秋良と和宏の場合





別に、俺はそんなに心狭い男じゃあない。
だから、別にこの状況は気にならない。
・・・・・・と、思い込もうとしているのだが。

「やっぱ無理だぁっ!!」
ガラリと大きな音を立ててドアを開けば、中で談笑していた二人が同時にこっちを見る。
「あーうるさいのが帰ってきた」
「あ、柘植」
心底うんざりした様子を見せる渚と、嬉しそうに笑って迎えてくれる和宏。
不本意だが、もうすっかり慣れてしまった組み合わせ。
俺が部活のあるときは、和宏に用事がない限り教室で終わるのを待っていてくれている。
本を読むのが好きな和宏は、待っているのは苦にならないと言ってくれているが、それでもやっぱり待たせるのは悪いので終わったら即効で戻るようにしている。
だが、部活が延びたり誰かに捕まってすぐに戻れないことがある。
そんな日は、何故か決まって渚が一緒にいる。
陸上部の部活日は男女ともに同じ日なので、渚がこの時間まで残っていることは別段疑問じゃないのだけれども。
何で、いつもいつも楽しそうに話してんだよ、と思う気持ちは否めない。

「お疲れさま。待っててね、すぐ帰る準備するから」
すぐにでも渚に怒鳴りつけたい気持ちは、和宏の笑顔で消え失せた。
この際、渚はこの場にいないものと考えて、俺は和宏のもとへと迷わず近づいていく。
「ごめんな、遅くなって。先輩に捕まって片付け押し付けられた」
「ううん。大塚さんと話してたから、時間もそんなに気にならなかったし」
・・・・・・どうあっても、存在は主張されるらしい。
ちらりと渚を見れば、どこか勝ち誇ったような笑みを向けられる。
「・・・渚、お前いつからいたんだよ?」
「あんたが部室の前で先輩に捕まってた時には、もう着替え終わってたから。そうね、20分くらいかしら」
「着替え終わって、何でわざわざ教室に戻ってくんだよ。そのまま帰れよ」
「だって相田くんいると思ったから」
さらりと言ってのける渚に、心の奥底から「こんちくしょう」と思う。
もともと陸上部は男子部の方が力を入れられているため、女子部の方が練習は早く終わる。
和宏も渚とは仲が良いし、話し相手がいる方が待ってる身としても良いだろうとは思いはする。
思いはするのだけれど・・・感情は納得できない。
「和宏は俺を待っててくれてんだよ。お前は出しゃばってくんな」
「あら、別に相田くんは嫌がってないわよ。あんたが来るまで、楽しく二人でお話してたくらいだし」
相変わらず口が達者だ。渚に勝てた試しはないから、このままだと言いくるめられるのがオチだ。
それを渚も分かっているのだろう、余裕のある態度でこっちを見てくる。
あーこんちくしょう、ほんっと腹が立つ!
「あ、あの柘植?落ち着いて。ね?」
「そうそう、嫉妬は醜いだけよ。ねえ相田くん、こんな見苦しい男はやめて、私と付き合わない?」
「和宏は渡すかっ!」
「うっさいわね。私は相田くんに言ってるの」
シッシッと片手であしらわれて、キーっとばかりに地団太を踏む。
そんな俺を抑えながら、和宏は「えっと、ごめんね」と渚に向き合って言う。

「大塚さんのことは好きだけど、柘植は特別なんだ」

・・・・・・和宏、何て嬉しいことを。ちょっと前半部分は余分だけど。
「それは残念。じゃあ飽きたら私に一番に言ってね」
照れくさそうにしながらもハッキリと言う和宏に、フラれた渚もどこか満足気に笑って応える。
一瞬、二人だけの独特の空気みたいのが流れたが、そんなこと俺にはどうでも良くて。
「和宏ーっ」
「うわっ柘植、ちょっと待って・・・っ」
和宏の言葉に有頂天になった俺は、制止の声も聞かずに和宏を思いっきり抱きしめる。
もう渚なんてどうでも良い。
ってか、相変わらず慌てる和宏も可愛いなぁー、もう。
「あーあ、お熱いことで。先に帰るわ。じゃあね、相田くん」
「あ、うん、ありがと」
今度は俺の方がシッシッと手を振ってやる。
これで、ようやく和宏との二人きりの時間だ。
最近は渚のせいで、二人になれるのは帰り道くらいなもんだ。
「・・・何かいつも悪いよね」
「何が?」
「大塚さん。いつも一緒に時間つぶしてくれるのに、先に帰っちゃうでしょ?」
言われてみれば、いつも渚は自然に先に帰っている。
ここまで待ったのだから、一緒に帰ったって別におかしくなんかないのに。
しかも、あいつの家は俺と同じ駅で降りたところにあるというのに。
・・・そっか、何だかんだ言って、気を遣ってくれてたわけか。
「今度何かお礼しようね」
そう言って微笑む和宏に、妙に素直に「そうだな」と応えた。
もはや腐れ縁に近い友人に、少しだけ感謝の気持ちを込めて。



「で、何でお前またいるんだよっ!?」
「あんたが遅いからいけないんでしょう?相田くん、こんなバカ放っておいて先に帰ろうかー」
「だーっ、それだけは許さねぇからな!!」

ちょっぴり感謝した翌日の放課後。
相変わらず飄々とした態度の渚と、ちょっと困った様子の和宏。
そして、絶叫する俺。
最終下校時間の近い教室は、いつもこんな感じだ。

・・・・・・お礼なんてするのは、やっぱりよそう。絶対に図に乗るからなっ!








06.11.11




   彼らの日常は、渚ちゃんがセットなイメージ。何気に良い関係だと思うのですが、どうでしょう?
   柘植は顔は男前ですが、性格はへたれです。分かりやすいほどの「和宏バカ」(笑)
   渚ちゃんは和宏が大のお気に入りですが、柘植をからかうことも楽しんでます。
   それに毎度まんまとのせられる柘植は、やっぱりバカですね(笑)





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