真希はごまかすように笑みを浮かべながら、先を歩く省吾に並ぶべく今日も走り出した。







06.11.02




   省吾はとにかく動いてくれない子です。まあ、ただの不器用なだけなんですが。
   この二人の日常は、毎朝の「おそよう」の挨拶から始まります。
   毎朝同じようなやり取りをしながら学校へ行く。そんな生活です。
   ・・・何気に楽しそうだなぁ。今度家の様子も書いてみたいですね。休日の過ごし方とか(笑)





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