泰成はものすごく酒に強い。
周りが潰れるくらいの量を同じペースで飲んだとしても、顔色一つ変えずにケロッとしているくらいに強い。見事なまでの、完全なザルだ。
だから、酔わせてあんなことやこんなことを・・・という作戦は夢でしかない。

「んー・・・なんか、酔っちゃった・・・」
「大丈夫か?ほら、こっちおいで。寄りかかって良いから」
「・・・せんぱい、あったかい」
「もっと温めてやろうか?」
引き寄せると素直にその身を任せて、いつもよりちょっと大胆に、恥じらいを残しながらもキスに応えてくる。
ベッドに移動する間も惜しく、そのまま重なりあって・・・

―――・・・なんて妄想は、何度してみたところで妄想でしかないわけだけど。


「せんぱい?」
―――・・・となると、これは夢でも見てるのだろうか?
多少ならずとも酒が入ったわりに妙に冴えている頭で、誠一は自問する。
上気した頬に、少し潤んだ目。
首を少し傾げてこちらを見ているのは、確かに恋人の顔をしている。
してはいるのだけれど。
ちらりと盗み見てから、やはり目の前で起きていることがにわかには信じられず、誠一は一度目を強く瞑る。
そうっとゆっくり目を開けたら、さっきのはやっぱり幻なんじゃないかと・・・
「せんぱい?どうしたんですか?」
―――・・・目の前の幻は消えていない。
これは、つまり、正直信じられないけれど、現実と認めざるを得ない。
泰成が、あの超絶ザルの泰成が、まさか酒に酔っている?
自分で出した結論に、自分で驚いてしまう。
確かに、今日はかなり飲んでいる。
バイト先の飲み会だったという泰成は、バイトに高校生が多いだけに貴重な飲み仲間として店長に相当飲まされたらしい。
店長を潰しきる前に止めておいたと、けろっと言っていたけれど、店長も結構飲む方だと言うことは前に拓弥から聞いている。
さらに酒は飲んでいないはずの拓弥を送ってきて、ついでにちょっと恭平とも一杯飲んできたとは言っていた。
さらにさらに、部屋に戻ってからも仕事上がりの誠一の晩酌ビールに付き合い、おまけに翌日が休日なのを良いことに飲み足りないとばかりに色々な種類に手を出し、貰い物のワインも既に一本空いている。
だけど、くどいようだが泰成は酒にべらんぼうに強い。
これくらいで酔っ払うなんて、あり得ないはずなのだ。
「えーと、泰成さん?」
「はい?」
「酔ってます?」
愚問だと分かっていても、思わず訊いてしまう。
大抵酔っ払いというのは、「自分は酔っていない」と主張するものだ。泰成も例に漏れず、「僕がこれくらいで酔うとでも?」なんて返してきた。
そりゃこれくらいじゃあ酔わないよな。それは分かっている、十分すぎるほど分かっている。
でも、じゃあ今現在の状況は何と説明する気ですか?と問いたい。
つい先ほど、「あつい」と言う呟きと同時に第2ボタンまで外されたシャツからは、鎖骨がチラチラと覗いている。
新手のいじめか、それとも俺の理性を試そうとしているのか。
何か怒らすようなことをしただろうかと誠一は考えてみるが、特に思い当たるところはない。
「せんぱい?さっきから変ですよ?」
変なのは俺じゃなくお前だろ!と叫びたいのをグッと堪える。
中途半端に言葉を飲んだのが不審だったのか、泰成は首を傾げたまま手を伸ばして誠一の頬に当てる。
一瞬キスでもされるのかと思うくらい顔を近づけられ、薄くかかる息は、くらりとするほど熱い。
だが固まる誠一を笑うかのように、すぐにすっとその距離はあき、そのままむにっと軽く頬をつまんだ。
「変な顔ー」
ふにゃっという擬音が聞こえるような滅多に見られない笑みに、衝動的に抱きしめたくなったが、悲しいかな散々鍛えられた理性が勝って、すぐ横に置いたままだった携帯を掴む。
恭平あたりに「泰成がおかしいっ!」と助けを求めようとフリップを開くが、呼び出す前に我に返ってパタンと閉じる。
話したところですぐには信じてくれないだろうし、呆れられるのが関の山だ。
そのくせ恭平のことだから適当に、「ならチャンスじゃないか」としれっと言ってくるに違いない。
他人事なのを良いことに、いつもいつも・・・―――チャンス?

