親心→恋心





「恭平、これどこ置くんだよ」
「あー・・・その辺、適当に置いといて」
「ほいよ。つぅか何で俺が手伝わなきゃいけないんだよな」
ぶつくさと文句を言いつつ、誠一は本が詰まって重い段ボールを無造作に置く。
「拓弥が来る前に、それなりには片付けときたいだろ。夕飯ぐらいは奢ってやるから」
「安いバイト賃ですこと。てか、拓坊来るのはまだ先だろうが」
呆れた様子で言う誠一に、恭平は微かに笑ってみせる。
『恭ちゃんっ、高校受かった!』
少し興奮気味の拓弥から朗報を受けたあと、すぐに恭平が向かった先は駅前にある不動産屋。
かねてからの約束通り、拓弥が高校に受かったのだから、これからはまた一緒に暮らすことになる。 今までは部屋なんて寝るだけのものだったが、これからはきちんとしなければと前々から考えていたこと。
実行に移すのに、迷いなどあるわけもなかった。
「拓弥の門出が準備不足じゃ可哀想だろ」
「で、早々に決めてきたわけか」
「拓弥のことだから十中八九、合格だと思ってたしな。仮契約は済ませてたんだ。前のところじゃ狭すぎるし」
「大学生の独り暮らしなんて、あんなもんだろうけどよ」
六畳一間と簡易キッチンにユニットバス。
男独り暮らしには十分だが、確かに二人で生活するとなると狭すぎる。
だからと言って恭平が決めてきた部屋も、大学生と高校生が暮らす部屋としては大きすぎる気がしなくもない。
「2DKにトイレ風呂別だろ?どこぞの新婚夫婦じゃあるまいし」
しかもダイニングは8畳はあり、リビングと呼んでも構わない広さだ。
誠一が呆れるのも無理はない。
「バイトで大分貯金できてたからな、前金には事足りたんだ。家賃に関しても文句は言われなかったし。高校生ともなれば当然自分の部屋も欲しいだろ。あと残る問題は、拓弥が気に入ってくれるかどうかだけだな」
「はいはい。ほんっと、お前の拓弥バカっぷりには頭が下がるよ」
昔から一にも二にも拓弥だった友人に心底呆れつつも、何を言っても無駄だと言うことも誠一は十分すぎるほど分かっている。
それに、拓弥が来る日を指折り数えて楽しみにしている姿は微笑ましいと言えなくもない。
兄バカもここまでくると最早ブラコンだと思いつつ、それは口に出さないでおいた。




「誠一さん、コーヒーで良い?」
「おー、悪いな」
パタパタとキッチンに向かう拓弥の後ろ姿を見送ってから、誠一は若干不機嫌な友人に目を向ける。
「眉間にしわ寄せてっと拓坊が心配すんじゃね?」
「誰のせいだと思ってんだ」
拓弥が高校生になって初めての日曜日。
二人で買い物にでも出かけようと思っていたのに、歓迎しない来訪者によって計画は見事に崩れ去った。
かと言って、出迎えた拓弥が「誠一さん久しぶり〜!」と嬉しそうに駆け寄るのを見てしまっては無下に追い返すこともできない。
当然、誠一はそんな恭平の心情を分かっていての行動である。だからこそ余計に腹立たしい。
「はい、お待たせしました」
「サンキュ。しかし拓坊にコーヒー入れてもらう日が来るとはなぁ。あーんなにガキんちょだったのに」
「何それ。俺もう高校生だよ?ご飯だって簡単なのなら作れるし」
おばさんに教えてもらったのだと胸を張る拓弥だが、その姿はまだまだ子どもで二人は思わず笑ってしまう。
「何笑ってんのさー」
「いや、可愛いなぁと思って」
恭平にいたってはたまらずに頭をくしゃくしゃと撫でている。
不貞腐れながらもその手は払えない拓弥は、そのままの格好で強がりを言う。
「早く大人になって、二人に並んでやるんだから!」
その宣言がまた大人二人に笑みをもたらしていることに、言った本人だけが気が付いていない。




「急いで大人になんかならないで良いよなー」
そう言ったのは、帰る直前の誠一だ。
どこか兄の気分を感じている誠一としては、拓弥には今のまま可愛い存在であって欲しいと思ってしまうのだろう。
恭平にとっても複雑な気持ちではある。
成長を喜ぶ気持ちと、いつまでも頼られていたい気持ち。
拓弥と実家で一緒に暮らしていたのが約1年、離れていたのも同じく1年。
誠一にもよくからかわれるが、その間に恭平の拓弥バカっぷりは酷くなってきている。
離れているときなど、自分がついていなくて大丈夫かと心配し、誠一にも両親にも、しまいには拓弥本人にすら心配しすぎだと笑われる始末。
なので、できるだけ干渉しないようにと心掛けてはいるが、これはもはや親心に近いんじゃないかと最近では思い始めている。
「拓弥も高校生だろ?彼女でもできたら、お前はさぞ大変だろうなー」
なんて笑ってからかってくる誠一の言葉に、本気で焦ってしまったなんて、まさか言えないけれど。
出会った頃は小学生だったのに、今ではもう高校生だ。
もう自分の手なんていらなくなるかもしれない。正直ショックを受けるだろうけど、ちゃんと弟離れしてやらなければとは思っている。

「恭ちゃん、ご飯できたよー」
ひょっこり顔を出して伝えてくる拓弥の後に続いて、二人向かい合って食卓を囲む。
一緒に食べられるのはやっぱり嬉しいなんて笑顔を見せる拓弥に、拓弥に嫌がられるまではずっと一緒にいようなんて新たに心に誓う。
いや、拓弥に嫌がられたら本気で凹みそうだから、嫌われない努力をまずしないとと、心の中で一人修正したりする。
拓弥がひとり立ちするまでは、側にいて。
ひとり立ちしてからも、できればずっと守ってあげられる存在でいる。
―――・・・誠一にからかわれるのも、無理はないかも。
ちょっとだけ苦笑してから、向かい側で楽しそうに話す拓弥の話に改めて集中した。


それは親心だと思っていたものが、実は恋心だったと気が付くまでの話。







07.11.16




   はい、そんなわけで恭平さんの拓弥バカっぷりをお送りしました(笑)
   恭平の片想い話は、本編?のほうで既に触れていたので(『in bygone days』参照)
   今回は友人たちの助言もあり、無自覚ラブ(なんじゃそりゃ)な時期を。
   この後、しばらくして泥沼期に入ります。そして、それを経て甘ったるい二人が完成です(笑)
 




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