塚原と津山の場合





「あれ?こんなところで何やってんですか?」
いつもより時間が早いためか、まだ少し明るい感じもする通用口で、一人右往左往している田中を見つけた塚原は、明るく声をかけながら近づいた。
「お、塚原。今日はもう終わりか?」
「あ、はい。コレ片付けたら帰ります!」
「そうか。いや、それは丁度良いときに来た」
「へ?」
「いや、ちょっとな。頼まれて欲しいんだけど・・・」
妙に明るい笑顔の裏に断ることを許さない先輩の威圧を向けられて、首を横に振れる勇気は塚原にはなかった。

『―――・・・で?』
電話の向こうで、世界一愛しい人のかなり機嫌の悪い声に、塚原はすでに半泣き状態となる。
「ですからね、本っ当に申し訳ないんですけど、急な仕事入っちゃったんですよー」
『・・・ふーん。あっそ、じゃな』
「あっ、津山さん!ちょっと待って・・・って、遅かったか・・・」
無情にも切られた電話の機械音を聞きながら、塚原は本格的に泣きに入る。
「津山さぁーん・・・」
情けない叫びを上げてから、塚原は押し付けられた仕事を果たすべく、廊下をとぼとぼと歩き出した。



「・・・ったく、あのバカ。てめぇから言い出したんだろうが」
自ら通話を切った携帯を放り投げ、それから自分の身体もそのまま後ろに倒す。
少しだけ顔を横に向けて辺りを見れば、相変わらず汚い塚原の部屋。
塚原がいないときには入ったことはないからか、なんだか妙に落ち着かない。

『俺も今日は仕事早く上がると思うんで、飲みませんか?良い酒手に入ったんですよー』

今日は出先から直帰だと言えば、それはもう嬉しそうに誘ってきたのを思い出す。
久しぶりに残業なんて関係なく早く帰れる日。
何が悲しくて塚原なんかと過ごさなきゃならないんだと思いつつも、結局は塚原の部屋に来てしまった自分。
きっと津山さんの方が早いだろうから、と唯一の鍵を渡されてしまったからには、来ないわけにはいかなかったんだけど。
―――ご丁寧にもつまみまで買ってしまったのには、さすがに苦笑を禁じえない。
「・・・どーしてくれんだよ、せっかくの俺のアフターファイブ」
仕事が急に入るなんて日常茶飯事だし、特に塚原は要領悪いからなぁ・・・
塚原だって好き好んでやってるわけじゃないだろうし。
それは十分分かっていはずなんだけど。
・・・・・・どこからか沸いてくる苛々が納まらない。
「あーくそっ。気分悪ぃ」
誰に言うまでもなく言い放ってから乱暴に寝返りを打ち、そのまま瞼を閉じた。



ふわりと、何か温もりを感じて、重い瞼を無理やり開ける。
まず飛び込んできたのが、少し痛んだ感じがする髪の毛。
それから少し目線を下げれば・・・見慣れたバカ面。それから頬に触れている、大きな手。
「・・・塚原?」
「あ、起こしちゃいました?ゴメンナサイ」
名を呼べば、慌てて手が離されて、少し困ったような笑顔が目の前で頭を下げる。
「―――・・・今、何時だ?」
「え?あー・・・10時半、ちょい過ぎってトコです」
「お前、今帰ってきたの?」
「あ、はい。えっと、すみません。俺から誘ったのに・・・」
もし今の塚原に犬の耳がついていたら、シュンと下がっていたに違いない。
すでに眠気の覚めた津山は、とりあえず身体を起こす。
「で、散々俺を待たせた挙句、寝込みを襲おうって魂胆か?」
「違いますよ!ただ帰ってきたときに津山さんが俺の部屋で寝てるってのが無性に嬉しくて思わず触っちゃっただけでっ!すみません、見てるだけにしようと思ったんですけど、我慢できなくて!」
相変わらず、焦るとどんどん墓穴を掘っていく。
バカだよなーと思いながら、慌てる様子が面白いので、もうしばらく睨みつけておく。
「あっ、そうだ!酒、酒飲みましょう!この前友だちが置いてったんですよ」
「酔った勢いで襲うなよ?」
必死で話をずらそうとしている塚原に追い討ちをかければ、情けない顔を見せる。
っていうか、こんな冗談も言えるようになるほどこいつに慣れてしまった俺はどうなのか。
「大丈夫です!津山さんの許可が得られるまでは我慢しますっ」
・・・・・・いや、こいつほどじゃないか。
妙に自信満々に言い切る塚原に苦笑しつつ、とりあえず今日は飲むかと塚原が差し出したグラスを受け取った。







06.10.29




   塚原くんは相変わらず片思いですが、何やかんやで仲良くやってる二人です。
   最初の頃に比べて大分距離は縮まってきましたが、それでもまだ先輩後輩レベル。
   このまま友人になるのか、恋人に昇格なるのか。それは全て塚原君次第です。
   頑張れー頑張れー(他人事のように)





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