ふいに浮かんだ言葉に、視線を上げれば、泰成が不思議そうに見つめてくる。
その距離はさっきより近づいている、気がする。
「あー・・・ちょっと、こっちおいで」
試しに自分のすぐ横を指し示しながら言ってみれば、怖いくらい素直に移動してくる。
ちょっと肩に手を伸ばすと、これまた素直に身を委ねてくる。
「先輩、あったかい・・・」
これは、まさかの妄想が現実に!?
誠一は心の中でグッと拳を握る。首筋にあたる吐息が、震えるくらい熱く感じる。
いや、焦るな俺。ここで下手こいたら、相当痛い、痛すぎる。
「泰成?」
少し惜しい気はするが、このままくっついているだけでは何も出来やしない。
そっと少しだけ距離を置いて顔を覗き込めば、潤んだ瞳にうっすらと笑みを浮かべてこちらを見つめてくる。
薄く開いた唇はもはや誘っているとしか思えない。
吸い込まれるようにキスを落とし、だんだん深くなるそれにも泰成は嫌がる素振りは見せず、それどころか素直に応えてくれている。
―――・・・ヤバイ、マジで理性とびそう。
十分に堪能してから一度ゆっくりと離すと、泰成は息継ぎするかのように一つ大きく息を吐いて、くたっと胸に倒れてくる。
「マジで可愛すぎ・・・」
そのまま条件反射というか本能というか。
上着をたくし上げ、肌の感触を楽しんでいると、先ほど放り投げたはずの携帯が見事に雰囲気を壊す音で存在をアピールし始めた。
全てをぶち壊しにしてくれそうな無駄に明るい着信音に、とりあえず今度着メロは変えておこうと思いつつ、当然無視して先を進めようとするが、 それまで一度も抵抗がなかった泰成が、視線だけで出ろと訴えてくる。
今はどう考えても、電話を無視するのが正解だと思う。思うのだけれど・・・

「あ〜っくそ!はい、もしもしっ!?」
『悪いな、遅くに。宮崎は無事そっち行ったか?』
「無事も何も、お前の電話で見事に邪魔されたよ。つーか、何でお前がそんなこと気にしてんだ?」
『俺は別にどうでも良いんだが、拓弥が心配して寝れないみたいだからな。宮崎にかけても繋がらないし』
「は?心配?って、泰成!?」

ふと気がつけば、まだ腕の中にいる泰成が、妙にぐったりとしている。

「泰成?おい、大丈夫か?」
『お、倒れたか?』
「ちょっ、恭平なんか知ってんのか?」
『いや、なんだか色々たまってたみたいで、うちでも飲みまくってたからな。本人は普通そうだったが珍しく調子悪そうだったから、ヤバいかもなと』
「だったらもっと早く連絡しろよっ!泰成きてから、2時間は経ってるぞ!」
『ああ、すまん。拓弥が可愛かったから』
「知るかっ!!」 怒り任せに通話をぶち切り、慌てて泰成の様子をうかがうと、もはや完全に眠りに落ちている。
その顔は、心地良いというより、どこか苦悶の表情を浮かべている。
「・・・調子悪いなら無理するなよ」
さっきまでの甘い雰囲気も、当然さっきの続きも期待できず。
とりあえず起きたら、何があったのかゆっくりじっくり話を聞きださないと。
思わず出てしまう溜息に何だか悲しくなりながら、泰成をベッドへと運ぶために抱え上げた。







10.06.27




   15万キリリク『酔っ払ってちょっとエロティックな泰成と、それに翻弄される誠一』

   どうしても酔っ払う泰成さんが想像できず、ものすごく苦戦・・・
   誠一さんも、翻弄というか一人で妄想してあたふたしてるだけですが、まあそれはいつものことで。
   途中、恭平さんが邪魔してるのも、いつものことです。基本、間の悪い男です(笑)

   そんなわけで、呆れるくらい忘れ去られても仕方がないくらいお待たせし、
   謝っても謝りきれない感じですが・・・送らせていただきます。すみません。





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